(8)
なるほどね、とエリックは苦笑しながらも頷く。
勉強会を始めていないことについて、マリアがエリックに「もっと大事な話をしてたんだよ」と言い訳をしたからだ。マリアにとって来年の授業選択の話は、勉強会よりも大事なことらしい。
マリアはこれまでの話の流れをエリックに話して聞かせ、最後に「目先の試験より、将来のことに目を向けないと!」と力強く言い切ったのだった。
「ええと、マリアちゃん。将来のことが大事なのはその通りだけど……今日は、勉強のために集まったんだよね?」
「うっ……」
「マリアちゃんは将来のことに悩んでいるかもしれないけど、ハーツ君とイルマーク君はもう悩んではいないんだから。マリアちゃんの悩み事で二人の勉強を邪魔したら、駄目なんじゃない?」
優しげかつ控えめな、いつもの調子でエリックが言う。その言葉に打ちのめされたように、マリアはがっくりと肩を落とした。
「うぅ……ごめんなさい、二人とも……」
「えっ、いやっ、別に俺は、邪魔されたとか思ってないから」
「私もですよ。むしろ、マリアの話やエリックの話も気になりますね。あと、アンリが結局面談でどんな話をしたのかも」
イルマークの言葉でアンリは、面談で何があったかをウィル以外の皆には話していなかったなと気が付く。そういえばあの魔法力の検査は、アンリだけが特別に抜き打ちでやらされたのだろうか。それともエリックも同じように、あの魔法力検査をやったのだろうか。
「ええと、俺の面談のときには……」
エリックの話を聞くためにも、まずは自分の話からだ。
話を続ける空気になったことに乗じて、アンリは面談で何があって、レイナに何を知られてしまったのかを四人に話すことにした。
話し合ってわかったのは、エリックは魔法力の検査を受けていないということだった。
アンリが魔法力のバレた経緯を話すと、エリックは呆れた様子で「そんな面談、初めて聞いた」と言った。
「僕は希望する進路のことを聞かれて、選択授業の一覧を見せてもらって、来年の話をしただけだよ。きっと、皆そうなんじゃないかな」
「たしかに去年、トウリ先生の面談では検査なんてやらなかったしなぁ……」
アンリは去年のことを思い出して嘆く。
トウリはアンリの境遇にも魔法力にも理解があった。もっともそれは入学当初にちょっとした事件があったことによる不可抗力のようなものではあったが。
「レイナ先生は、よっぽどアンリ君の魔法力が不思議だったんだね」
感心したように言うマリア。不思議なら不思議のままに置いておいてくれればよかったものを、とアンリは思う。世の中には明らかにしないほうが良いこともあるはずだ。もっとも、アンリの魔法力がそのうちの一つであるとは言い難いが。
「それでアンリ君は、進路と授業の希望はどうしたの?」
マリアの問いにアンリはまたげんなりして「ちゃんと答えられなかったんだ」と、再面談の予定があることを話す。
「戦闘職か魔法器具製作に興味があるとは言ったんだけど。分野も違うし、この魔法力がバレたばかりだったし。結局先生も、俺がどの授業を選ぶべきかわからないって」
アンリが肩をすくめると、エリックが同情するように頷いた。
「先生もびっくりしたんだろうね、突然そんな魔法力を見せられて。何も思いつかなくても無理はないよ」
「それなら検査なんてやらなきゃよかったんだよ。エリックと同じように、普通の面談にしてくれればよかったんだ」
眉をひそめてそう言いながら、アンリも自分に非があることはわかっている。文句を言うくらいなら、最初からレイナに自身の魔法力のことを打ち明けておけばよかったのだ。
話を続けることを嫌って、アンリは話題を変えるべくエリックに目を向ける。
「それで? エリックは来年、何の授業を取ることにした?」
「ああ、うん。こんな感じで……」
エリックは鞄から、選択授業の一覧を取り出した。アンリも面談のときに渡されたものだ。アンリの授業一覧は選んだり消したりの繰り返しでごちゃごちゃと色々書き込まれているが、エリックの一覧は綺麗なものだった。たくさんの授業のうち、五つに印が付いているだけ。
「印の付いているのが、先生に薦めてもらった授業だよ。面白そうだし、そのまま選ぼうと思ってる。あとは興味のある授業をいくつか、追加で選んで提出しようと思うんだ」
見れば印の付いた授業は全て魔法系ではなく教養系だ。それも経営学や経済学、政治学といった、アンリからすると頭が痛くなりそうな実務的な科目ばかり。
「難しそうなのばっかりだな」
アンリと同じ感想を抱いたらしいハーツが、きつく眉を寄せて言う。あはは、とエリックが照れたように笑った。
「一応、将来の役に立つかと思って。たぶん僕は卒業したら、しばらく兄の手伝いをすることになると思うから」
エリックには歳の離れた兄が二人いて、それぞれ小さいながらも領地を持っている。その領地運営を手伝えるように、必要な授業を受けたいーーそう面談で伝えたところ、レイナは迷わず選ぶべき授業を示してくれたのだという。
「魔法の授業を必修科目だけにしちゃうのはもったいないから、いくつか魔法の授業も取ろうと思うけどね」
これとか面白そう、とエリックが指差したのは「魔法科学基礎」と「生活魔法応用」の授業。魔法の授業といっても、魔法戦闘には興味が無いようだ。エリックらしいな、と皆で納得する。
「アンリ君は? 今のところ、どの授業を取りたいとかの希望はあるの?」
エリックに問われて、アンリは改めてエリックの持つ授業の一覧を眺めた。
魔法系の実践授業では、魔法戦闘に関わる科目のほか、エリックの選ぼうとしている生活魔法応用や、魔法技術基礎、魔法加工基礎といった比較的専門性の高そうな科目も多い。
それから実践を伴わない魔法系の授業として、魔法科学基礎のほか、魔法史学、魔法法学入門、魔法戦闘理論など。変わり種の科目としては魔法素材基礎や魔法生物学といった、直接自身の魔法とは関わらないようなものもある。
どれもアンリにとっても興味の持てる科目名だ。ただ、だからといってその授業を取りたいかと言われると、首を傾げてしまうところでもある。
「……わかんないなぁ。魔法系だと、どの授業を取っても、結局知ってる内容ばっかりになりそう」
「アンリ君ならそうかもね」
エリックは苦笑しつつ「ほかの科目は?」と教養系の科目を指す。
大雑把に「教養系」と括られているのは、魔法以外の科目群。エリックが選ぼうという経営学や経済学といった、アンリからすればほとんど馴染みのない科目とあわせて、歴史学や地理学、国語学、数学といった、今も授業で習っているような科目も並んでいる。もっとも歴史学以下の科目は選択授業のみならず必修授業にも含まれているから、選択授業ではより高度な、あるいは詳細な内容を扱うということなのだろうが。
「うーん、どれも難しそうだし、あんまり興味はないかな……」
興味のある科目を、とレイナに言われたことを思い出す。しかしそもそも、興味を抱けそうな科目が見当たらない。
「でもさ、名前だけだと難しそうでも、受けてみたら意外と面白い授業って、あるかもしれないよね?」
悩むアンリを励ますように、マリアが明るく言う。
そんなマリアは何の授業を取るつもりなのかと聞くと「私は魔法器具製作に役立つ授業にする」と、胸を張って生き生きと答えた。
「私、卒業したら魔法器具をつくる仕事がしたいと思っているの。私みたいに困っている人の役に立つ物をつくりたい」
マリアは体内に魔力を貯める素質がありながらその魔力を利用することができない、魔力放出困難症という体質を抱えている。
そんなマリアを助けたのが、今も彼女が腕につけているブレスレット型の魔力放出補助装置だ。この魔法器具を使うことで、マリアは魔法が使えるようになる。
魔法を使える素質があるにも関わらず、どんなに頑張っても魔法を使うことができない。そんな苦しみを知っているマリアだからこそ、それを解決する魔法器具の存在を有難く思っているのだろう。
「でも、具体的にどんな授業がいいのかはわからないんだよね……」
マリアはエリックの持つ授業一覧を眺めて、困ったように眉を寄せた。たしかに「魔法器具製作」などというわかりやすい科目名は見当たらない。「魔法素材基礎」や「魔法科学基礎」などの授業を積み重ねる必要があるので、どれを選ぶべきか、なかなか難しいところだ。
「レイナ先生に相談すれば、きっと良いアドバイスがもらえるよ」
アンリがそう言うと、マリアは「そうだよね」と力なく頷きつつ、どことなく不安そうな表情のまま「でもさ」と続けた。
「なんか、先生に言われた通りにするっていうのも不安だし、つまらないかなと思って。自分のことなんだから、ちゃんと自分で考えて決めたいよ」
マリアの考えは、アンリにとって新鮮だった。
先生に匙を投げられた状態になっているアンリだが、時間をおけば先生が改めて何か案を出してくれるものだと思っているし、その頃には自身でも何か良い案が思いつくかもしれない。マリアの考えは、そんなアンリのいいかげんな気持ちとは一線を画すものだ。
「それじゃあさ」
悩むマリアに対して、エリックが明るい声で提案した。
「先輩に話を聞いてみるっていうのは、どう?」




