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作戦の実行は七日後とされた。アンリは単独任務を想定していたが、どうやら二番隊の数人とともに行くことになりそうだ。
「これまでドラゴンの山脈での任務は一番隊が専任でやってきたが、今回の件で、このままだとまずいかと思ってな。今後、二番隊にも関わってもらおうと思うんだ」
その最初の案件として、アンリとの合同任務を組もうということらしい。むしろ二番隊の隊員を主体として、アンリはその補佐的な役割として同行するようにとの話だった。
ずいぶんと楽な任務だとは思ったが、少々課題もあるようだ。
「アンリには二番隊のペースに合わせてもらう必要がある。それから、一度ドラゴンを怒らせてしまっているから、これ以上は極力刺激したくないんだ。縄張りの中だけじゃなくて周囲でも、極力魔法は使わないように」
魔力に対する感覚が鋭いドラゴンは、近くで人間が魔法を使うことにも敏感だ。ドラゴンの縄張りの中では移動魔法でさえ使うのに慎重になる。
今回は、念には念を入れて、山脈の入口付近から、移動にも魔法は使わないようにという指示だ。
「……っていうことは、結構時間のかかる任務になりますよね」
「そうだな。短くても三日はかかるだろうと想定している。……学園を休む必要があるだろうから、その言い訳は考えておく」
できればアンリの学園生活に影響を出したくはなかったーーそう言って、隊長は渋い顔をする。アンリ自身も同じ気持ちだ。
学園を休むこと自体は、一日くらいならなんてことはない。風邪や怪我のために休む生徒はときどきいる。
けれども今回は嘘の理由を作らなくてはならなくて、しかも、それをあのレイナに説明しなければならないのだ。それを思うと、憂鬱にもなる。
「休みの日にパッと行って帰ってくるっていうのは……ダメですよね」
「アンリ一人ならできるだろうが、二番隊もいるからな。悪いが、今回は合わせてほしい」
頼む、と申し訳なさそうに頭を下げる隊長を前にすると、アンリも否やは言いようがない。せいぜいレイナに信じてもらえるようにもっともらしく嘘をつこうと腹を決めて、アンリは改めて「わかりました」と任務を引き受けた。
さて、任務の話が終われば、アンリからの相談ごとである。
面談でレイナに魔法力がバレたことを伝えると、隊長は驚いた様子で目を丸くした。
「すごいな。あの検査用紙は、意外と高価なものなんだが。それを試験のとき以外で使おうなんて、アンリの担任はよく思い切ったな」
「感心してる場合じゃないですよ。それで、俺の魔法力がバレちゃったんですから」
「いつもみたいに誤魔化せば良かったじゃないか。アンリの隠蔽魔法なら、目の前でやったからって見破れるものじゃないだろうに」
そうなのだろうか。アンリに自信はなかったが、隊長から見るとアンリの隠蔽魔法はそのくらいに精度の高いものらしい。それならそうと、レイナに試されたそのときに教えてもらいたかった。
「……とにかく、もうバレちゃったんですよ。それで今度は、誰から教わったのかって聞かれてるんです。それを答えちゃって良いものかどうかで悩んでいて……」
「ああ、そうだな。いいんじゃないか、言ってしまっても」
隊長があまりにもあっさりと言うので、アンリは聞き間違いか認識違いがあるのではないかと思って、首を傾げてもう一度言い直した。
「防衛局で魔法を習ったなんて言ったら、俺の身分を明かすようなものだと思うんですけど」
「わかってる」
隊長は苦笑しながら深く頷いた。意味も考えずに相槌を打っただけというわけではないらしい。アンリの言いたいことはちゃんと伝わっているようだ。
「魔法力まで明かしたなら、身分がバレるのも時間の問題だろうさ。暴かれるのを待つくらいなら、自分から白状してしまったほうが、気が楽になるんじゃないか」
それに、と隊長が続ける。
「ロブから聞いているよ。アンリの担任の先生は、生徒思いで熱心だが、柔軟な考え方もできる良い人だとね。最初は経歴だけ見て堅物かと思っていたけれど、それだけでもないようだから。アンリのことも防衛局のことも、事情をちゃんと話せば理解してくれるかもしれない」
ロブの名前が出てきたことを、アンリは意外に思った。学園でアンリにちょっかいを出している間に、ちゃっかり周囲の人間を観察していたとは。
そのうえロブがレイナを高く評価して隊長に伝えていたとは驚きだ。交流大会では言い争っているように見えたが、意外にもロブはレイナのことを買っていたらしい。
「アンリの目から見て、どうだ? アンリが防衛局に所属していることを伝えたとして、それで問題がありそうな人か?」
改めて隊長に問われて、アンリはしばし考えた。
二年生に進級した当初、隊長は、レイナにはアンリの身分を明かさないほうが良いと言った。それはレイナが教育熱心でお堅い教師であろうことが予想されたからだ。そしてレイナと接し始めたばかりのアンリも、レイナに対して同じ印象を持っていた。
それから一年近く経った今。レイナに対する印象は、ずいぶんと変わっている。
「レイナ先生は厳しくて怖い先生ですけど、話はちゃんと聞いてくれる人です」
厳しく融通の利かない教師かと最初は思っていた。けれども接するうちに分かったのは、レイナが単に厳しいだけの人ではないということだ。
生徒のことを考え、生徒にとって最善の道を模索する。その過程で生徒のためにならない規則があれば、喜んで規則を変えるだろう。
生徒が間違いを起こしたときには叱るよりもまずその原因を考察し、原因が自らの指導不足にあれば、責が自分にあることを素直に認めて頭を下げる。そのうえで、次に過ちを起こさないよう、生徒を指導することも忘れない。
何かにつけて生徒の意見を確認し、話を聞き、聞いた話を蔑ろにはしない。
レイナはそういう教師だ。
「俺が戦闘職員であることを知っても、すぐにどうこう言うんじゃなくて、事情を聞いたうえで判断してくれると思います。……戦闘職員になった経緯と今の環境とをちゃんと説明できれば、先生も悪くは言わないんじゃないかな」
「良い先生だな」
隊長がにっこりと笑って頷く。
改めて言葉にすると、アンリも不安が減っていくのを感じた。
自身が防衛局の一番隊に所属する魔法戦闘職員であること。それを伝えた場合のレイナの反応が怖いと、アンリはずっと思っていた。
けれども、相手はあのレイナだ。怖いところもあるが、しっかり説明さえできれば、理解してもらえるだろう。そして理解さえしてもらえれば、むしろ心強い味方になってもらえるかもしれない。
「俺、先生にちゃんと話そうと思います。いいですか?」
「ああ、いいよ。今まで口止めしていて悪かったな。何か言われるようなら、こちらのせいにしてもらって構わないから」
「……隊長を悪者にするような言い方は、極力しないように気をつけます」
無理はしなくて良いよ、と隊長は肩をすくめながら苦笑した。
身分を明かすなら、任務のために学園を休むにも、正直に理由を言ってしまって良いのではないかーーアンリがそんな提案をすると、隊長は眉間に深く皺を寄せて唸った。
「たしかにそうなんだが……。うーん、それは人によっては……難しいかもしれないな」
「どういう意味です?」
「アンリの防衛局在籍を認めることと、防衛局の任務による授業の欠席を認めることとは、別の話だということだ」
隊長の言葉に、アンリも考えを巡らせる。
アンリが防衛局に戦闘職員として在籍することになったのは、身に宿す膨大な魔力の使い方を学ぶためだ。生まれつき魔力の器が大きいアンリにとって、溜め込んだ魔力の使い方を覚えることは、生きるために必須のことだった。
そのことは、話せばきっとレイナも理解してくれるだろう。
アンリが防衛局に恩を感じ、中等科学園在籍中にもできるだけ任務に協力したいと思っていること。その心情も、理解はしてもらえるはずだ。
では、「だから任務のために授業を休みたい」と言ったら?
渋い顔をするレイナが目に浮かぶようだ。「授業に支障のない範囲にしなさい」などと冷たく言い放つ声さえ聞こえてくる気がして、アンリはげんなりとため息をついた。
「……先生に事情を話すのは、今度の任務が終わってからにします」
首を振って弱々しく言うアンリの言葉に、隊長も「それがいいだろう」と静かに頷いた。




