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 負けるという選択肢はないのかとウィルに聞かれて、無い、とアンリははっきり答えた。


「俺にも一応プライドはあるんだ。秘密を隠すためとはいえ、弱い奴に負けたくはない」


「あのアイラ・マグネシオンを、弱い者扱いね……」


「ウィル、球の形が崩れたよ。話していても、魔力は一定に保って」


 アンリとウィルは、寮の部屋の真ん中に水を張ったバケツを置き、その横にあぐらをかいて向かい合っていた。バケツの上にはウィルが水魔法で作った水球がひとつ浮いている。


 え、と言ってウィルがバケツをのぞき込むと、やや崩れた形ながらも浮いていた球が、完全に形を崩してぽしゃんとバケツの中へ落ちた。


「ああ。……難しいな、動揺するとすぐにこれだ」


「まあ、だから練習しているんだし。さあ、もう一回」


 アンリが促すと、ウィルは人差し指をバケツの水に突っ込んだ。指を引き上げると、吸い付くように持ち上がった水が球体を作る。


 ウィルは再びアンリと向き合って座りなおした。


「ねえアンリ、疑うわけじゃないんだけれど。これで本当に魔法は上達するの?」


「これだけじゃ無理だよ」


 水球が再び形を崩した。しかし、今度はすぐに持ち直す。バケツに落ちることなく球が形を整えるのを待ってから、アンリは続けた。


「これは基礎の基礎、前提だよ。無意識にできるくらいにならないと。そのうえで難しいことを練習していくんだ。こんなふうに」


 バケツに残った水が自然と跳ねて、線を描くように空中に踊った。そのままウィルの作った水球の上に、薔薇の花を描く。精巧に仕上がった透明な薔薇は、アンリが指を鳴らすとパキンと凍りついた。


「……できる気がしない」


「大丈夫、今の氷魔法を見ても、今度は水の形を崩さなかっただろ? この短時間でもちゃんと上達してるって」


 アンリがウィルの訓練につきあい始めて小一時間が経っている。徐々にではあるが、ウィルの水魔法の持続時間は増していた。ほかのことに気をとられて形を崩すことも減っている。毎日続ければ、一週間もすればほとんど何も考えずに水球を維持することができるようになるだろう。


 再びアンリが指を鳴らすと氷の薔薇がシャンッと音を立てて粉々に砕け、ウィルの作った水球の上にぱらぱらと降り注いだ。氷の粒は水球に弾かれてバケツに落ちていく。


「お、今のでも崩れないなんて。いいね、その調子」


「う……いや、そろそろ、魔力が……っ」


 氷の粒にも崩れなかった水球が、あっけなく姿をなくしてバケツに落ちた。ウィルは悔しそうに頭を抱えている。再び水球を作ろうとしないのは、ウィルの中にあった魔力が枯渇したからだ。一時間も訓練を続けていたことを考えると、初心者にしてはよくもったほうだ。


「今日は終わりだな。……今度、魔力量を増やす訓練とかもしてみる?」


「いいの? 約束は水魔法だけだけど」


 先日の悩み相談の見返りとしてウィルがアンリに求めたのが、魔法の指導だった。基本五系統魔法のどれかひとつでよいので人並み以上にできるようになりたい。できれば体験カリキュラムの参加審査までに。それがウィルの願いだった。


 基本五系統魔法の中で最も簡単とされる「水」を選んだのは、アンリだった。簡単だからと蔑ろにされがちだが、だからこそ、使いこなせば他者を圧倒できる。


 ウィルもその意見に乗ったため、水魔法の訓練が始まったのだ。ほかの内容は、約束のうちに含まれていない。


「うん。魔力量を増やさないと、どれだけ訓練しても頭打ちになっちゃうから勿体ないし。……代わりに、ちょっとお願いがあるんだ」


 先日の仕返しとばかりに、アンリはウィルに満面の笑みを向けた。

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