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(5)

 面談を終えて疲れ切ったアンリは、部活動には行かずそのまま寮へ帰った。


 魔法戦闘部の活動中らしいウィルは、まだ部屋には帰っていない。もうすぐ試験前の部活動休止期間に入る。その前にできるだけ活動に打ち込みたいとウィルは言っていた。


 部屋にはアンリ一人。いつものように屋上に登る必要はない。


「隊長、今いいですか?」


『お、アンリか。ちょうどよかった』


 通信魔法で呼びかけると、隊長からはすぐに応えがあった。ちょうどよかった、とは? 首を傾げながらもアンリが話を続けようとすると、隊長がそれを遮る。


『ちょっと話があるんだ。今からこっちに来られないか』


 いくら早い時間とはいえ、もう夕方なのだが。まるでちょっと隣の家へ、くらいの調子で言ってくれる。アンリのいるイーダと隊長のいる首都とがどれだけ離れているのか、この人はわかっているのだろうか。


「……いいですけど、もし移動の魔法が先生に見つかったら、そのときは言い訳を考えてくださいね」


『え』


 隊長からの返事を待たずに、アンリは馬車で一日かかる距離を数分で飛ぶための魔法を発動させた。






 脅かすようなことを言うな、と面と向かって苦言を呈されたのは、それから十分ほど後、防衛局本部の会議室でのことだった。

 会議室といっても、部屋の中にはアンリと隊長のみ。なぜいつもの隊長室でないのかとアンリは訝しんだが、隊長には「後で話す」とはぐらかされてしまった。


 それより、と隊長は渋い顔をする。


「ちゃんと隠蔽魔法を使ったんだろう? アンリの隠蔽を見破れる奴なんて、そうそういないだろうに。それとも、そんなに目の良い教師がいるのか?」


「うーん、どうでしょう……」


 さすがにアンリの隠蔽魔法をいつでも完全に見破るほどの力がレイナにあるとは思えない。もしそれがあるならば、二年生の最初の段階でアンリの魔法力は全て露見してしまっていただろう。


 ただ、レイナが全く鈍感で、アンリがどんな魔法を使っても気付かないでいてくれるというわけでもない。


 特にロブとの一件で「隠蔽魔法が使える」ということがレイナにバレた。それ以来、レイナには色々と疑われている。レイナは今や「アンリ・ベルゲンは隠蔽魔法を使うかもしれない」という目でアンリのことを見ているだろう。

 その目を掻い潜って、隠蔽魔法を使うことができているのか。アンリには自信がない。


「用心するに越したことはないが、変に脅かすようなことは言うな」


 アンリとしては脅かすためというよりも本気で心配しているのだが、隊長にはそうは思ってもらえないようだ。戦闘職員であることをレイナに白状するかどうかも含めて、後でしっかり話し合わなければ。


 しかし、ひとまずは隊長の用件からだろう。「それで、呼び出した理由だが……」と言いながら、隊長はアンリに一枚の紙を手渡す。


 手渡されたのは、この国と周辺地域が記された地図だった。北側の国境付近の山脈のとある地域に、赤く印が付けられている。


「……ドラゴンの山脈ですね」


 国の北側に広がる峻険な山脈は、多くのドラゴンが棲むことから「ドラゴンの山脈」と呼ばれている。印がついているのは、そのドラゴンの山脈の中で西のあたりだ。


「そうだ。よくわかったな、アンリ。地図が読めるようになったのか」


「馬鹿にしてるなら帰りますけど」


 中等科学園で勉強するようになって、アンリはようやく常識を身につけ始めたところだ。しかしさすがにドラゴンの山脈の位置くらいは、中等科学園に入る前から知っている。常識以前の問題だ。

 冗談だ、と隊長は笑って続けた。


「そう、ドラゴンの山脈だ。ここで、比較的大きな魔力溜まりが見つかってね。それの対処をアンリに頼みたい」


 隊長の頼み事に、アンリは色々な意味で眉をひそめた。ドラゴンの山脈での魔力溜まりの対処を、アンリに任せたいだって?


「……なんでドラゴンの山脈なんかで、魔力溜まりができたんですか」


 何らかのきっかけで、魔力が異様に濃く溜まってしまった場所のことを「魔力溜まり」と言う。たいていは魔力を多く含む植物だとか、魔力を多く溜め込んだ生物の死骸だとかが放置されて核となり、そこにいっそうの魔力が縒り集まってしまうことで発生する。

 ドラゴンも多くの魔力を有するから、はぐれドラゴンがどこかの土地で死んだりすれば、その屍が魔力溜まりの核となることはある。


 しかし、ドラゴンが群れで暮らしている場所では話が別だ。ドラゴンは魔力を多く貯めるが、同時に魔力を多く消費する生き物だ。そのためドラゴンは、日常的に魔力を常に欲している。

 群れで生活しているドラゴンの一頭が死んで屍になれば、その魔力はすぐにでも近くの仲間のドラゴンに喰われるだろう。他の動植物の死骸でも同じこと。だからドラゴンの群れがいるところでは、魔力溜まりが発生することはほとんどない。


「今回魔力溜まりが発生したのは、ドラゴンの山脈の中でもちょっと奥まった谷底なんだ。入口の狭い谷でね。普通の大きさのドラゴンでは、そこから中には入れない」


「その奥で、いつの間にか魔力溜まりが出来上がっていたってことですか。よく見つかりましたね」


「山脈の観測器具に反応があってね。一番隊三人で現場を確認しに行って、ひとまず存在だけは確認した」


 隊長の言葉に、アンリはいっそう眉を寄せる。一番隊の職員三人で現場に行って、魔力溜まりの存在の確認だけで帰ってきた?

 

 一番隊は防衛局の中でも精鋭の部隊だ。魔法戦闘職員であれば、アンリほどではないにせよ魔法力も高い。総合的な戦闘力や任務遂行力であれば、むしろアンリよりも能力が高い隊員のほうが多いだろう。


 そんな一番隊の隊員三人なら、魔力溜まりの存在は確認でき次第対処するのが普通だ。しかし今回は、対処しないまま帰って来ざるを得なかったということだろう。


 それほど厳しい任務なのだろうか。


「心配するな」


 難しい顔をするアンリに対し、隊長は涼しい顔で続ける。


「魔力溜まりそのものは大したものじゃない。多少大きく育ってはいるが、アンリならすぐに対処できる程度だ」


 ただ、と隊長はやや気まずそうな苦笑を見せた。


「場所が悪くて、山脈の奥にある谷底なんだ。ここに向かうには、ドラゴンの縄張りを抜けて行かないとならない」


「……それだって、普段からやっていることでしょう?」


 ドラゴンの山脈での任務というのは、一番隊にとってそう珍しくもない。


 稀ではあるが、今回のような魔力溜まりへの対処。あるいははぐれドラゴンを山脈へ帰したり、山脈での異常を解決すること。任務の過程でドラゴンの縄張りを突っ切ることもある。


 人語を解するほど高度な知能を持ったドラゴンに対して礼を失しないこと、ドラゴンを刺激しないよう静かに行動すること、魔力に敏感なドラゴンの近くでは魔法使用を控えることなど、基本的な対処を誤らなければ、そう難しいことではないはずだ。


「そうなんだがな。実はここ最近、ドラゴンの山脈で行動が必要になる案件がなかったから、俺たちも気付いていなかったんだ」


 隊長は深くため息をつく。どうやら相当大きな問題が発生しているらしい。


「……どうやら俺たちには、マラクの匂いが付いてしまっているみたいでな。ドラゴンの縄張りに入るだけで敵視されて、任務どころじゃないんだ」


 隊長の言葉に、アンリは思わず「は?」と声をあげた。






 マラクは昨年、アンリが保護した子ドラゴンだ。はぐれドラゴンが産んだ子供のようで、返すべき群れも場所もなかったので、防衛局がそのまま引き取って育てている。


 子供とはいえ、ドラゴンだ。何かの拍子に周囲に危険を及ぼしては一大事なので、世話は万が一のときに対応できる一番隊の隊員が担っている。体が大きくなってきたことで郊外で育てる案も出ているが、今のところは防衛局の庁舎内、一番隊の執務室の近くで飼われているはずだ。


「世話は輪番制にしているから、一番隊の全員がマラクに関わっている。……まさかそれで、こんなことになるとは」


 ドラゴンの山脈に行った三人の隊員たちは、ドラゴンの縄張りに足を踏み入れた途端に周囲のドラゴンから威嚇され、襲い掛かられたらしい。それでもなんとか現場の確認だけは済ませてきたというのだから、彼らの能力の高さが窺える。


 そうして帰還した隊員たちの報告をもとに原因を調査し、おそらくマラクとの日常的な触れ合いに原因があるだろうという結論に至ったのだ。


「匂いというか、魔力の気配のようなものかな。マラクと日常的に接することで、マラクの気配が移ったみたいでね。山脈に棲むドラゴンからすれば、見知らぬドラゴンが縄張りに入ってきたように思えたんだろう。それで警戒されたというわけだ」


 警戒された、という程度の言葉で済むのだろうかとアンリは呆れてため息をつく。なぜアンリに頼むのか、その理由がわかった。


「つまり、俺なら最近マラクに会っていないから大丈夫ってことですか」


「そのとおり」


 マラクを保護したのはアンリ。そのことをわかっているのか、マラクはアンリにとても懐いている。

 しかしそれも、アンリが防衛局に来てマラクのところへ向かえばの話だ。学園で寮暮らしをしているアンリは、少なくともここひと月はマラクと顔を合わせていない。


「事態が判明して以降、マラクの世話は二、三人の担当を決めて対応することにした。でも、今回の対処には間に合わないからね。今回だけ、ちょっとお願いしたいんだよ」


 これでだいたいの疑問が解決した。


 どうしてドラゴンの群れがいるところに魔力溜まりができたのか。なぜ一番隊が対処できなかったのか。なぜアンリが指名されたのか。


 ついでに、なぜ今日呼び出された場所が隊長室ではなく会議室であったのかにも得心がいった。隊長室は、マラクの飼育場所に近すぎる。


 頭の中で状況を整理する時間をおいてから、アンリははっきりと頷いた。


「わかりました。やります」


 中等科学園に通うため、アンリは防衛局での魔法戦闘職員としては休職中だ。休職中は滅多なことでは任務が下りてこないし、アンリもそうそう任務を受けるつもりはない。


 けれども、今回は話が別だ。


 ドラゴンの山脈に発生した魔力溜まりを放置するわけにはいかない。何より、マラクを保護したのはアンリだ。その責任という意味でも、断るわけにはいかない。


 アンリの決意に満ちた承諾に、隊長は安堵した様子で微笑んだ。

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