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(4)

 戦闘職員も考えているが、魔法器具製作にも興味があるので、進路としてはそちらも考えたいーーおおむねそういう意味のことをアンリが口にすると、レイナは「ほう」と眉を上げた。アンリの魔法検査結果を見たときよりも、むしろ驚いているように見える。


「それだけの魔法力と戦闘力があるのだから、てっきり戦闘職種一択かと思っていたが、魔法器具製作か。しかし、君は魔法器具製作部ではなく、魔法工芸部だろう。魔法工芸の道は考えていないのか?」


「ええと……魔法工芸も、興味はあるんですけど。でも部活動でやっているからこそ、俺には向いていないってわかってしまうというか」


 キャロルの作ったランプに惹かれて、自分もそうしたものをつくりたいと思ったのが魔法工芸部に入ったきっかけだ。

 しかし実際に工芸品づくりに取り組んでみると、自分の中に「これをつくりたい」という核がないのがよくわかる。前部長のロイにおける動く彫刻、あるいは現部長のキャロルにおけるランプ。そういった「これをつくりたい」という思いがアンリには決定的に足りない。


 代わりにアンリの中にあるのは、実用性への探究心だ。


 魔法工芸品のつもりで腕輪をつくっても、そこに明かりの機能をつけたくなってしまう。漠然とアクセサリーのデザインを考えていても思い浮かばないが、マリアのための魔法器具の改良をと思えば意匠も決まる。あるいは部活動のための作品づくりを考えていたはずなのに、いつのまにか魔法器具の設計図を描いていたりする。


 どんな作品をつくろうかと魔法工芸品のことを考えるよりも、こんなものがあったら便利なのではないかと魔法器具のことを考えるほうが、性に合っている。これは、魔法工芸部に入部したからこそ気付いたことだ。


 もちろんそんな細かい話をすれば、アンリに魔法器具製作の経験があるとレイナに白状するようなものだ。だから、あくまでも学園での経験を元に話す。


「職業体験で魔法器具のお店に行きましたけど、ああいう魔法器具を自分でつくってみるのには、興味があります。あと、魔法工芸部の活動で行ったお店に勧められて魔力灯をつくったんですけど、それが自分には向いているなと感じました」


「……なるほど」


 アンリの言葉を受け止めた様子で、レイナは考え込む様子を見せた。それから机の上に広げた授業の一覧にいくつか印を付ける。だが、自分の付けた印を疑うように眉を寄せて首を傾げた。


「魔法器具製作を考えるなら、魔法に関する知識をつけるような授業を取るのが一般的だ。だから、通常ならこのあたりの授業を勧める」


 レイナが印を付けたのは「魔法素材基礎」や「魔法科学基礎」、「魔法史学」といった、魔法関連だが実践を伴わない授業ばかりだ。魔法器具製作に活かせる知識の習得を目指す授業の選び方ということだろう。


 ところがそんな授業の選択肢を示したレイナ自身がその選び方を否定するように、印の横に「?」と疑問符を付け足していく。


「なんで『?』なんですか?」


「君の魔法知識はすでに中等科学園生の域を超えているように思う。この授業を受けたからといって、新たな知識は得られないだろう」


 あるいは、とレイナは新たに別の授業に印を付け始めた。


「戦闘職員にも興味があるのであれば、普通ならこの辺りの授業を勧めている」


 今度印が付けられたのは「魔法実践応用」や「魔法戦闘基礎」、「戦闘魔法理論」など、魔法の実践や戦闘に関する内容を扱う授業だ。たしかに科目名だけを見ても、戦闘向きのように思われる。


 しかしこれについてもレイナは「だが」と否定した。


「先ほどの検査結果から考えると、魔法の実践においても君が授業から新たに学べることは少ないかもしれない。模擬戦闘などでの動きも慣れた様子だから、あえて戦闘の実践授業を取る必要も感じられない」


 そう言ってレイナは深く息をつく。


「君の場合は将来の進路を見据えて授業を選ぶよりも、純粋に、今興味のあることを中心に授業を選んだほうが有意義かもしれないな」


 そうしてレイナは机の上の授業の一覧を、押し付けるようにアンリのほうへと滑らせた。近付いた一覧を改めて眺めて、アンリは選択肢の多さに圧倒される気分を味わう。


 今の興味に従って、などと言われても。それだけを指標にこれだけたくさんの授業の中から必要な数だけを選び抜くなんて。大海の真ん中に放り出された気分だ。


「……気の利いた助言ができなくて悪いが、ひとまず、私に言えるのはここまでだ」


 ため息混じりにレイナが言う。アンリが途方に暮れているように、レイナもどうやら困っているようだ。


「授業の選択は、最終的には学年末試験の最終日までに希望票を提出してくれればいい。それまでによく考えておいてくれ。私のほうでも今日の話と君の魔法力とを踏まえて、もう少し選択肢を考えておこう。必要なら学年末までに、もう一度面談するよ」


 レイナもアンリのために悩んでくれているようだ。アンリのために心を砕いてくれている。それはわかる。


 しかし面談なんて、この一回限りで十分だ。また面談があるかもしれないなど、考えただけでアンリは憂鬱になる。


 どんなに苦労しようと、面談なしに授業を選ぼう。アンリはそう決心した。


 もちろんそんなことを正面切ってレイナに宣言する勇気は、アンリにはない。そのため表面上は「わかりました」と殊勝に頷いただけだった。






 さて、とレイナが話題を変える。面談の時間にはまだ少し余裕があった。


「君が後輩や同級生、それから先輩にまで魔法の指導をしている件について」


 レイナが改めてそんなことを口にしたので、アンリははっとして身を固くした。


 魔法力を測り、アンリの魔法力の高さを示せばそれで話は終わりかと思っていた。それとこれとは話が別なのか。


 アンリの緊張を感じ取ったのか、レイナはアンリを落ち着かせるように「説教しようというわけではない」と柔らかく言う。


「以前見せてもらったが、君の魔法の指導方法に問題はない。おおかた、君の魔法の実力か指導力かを知っている先輩に、指導を頼まれたのだろう」


 考えていたよりもよほど優しく言葉をかけられて、アンリはふっと息を抜いた。何か新しいことを始めるときには相談しろーー以前、レイナからはそう言われていた。その約束を破ったことで、説教されるかと思っていた。


 アンリの予想に反してレイナは「先輩に指導をしていたことも、悪いことではない」と前置きし、「むしろ」と言葉を継いだ。


「交流大会におけるあの二人組の戦いぶりは、なかなかに実戦的で良い動きだった。あれが君の指導の成果なら、君の指導力はかなりのものだ。感心する」


 その言葉を素直に褒め言葉と受け取ってよいものか、アンリは判断がつかずに曖昧に頷いた。だが、と否定の言葉が続くのではないかと思ったからだ。

 しかし続くレイナの言葉は否定でも何でもなく、ただアンリの予想を超えた内容だった。


「それだけの魔法力があり指導力もあるということは、きっと君に魔法を教えた者の腕が良かったんだろう。よければ、いつ、誰に魔法を教わったのか、教えてもらえないか」


 そうきたか、とアンリは内心で動揺する。


 まさか魔法の習得過程を聞かれるとは思っていなかった。しかしよく考えれば、当然かもしれない。この検査の結果を見れば誰だって「これだけの魔法をいったい誰からどうやって教わったのだろう?」くらいの疑問は覚えるはずだ。


「ええと……その……」


 アンリが言い淀むあいだ、レイナは問いを重ねることも引っ込めることもせず、ただ黙ってアンリの言葉を待っていた。何かしらの答えが返ってこない限り、レイナが諦めることはないらしい。「もう良い」と言われることを期待していたアンリにとっては残念なことだ。


「……すみません、言えません」


「何故だ?」


 レイナが首を傾げる。責める調子でもなかったので、アンリは素直に口を開いた。


「言うなって言われているので。一応、その人に確認してからじゃないと」


 正確に言えば、言うなと言われているのは誰から魔法を教わったかではなく、アンリが防衛局の一番隊に所属する戦闘職員であるということだ。


 しかし、アンリに魔法を教えてくれたのは、防衛局の仲間たち。そのことを伝えれば当然、アンリが防衛局に所属していることがバレてしまう。


 答えをはっきりと拒んだことで、今度こそ怒られるのではないか。アンリは戦々恐々としていたが、幸いにも、レイナはため息をひとつついただけだった。


「なるほど。それでは仕方がないな。だが……」


 それからレイナはほんの少しだけ眉をひそめて、アンリに対して遠慮するように、殊更ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「それだけの魔法を教わったんだ。君は、きっとその人のことを信頼しているのだろう。だからこんなことを言われるのは不快かもしれないが、私としては生徒にこれだけの指導をしている人が本当に信用に値する人なのか、確かめたいという思いがある」


 だから、できれば誰から教わったのかを教えてほしいーーレイナはそう言って食い下がった。


 なるほど教師としてはそういう視点もあるのかと、アンリははっとする。レイナは珍しくアンリに気兼ねするような顔をしているが、その言葉にアンリが気分を害することはなかった。むしろ、言われてみれば至極当然のことと思われる。


 重魔法をはじめ威力の高い魔法を、中等科学園生のような子供に教える者がいる。もしもその者が誰彼構わず魔法を教えているのだとしたら。あるいは何かしらの下心があって教えているのだとしたら。それはその子供にとっても周囲にとっても危険なことだ。教師としては見過ごせないに違いない。


「……先生の心配はわかります」


 アンリが頷くと、レイナは少しだけ表情を緩めた。アンリが頑なに拒絶することを予想していたのかもしれない。


 だがアンリも、ここで諦めて全てを白状するつもりはなかった。


「でも、言うなって言われているものを、俺個人の判断で伝えるわけにはいきません。いったんその人に聞いてみて、それからでも良いですか」


 とにかくこの場で話してしまうのを避けるため、アンリは時間稼ぎをすることにした。あとは帰ってからウィルなり隊長なりに、どう誤魔化すかを相談すれば良い。


 アンリの言葉にレイナは「もちろん」と頷いた。


「選択授業についてももう一度面談でよく話したいところだからね。時間をつくるから、その際に改めて、詳しく話そう」


 今日の面談はここまでだ、とレイナはすっきりとした顔で言う。


 一方でアンリは、自分の失敗に気づいて愕然とした。


 面談なんてこの一回で十分だ。そう思っていたはずなのに、自分から、次の面談を行うための口実を作ってしまった。


 どうしても次の面談は避けられないのかと、アンリは大きくため息をつく。

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