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(3)

 授業が終わって指導室へと出向いたアンリは、レイナと向かい合って座り、机に置かれた用紙を見て唖然とした。


「……先生、これは」


 なんとか絞り出したアンリの問いに対し、レイナは「検査用紙だ」と当たり前のように答える。


「試験で使っているのと似たようなものだ。面談に入る前に、この場でこれに答えてほしい」


 机に置かれているのは、入学試験や昨年の学年末試験で使われたような、魔法力を検査するための検査用紙。

 用紙に魔法が仕掛けられていて、嘘を記すことができないようになっている。そこに魔法の名称がずらりと列記されていて、自分がその魔法を使えるか、使えないかを記していく。

 嘘のつけない検査用紙を使うことで、実技検査を行わなくても生徒の魔法力を確認できるというわけだ。これは学園だけでなく、防衛局など魔法を使う者の集まる場ではよく使われる手法だ。


 しかし、日常的に使うというほどのものでもない。


「え、ええと。なんで、今なんですか? こういう検査って、学年末の試験でやるものだと思っていたんですけど」


「そうだな。普通は学年末の試験と同時に行う。今年の試験の際も同じだから、そのつもりでいるように」


 アンリの疑問にさらりと答えたレイナは、そのまま怒るでも責めるでもなく、ただ淡々と話を続けた。


「交流大会での君の活躍には、目を見張るものがあった。君の魔法力は、どうやら私が思っていたよりもずっと高いようだ。その程度を確認しないことには、面談をしたところで有意義な話はできないだろう。だから、まずこの検査に答えてほしい」


 ここでの結果はこの場限りにするとレイナは言った。試験の成績としては使わないから安心するように、と。


 そういう問題ではない。アンリは内心で頭を抱える。


 入学試験、そして昨年の学年末試験。アンリはいつもこの検査を誤魔化して、魔法があまり使えないように見せかけてきた。

 やり方は簡単だ。検査用紙にかかった魔法をいったん解除して、嘘の回答を記し、改めて元通りに魔法をかけなおす。魔法を解除し、かけなおすタイミングでしっかり隠蔽魔法を使っておけば、試験を監督している教員にもまずバレない。


 しかし、それは大勢が同じ試験を受けている教室での話だ。


 レイナと一対一で向き合う指導室。アンリの一挙手一投足を注視するレイナの目の前で、同じ手が通用するかといえば。


(……無理だ。無理だろ。隠蔽魔法を使った時点でバレる)


 レイナはアンリが隠蔽魔法を使えることを知っている。そしておそらく、アンリが魔法力を偽っているのではないかと疑っている。


 その疑いの眼差しをこの距離で向けられている中で、隠蔽魔法を気付かれずに行使することができるか。魔法を解除し、最後にかけ直すところまで、レイナの目から逃れることができるか。


 答えは否だ。


 さすがのアンリでも、そこまでの自信はない。


(うぅ……もう、どうにでもなれ)


 アンリは大きく深呼吸すると、諦めてペンを手に取った。






 記入の終わった検査用紙を受け取ったレイナは少しだけ眉を上げたが、目立った反応はその程度だった。


「なるほど。ここに書かれている程度の魔法はひと通り使えるということか」


「はあ、まあ、一応……」


 結局アンリは検査用紙に、正直に自身の魔法力を記載した。つまり、列挙された魔法全てに「使用可能」の印をつけた。記された魔法の中に使えないものがなかったのだから仕方がない。


 意地悪なことに、検査用紙は学園の試験でこれまで使われてきたものとはやや異なっていた。「学年末の試験で使っているのと似たようなもの」とレイナは言っていたが、本当に「似たようなもの」であって「同じもの」ではなかった。


 試験のときに使われる検査用紙には、魔法の中でも基本的なものや、多少難度の高い魔法であっても代表的でよく知られる魔法しか記載されていない。ところが今使われた検査用紙には「爆炎魔法」のような大規模魔法や、「解除魔法」のように高い技術を要する魔法、そして扱える魔法士が世界的にも珍しいとされる「重魔法」の記載まであった。


 およそ中等科学園生の魔法力を測るための検査ではない。

 しかし、アンリは結局そこにまで「使える」と書くはめになった。


「ここの最後のところ、重魔法が使えると書いているね」


「はい……」


「具体的に、何と何の魔法を重ねられる?」


「……関連させられる魔法なら、基本的にはなんでも」


 もはや隠しても仕方がないので、アンリは正直に答えた。その答えに、レイナは少しだけ眉をひそめる。


 重魔法はその名のとおり、複数の魔法を同時に、重ねるようにして関連させながら発動させる魔法だ。一概に難度は高いが、強いて同じ重魔法の中で比べるならば、木と火、土と水のように生活魔法同士を重ねるほうがまだ容易い。炎や雷、風などの戦闘魔法を重ねることになれば、難度はぐっと跳ね上がる。


 それを「なんでもできる」と言ったのだから、訝しく思うのは当然だろう。


 そしてここまで来れば、当然次に来る質問も予想ができる。


「重ねられる魔法の数は?」


 ほら来た。アンリは辟易する思いを顔に出さないように気をつけた。どうせ聞かれることはわかっていた。これにはなんと答えるべきか。


「……わかりません」


「わからない?」


 ふと思いついて、アンリは正直に答えることにした。レイナが眉を寄せる。怒られるのではないかと内心でびくびくしながら、アンリは頑張って今思いついた言い訳を披露することにした。


「重魔法をちゃんとやろうと思うと、訓練室を壊しちゃうかもしれないので。限界を試したことがあまり無いんです」


「…………ふむ」


 嘘ではない。防衛局の戦闘部にある訓練場の設備をもってしても、アンリの全力には耐えられない。アンリが全力で魔法を使えるのは、人里離れた山河での任務にあたるときだけだ。今全力で重魔法を使ったとして、いくつまで魔法を重ねられるのか。アンリには、本当に自分の力がわからないのだ。


 そういう意味の言葉だということに、レイナが気付かず納得してくれれば。そうすれば、アンリは嘘をつかずにこの場を乗り越えられる。


 やや考えるような間を置いてから、レイナが口を開く。


「……では、これまでに重ねることのできた最大の魔法数は? 重魔法を使うことができるという自覚があるということは、一度も使ったことがないというわけではないのだろう?」


 だめだった。

 さすがに、咄嗟に思いついた言い訳などに誤魔化されてはくれないらしい。


 こうなったら仕方がない。もう、なるようになれ。


「最高で二十です。でもちょっと制御が怪しかったんで。ちゃんと使えるのは、十五くらいまでです」


 投げやりな口調でアンリが言うと、さすがにレイナも言葉を失った。驚くというよりも、話の真偽を疑うような顔をしている。当然だ。なにせ重魔法など、二つの魔法を重ねるだけでも珍しいというのに。それをただの中等科学園生が、十五も重ねられると言うのだから。


「別に、信じてもらえないならそれでもいいですけど。なんなら、その紙に書きましょうか」


「……いや、いい。悪かった。少し、驚いてしまっただけだ」


 嘘を記すことのできない検査用紙に「十五の魔法を重ねた重魔法を使うことができます」と書けば、事の真偽ははっきりするだろう。しかし、レイナはそれを求めなかった。


 レイナは雑念を振り払うように首を振って続ける。


「君の魔法力が私の思っていたよりも遥かに高いということはわかった。気になることは色々とあるが、今はそれで十分だ。……では、通常の面談に移ろうか」


 レイナがそれまで見せていた動揺の一切を隠して普段の顔に戻ったのは、さすがと言うべきだろう。


 そのままレイナは何事もなかったかのような顔をして、新しい紙を一枚、机の上に広げた。今度は検査用紙ではなくただの紙だ。書かれているのは、どうやら授業の一覧だ。


「三年生の授業の科目一覧だ。ここからここまでは必修授業で、これ以降が選択授業。必修授業は必ず受けるものだが、選択授業は希望する進路に合わせて選ぶことができる」


 選択授業も選ぶべき数は決まっていて、必修授業と選択授業とがちょうど半々くらいになるような形だ。選択肢はかなり多く、ずらりと並んだ科目名に、アンリは目が回りそうになる。


「……いったい、何を基準に選んだらいいんですか?」


「それを話し合うのがこの面談の目的だよ」


 途方に暮れるアンリに対して、レイナの言葉は存外穏やかだった。


「卒業後に魔法関連の進路を考えている生徒には、希望する進路の方向性と本人の魔法の習熟度とを踏まえて最適な授業を勧める。あるいは卒業後には魔法を使わない方向で考えている生徒なら、魔法関連の授業は最低限、自身の魔力の扱い方を誤らない程度にして、一般教養に関する授業を多く取るように勧めている」


 だが、とレイナは困ったように首を傾げる。


「アンリ、君の場合には難しいな。既にそれだけの魔法力があるなら、改めて魔法関連の授業を取ったところで君の役に立つとは思えない。……ああ、ちなみに卒業後は、やはり防衛局の戦闘職員を目指しているのか?」


 レイナからの突然の問いに対して、アンリは頷くことも否定することもできずに唸る。


 アンリの魔法力のことは正直に告げた。だが、現在のアンリの立場についてはどの程度話して良いものだろうか。どこまで話すかによっても、ここで相談できる内容は変わってくる。


(実はもう戦闘職員として働いていて、それを続けるか辞めるかで検討中です、とか……?)


 改めて言葉にすると、なんとも贅沢な悩みのように思える。防衛局なんて、おそらく行きたくとも行けない人のほうが多い場所なのではないだろうか。


 贅沢な悩みと一蹴されないためには、この言い方では駄目だ。

 そもそも、レイナに話して良いかどうか、まだ隊長に相談していない。戦闘職員という身分は隠そう。


 そう決断して、アンリは答えを待つレイナに向けて「まだ考え中ですが……」と口を開いた。

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