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 公式行事の二日目、交流大会の最終日。


 アンリはまず、魔法器具と魔法工芸品の品評会が行われる研究科学園へと向かった。心惹かれる作品は数多あるが、不義理にならないよう、まず魔法工芸部の先輩の作品を探す。


 最初に見つけたのは、前部長であるロイのつくった動く彫刻だった。ステージ上に持ち出された作品は、魔力を注ぐことで自由に形を変える。形が変わるたびに、観客からはどよめきが上がった。


 年恰好からして、観客には一般の来場者よりも、どこかの工房か研究所かの採用担当者が多いようだ。この分だと、ロイは少なくない数の事業所からスカウトを受けるに違いない。ステージ上の講評でも、かなりの高評価を得ているようだった。先輩の将来が安泰であることを見てとって、アンリは胸を撫で下ろす。


 次にアンリは別のステージで、現部長であるキャロルのつくったランプが紹介されているのを見つけた。見慣れたランプが三つほどステージに並んでいる。制作者としてステージに上がったキャロルが、一つ一つにそっと魔法で火を灯した。ランプに埋め込まれた魔力石が、美しくほのかに輝く。


「わあ、綺麗……。魔法工芸でも、あんなふうに綺麗な灯りが作れるんだね」


 一緒に見ていたマリアが、感激した様子で静かに言う。この交流大会で魔法器具製作部の展示用に魔力灯を作ったマリアとしては、「灯り」という共通点のあるキャロルの作品が身近に感じられたのだろう。


「来年はアンリ君に協力してもらって、魔法工芸に近い物をつくってみてもいいかもしれないね」


 横からエリックが提案する。魔法工芸部と魔法器具製作部との共同製作。面白そうだね、とアンリも大きく頷く。ロブに煩わされることがなければ、来年の交流大会に向けてはもっと時間に余裕ができるはずだ。色々なことに挑戦してみたい。


 その後いくつかの作品を見て回ったアンリは、前日に引き続き「アンリ、行くよ!」とウィルから急かされて、ようやく品評会の会場をあとにした。






 模擬戦闘も二日目を迎えて、戦闘はいっそう迫力のあるものが増えてきていた。勝ち抜き戦ではないので、出場者たちの実力が上がったというわけではないだろう。ただ二戦目、三戦目となって、出場者たちが戦闘に慣れてきたのだ。騎士科が前、魔法士科が後ろという戦略を崩して柔軟に攻めるペアもいる。


 そんな試合を見れば、普段のアンリなら面白く思って目を輝かせていたに違いない。


 だが今日のアンリには目の前の面白い試合以上に気になることがあって、それどころではなかった。


「……ええと、ロブ先生? ここで何を? 警備のお仕事をされているのでは?」


「いやあ、警備の仕事はクビになってしまってね」


 アンリが丁寧に生徒らしい口調で尋ねると、ロブも元教師らしく爽やかな声で答えた。


 違う。なぜこの広い観客席の中で、わざわざアンリたちのいるここへ来たのかと聞いているのだ。戦闘魔法の使用を禁止されたのだから、警備の仕事が続けられないことくらいわかっている……そう捲し立てたいアンリだが、言葉を続けることができない。


 というのも、ロブの隣にいる人物が理由だ。


「貴方のような人が警備に関わっているとなれば、むしろ不安が増しますからね。警備を外れたというなら、朗報でしょう」


 澄ました顔でそんなことを言ったのは、ロブの隣に立つレイナだった。彼女の辛辣な言葉に、ロブは鷹揚に笑う。


「心外ですね。私とて、仕事は真面目にやっていますよ」


「その言葉が信用できればどれほど良かったかと、私も思いますよ」


「信用を裏切るようなことをした覚えはないんですけどね」


「どの口が」


 こうしてロブとレイナとの間で言葉による攻防が繰り広げられるのを、アンリはひやひやしながら聞いた。もしもどちらかが一昨日の模擬戦闘大会のことを持ち出してしまったら。もうあの件で色々と言われるのはごめんだ。


「アンリ君、ほら、サニアさんたちだよ!」


 近くに立つ二人の会話にばかり注意を払っていたアンリの腕を、マリアがぐいぐいと引っ張った。会場に、ちょうどサニアとリーゼが出てきたところだ。彼女たちにとっては、この公式行事における二戦目となる。


 今度の相手は最初の試合と違って、一筋縄ではいきそうになかった。相手もサニアたちと同じように、魔法士科生と騎士科生の二人で前に出る戦法を取ったのだ。


 サニアに対して魔法士科の学園生、リーゼに対して騎士科の学園生が攻めこんでくる。魔法士科同士、騎士科同士で対決しようという作戦らしい。


(……甘いな)


 相手が単純な騎士科前衛、魔法士科後衛という戦略で来なかった場合。そのときにどうするかという戦い方も、アンリは二人に助言していた。


 サニアは自身に向けて攻めてきた魔法士科の学園生の攻撃を華麗に受け流すと、自分は騎士科生のほうに向けて攻撃を繰り出した。リーゼも同様に、騎士科生の攻撃を剣で受けると、打ち返さずにそのまま魔法士科生に向けて剣を振るう。


 もしも相手が二人で攻めてきたら。そのときは魔法士科対騎士科、騎士科対魔法士科の戦いに持ち込むこと。それがアンリの教えた戦い方のひとつだ。


 突然敵が入れ替わり、相手は困惑したようだ。その隙を突いて、まずはリーゼが相手の魔法士科生を打ち倒す。次いでサニアが、騎士科生を魔法で捕らえた。


 終わってみれば最初の試合同様、あっという間だ。


「……すごい、すごいね!」


 息を呑んで試合を見守っていたマリアが、試合終了の合図で我に返ったように声を上げた。


「すごいよ! この戦略も、アンリ君が考えたの?」


「まあ、そうだね。皆きっと、魔法士科同士とか騎士科同士とかの模擬戦闘なら慣れてるだろうと思ったから。逆に持っていけば、相手の隙を誘えるだろうと思って」


 結果は大成功というわけだ。アンリ自身、思った以上にうまくいったことで興奮していた。


 それで、言動に注意するという最も大事なことを、うっかり忘れてしまった。


「……ふむ。つまり君は後輩のみならず、先輩にも指導を施しているということだろうか、アンリ・ベルゲン?」


 ロブと言い争っていると思われたレイナの目が、いつの間にかアンリに向いている。しまった、と後悔してももう遅い。「後で詳しく教えてもらおう」と、レイナは淡々と言う。


 その横で面白そうににやにやと笑うロブが、アンリにとっては無性に腹立たしかった。






 模擬戦闘が昼の休憩に入ったところで、アンリはいったん会場を離れた。


 本当は友人たちと一緒に露店を回って、交流大会の最終日を楽しみたかった。ところが友人たちと街へ出る前に、ロブに呼び止められたのだ。無視しても良かったが、にこやかながらも有無を言わせぬ様子のロブに、アンリは渋々ながら従った。


 そのままロブに連れられて、騎士科学園の校舎裏へ。周囲に人がいないことを慎重に確認してから、ロブは口を開いた。


「一応お前には先に言っておこうと思ってな。十日間の謹慎が終わったら、俺はまた国外に出る」


 唐突に切り出された話に、アンリは唖然として、突然連れて来られたことへの不満も忘れた。これまで、ロブが次に国外に出るのはいつかと隊長に聞いても「決まっていない」と言われるばかりだった。それがついに定まったということか。


「どうして急に……」


 ロブの国外任務が決まった。もうロブに煩わされずに済む。嬉しいことではあるが、驚きのほうが大きい。


 そもそもロブは学園生への魔法の指導を始めるなど、国内に拠点を置く動きを見せていたはずだ。それがどうして、また国外任務に就くことになったのか。


 アンリの問いに、ロブは軽く肩をすくめた。


「そりゃ、俺をこれ以上ここに置いておくと何するかわからないと思ったからだろ。簡単に言えば、追い出されるのさ」


「それは……」


「気の毒に思う必要はないからな? 俺には外のほうが向いている。だからこそ、うまく追い出してもらえるように仕組んだんだし」


 ロブが何のことを言っているのか、アンリには一瞬わからなかった。しかし言葉を止めてにやりと笑うロブの顔を見て、はたと気付く。


「ま、まさかロブさん……これまでのこと、全部……」


「いやあ、さすがに今回はちょっとやり過ぎたな。危うく国どころか、防衛局から追い出されるところだった」


 ロブは笑いながら言うが、アンリにはちっとも笑えない。アンリを防衛局に連れ戻すと言い放ち、学園に現れて好き放題に過ごし、最終的に交流大会で派手に暴れた。その行動が、国外に追いやってもらうためだった、と?


 その上、ロブは「今回は」と言った。もしや帰国するたび、あるいは帰国の話が出るたびに、面倒ごとを起こして国外に追い出されるように画策しているのではなかろうか。


 呆れて何も言えずにいるアンリに対し、ロブはいつも通りだ。


「今回はお前も連れて行きたいと思ってたんだけど、さすがに無理だったな。ま、とにかく俺の元々の目的は達成できたわけだ」


 清々しい顔をして言うロブに、アンリは眉をひそめた。つまりロブの目的のために、アンリは利用されたというわけか。

 アンリだけではない。巻き込まれた人が多すぎる。


「学園生の研修はどうするんですか。ウィルとかハーツとか、スグルさんとか。ほかにもいましたよね?」


「ああ、引き継ぎならちゃんとするよ。防衛局での研修はこれからも受けられるように手配しておく。なんならお前が継いでくれてもいいんだが」


「いいかげんなことを言わないでください」


 ロブに振り回される人たちのことを、アンリは気の毒に思った。とはいえ一番振り回されているのはおそらくアンリ自身なので、踏み込み過ぎるつもりはない。これ以上、ロブの都合に付き合わされるのはごめんだ。


 アンリが断っても、ロブが動揺する様子は見られなかった。おそらく、すでに引き継ぐ方法に目処は立っているのだろう。アンリに継げというのは、ただの戯れに違いない。


「ま、とにかくそういうわけで、俺はまたしばらく外国暮らしだ。これ以上お前の学園生活の邪魔をする気はないから、安心しろ」


 ロブの言葉を安易に信じることはできないが、さすがにこれは嘘ではないだろう。アンリは安堵の息をつく。


 さて、とロブは口調を改めた。


「そろそろ戻ろうか。午後はお前の教え子と俺の教え子との試合があるだろ? 楽しみだな」


 やはり気付いていたか、とアンリはまた憂鬱な気分になる。


 公式行事の模擬戦闘の対戦相手は、くじで決まる。昨日のくじの結果、今日の最後にサニアとスグルの対戦が組まれたのだ。スグルに負けたくないと言って訓練に励んだサニアにとっては、喜ばしいことかもしれない。


 アンリにとっても、見応えのある試合を観戦できることは楽しみだ。ただ、スグルはロブから魔法指導を受けている。「弟子同士の対戦」として、ロブがまた変なことを言い出すのではないかと、それだけが不安だった。


 案の定、ロブは不穏なことを言い出す。


「何か賭けるか?」


「嫌ですよ。俺はそんなことと関係なく、純粋に先輩を応援したいんです」


「そう言うなよ。そうだな、お前を防衛局に戻すかどうかで賭けるのはやめろって言われたから、それ以外で。たとえば、メシ代なんてどうだ。お前の教え子が勝ったら、夕飯を奢ってやる。代わりに俺のほうが勝ったら、お前が奢れ」


「……まあ、そのくらいなら」


「決まりだな」


 ロブは弾むような歩調で、元の広場へと向かう。その後を追いながら、アンリはぐっと伸びをした。


 ロブももう、不穏な賭けをするつもりはないようだ。


 午後の試合でサニアとスグルのどちらが勝つのかはわからない。しかしどちらが勝とうと、アンリの平和な学園生活が脅かされることはない。穏やかな気持ちで先輩たちの応援をすることができそうだ。


 学園生として楽しむべき行事であるはずの交流大会が、ロブのおかげでずいぶんと物騒なものになってしまった。けれども、これでようやく問題は全て片付いた。残る半日は、思う存分、平和に交流大会を楽しもう。






 色々と大変な交流大会だった。アンリ自身は必死になったし、周りの友人たちには心配をかけた。多くの人を巻き込んだ。


 それでも終わってみれば、大したことはなかったようにも思える……などと言ってはさすがに言い過ぎかもしれないが、そのくらいの安堵感をアンリは覚えていた。


 交流大会が終われば、またいつもの学園生活が戻ってくる。

 その平和な学園生活を守ることができたことに、アンリは素直な喜びを感じていた。




第9章完結です。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

引き続き、お付き合いいただけると幸いです。

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