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模擬戦闘大会から広場の復旧までの長い一日が終われば、翌日には公式行事が待っていた。
アンリはウィル、イルマーク、マリア、エリック、ハーツ、アイラといういつものメンバーと共に、魔法器具と魔法工芸品の展示会へと向かった。
「昨日のアンリ君、すごかったよね!」
「いやー、俺、アンリと当たらなくて本当に良かったって思ってる」
マリアとハーツが好き勝手なことを言う。あの派手な魔法を使ったのはロブなのだと、アンリが何度説明しても無駄だった。「でもそのロブ先生に勝ったでしょ? やっぱりアンリ君はすごいよ」などと、余計にはしゃぐだけだ。
「しかし、会場が駄目になってしまったのは残念でしたね。私としては、アンリとアイラの対戦は見たかったのですが」
「アイラちゃんとアンリ君の対戦なんて怖そうだから、僕はちょっとほっとしているかな……」
「私は、アンリと対戦したかったわ」
皆の言いように、アンリは深くため息をつく。
負けたら中等科学園を辞めて防衛局に帰らなければならない。そう言ってあったはずだし、皆も最初はそれを心配してくれていた。それなのに終わってみれば言いたい放題だ。
けれども、そうこう言いながらもこうして楽しく交流大会を見て回れるということが、そもそも問題が終わったということの証。そう思えば、悪くはない。
前日の試合についてああだこうだと話しながら、アンリたちは公式行事の会場へと向かう。模擬戦闘も見る予定だが、まずは研究科と魔法士科による合同展示だ。
会場は研究科の中等科学園内。展示室となっている大教室に入ると、壁沿いに、立派な魔法器具がずらりと並んでいた。
入口に設置された説明パネルによると、研究科の学園生が設計して魔法士科の学園生が製作するなど、両科の学園生が協力して製作した作品が並んでいるようだ。
魔法士だけではなかなか思いつかないような発想による作品もあるらしく、アンリの胸は躍った。
「いいね。一日いても飽きないよ、きっと」
「それはアンリだけだよ。先輩たちの模擬戦闘を見に行くんだろ。時間を忘れないようにね」
「うん、そうだね……」
ウィルの忠告を上の空で聞き流しながら、アンリはもう最初の作品に夢中だ。
まず入口の近くに置いてあった作品は、前に立った者の姿を鏡のようにそっくりと、しかし絵画のようにデフォルメして写し出すものだった。
何の役に立つのかという意味では理解に苦しむが、自分の顔が見慣れない絵画になる様は面白い。笑ったり眉を顰めたりと表情を動かせば、写し出された絵画も同じように動く。
隣に目を向ければ、そちらは人の書いた文字を真似て同じような文字を描く魔法器具。手紙を一枚読み込ませると、そこに書いてある文字の癖を読み取る。それを使って、新たな文章を同じ字体で自動的に記してくれるという魔法器具だ。
便利なようだが、使い道によっては危険では……と思いつつ見本となる成果品を見て、アンリはつい吹き出した。たしかに成果品は、読み込ませた手紙の筆跡通りに文字を再現していた。しかし前後の文字の繋がりを考えずただそっくりに再現しているので、新たに書かれた文章は一文字ずつ、まるで継ぎはぎしたような見た目だ。そのうえ元の手紙に無い文字は、まったく違う筆跡の文字に置き換わっている。これでは活用にせよ悪用にせよ、使い道はなさそうだ。
さらに隣は、持ち物の盗難を防止する魔法器具。無難でありふれた発想の製品ながら、つくりが従来品と大きく異なっていて面白い。
その隣は夏の暑い日に涼しい風を生み出す魔法器具で、ただ風を起こすのではなく、氷魔法の要素を取り入れて涼しい風を起こせるところに特徴があった。
「アンリ、そのペースで見ていると日が暮れても帰れないよ」
「うん、わかってるよ、うん……」
ウィルの忠告に生返事で応じながら、アンリは作品をひとつずつ丁寧に見る。製作技術はまだまだ荒いが、丹精込めて丁寧につくっていることのわかる作品が多い。そしてなにより、発想が面白い。ひとつひとつ、どれも見逃すことのできない作品ばかりだ。
結局アンリはペースを上げることもできず、それまでと同じようにじっくりと作品を見ていくことしかできなかった。
やがてまた、声がかかる。
「そろそろ模擬戦闘のほうに移動しましょう。見たい試合があるのでしたよね?」
イルマークの言葉に、アンリははっとして顔を上げた。最初から数えて、まだ九つしか作品を見ていない。それなのに一緒に来た友人たちは、もうだいたい見学を終えて、出口のあたりに集まってアンリを待っている。
「ええと、でも……」
「作品を見る機会は明日もありますよ」
イルマークに諭されて、アンリは「あと一つだけ!」と粘って、どうしても見たい作品を目指して部屋の奥へ小走りに向かった。
作品を見る機会が明日もあることは知っている。しかし交流大会最終日である明日の作品展示は今日のような自由展示ではなく、品評会の形で行われる。ステージに一つずつ作品が持ち出され、専門家がそれぞれに講評を付すのだ。
面白い催しではあるが、会場を数箇所に分けて同時並行でいくつもの作品の講評が行われるため、すべての作品を見ることはかなわない。そのうえ、今日のように近くでじっくり作品を眺めることもできない。
その前に、今日のうちに見ておかなければ。
そう思ってアンリが駆け寄ったのは、魔法器具製作部の部長であるイシュファーのつくった魔法器具のところだ。新人勧誘の頃に製作していた魔法器具が、そろそろ完成した頃合いではないか。
アンリの思ったとおり、イシュファーの展示は以前見たものの完成形だった。一定の範囲内の魔法の威力を弱める魔法器具だ。魔法無効化装置の簡易版といえるもの。
(完成したんだ……)
横に置いてある説明書によれば、この魔法器具は着想から仕上げまで、技術的な部分はすべてイシュファーが作り上げたものだという。交流大会で展示するに至ったのは、作品完成後の使用場面や流通のモデルを研究科の学園生がまとめたためらしい。作品の横に、まとめ上げたレポートらしき分厚い冊子が置かれていた。魔法士科と研究科とでこういう協力の仕方もあるのかと、アンリは感心する。
(あっ、そういえば。キャロルさんとか、ロイさんとかのもあるのか……)
はっとして、アンリはきょろきょろと会場内を見回す。このまま去るのでは、部活動で世話になっている先輩たちに申し訳ない。
しかしウィルから改めて「アンリ、行くよ!」と呼ばれてしまえば、その声を無視することもできなかった。仕方がない、明日の品評会ではできるだけ先輩たちの作品を優先して見に行くことにしよう……そう自分に言い聞かせ、アンリは肩を落として、とぼとぼと友人たちに追いついた。
模擬戦闘の観戦のためにアンリたちが向かったのは、騎士科学園の屋外競技場だった。ここでは魔法士科の学園生と騎士科の学園生とがペアになって二対二で対戦する模擬戦闘が、二日間にかけて行われる。公式行事だけあって、広い観客席には明らかにスカウト目的で来ていると思しき大人たちも多かった。二対二という風変わりな模擬戦闘ながら、試合は真剣そのものだ。
アンリたちが会場に着いたときには、すでに試合は始まっていた。知らない先輩同士の試合だが、魔法の威力も剣の技術もなかなかのもので、見応えがある。
「さすが三年生の試合だね。すごい迫力!」
マリアが興奮した様子で言う。アンリも概ねその意見に賛成だ。やはり三年生ともなると、戦闘に関する魔法技術も相当のものになるのだろう。
しかし戦術に関して言えば、あまりぱっとしなかった。どちらのペアも騎士科の学園生が前に出て戦い、後ろから魔法士科の学園生が援護するという形を崩さずに戦っている。どこかのタイミングで後衛が前に出れば、相手の隙を突くこともできるだろうに……アンリにはそう思えたが、一試合目は、どちらもそういった柔軟な戦術を取ることなく終わった。
その後もいくつかの試合を見たが、皆同じように戦っていた。魔法士科生が前に出たり、騎士科生が後ろに下がったりするペアはない。
剣士が前に出て戦い、後ろから魔法士がサポートする。これが二対二の一般的な戦い方だというサニアたちの言葉に嘘はなかったようだ。
(……これなら、絶対に勝てる)
期待と共にアンリが見守るなか、ついにサニアとリーゼが試合場に現れた。相手はアンリの知らない魔法士科生と騎士科生。
他のペアと同じように騎士科生を前に、魔法士科生を後ろにというごく一般的な戦法で攻めてきた相手に対し、サニアとリーゼは二人で前面に出て戦った。結果として二人は、あっけないほどあっさりと、時間もかけずに一戦目に勝利した。
「やった! 二人とも、その調子!」
アンリが思わず大きな声をあげると、横からマリアたちが、ぎょっとしたようにアンリを見遣った。
「アンリ君、あの先輩たちのこと、応援してるの?」
「え? ……ああ、うん。模擬戦闘に向けて訓練を見てほしいって言われて、付き合ってたんだ」
元から事情を知っているウィル以外の五人が、呆れ顔になる。そんなにおかしなことを言っただろうかとアンリが首を傾げると、イルマークが「アンリ、あなたは……」と口を開いた。
「自分の模擬戦闘のことで大変だったのではないですか? そんななかで、先輩の指導をしたということですか?」
「え? ああ、えっと……」
たしかに自身の模擬戦闘のことで頭がいっぱいになっていたのは事実だ。けれど、先輩の訓練に付き合う余裕がないほどではなかった。そもそもアンリには、先輩との訓練を自身の模擬戦闘の練習に利用しようという打算もあった。実際、ミルナからもらった戦闘服の使い勝手に慣れるために、先輩との訓練は都合が良かった。
その辺りの事情をなんと説明したものか。悩んで言葉を止めてしまったアンリに対し、イルマークは深くため息をつく。
「……なんだか、心配して損した気分です。こんなことなら、私もアンリに訓練をお願いすればよかったですね」
どうやら彼は模擬戦闘大会出場にあたって、アンリに訓練を頼みたいと思いつつ、気を遣って遠慮していたということらしい。
終わってしまえば軽口で済む話だが、本当に、ずいぶんと心配してもらえていたようだ。
「……ええと、ごめん? ありがとう?」
なんと言えばよいかわからずアンリが言葉に迷っていると、イルマークは苦笑して肩をすくめた。
「いいえ。こちらが勝手に考え過ぎていただけのことです。何はともあれ、アンリが無事に学園に残れて良かったです」
イルマークがそんなふうに喜んでくれること、そしてそれに同調するように他の皆も頷いてくれることが、アンリには嬉しい。
「さて、では私もあのお二人の応援をすることにしましょう。よい成績になるようでしたら、来年こそ、私もアンリに指導をお願いしたいですね」
イルマークの言葉にマリアやハーツ、そしてウィルまでもが「私も」「俺も」「僕も」と便乗した。




