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次の試合は、アイラ対エイクスだった。
これはどちらが勝っても、アンリにとって厄介な相手になることは間違いない。しっかりと試合を見ておかなければと、アンリも気合いを入れて観客席から目を凝らす。
試合が始まると、エイクスはすぐに重魔法を放った。炎と岩の魔法を重ね、溶岩のような塊をアイラに向けて放つ。
アイラは岩石魔法で壁をつくってそれを防ぐと、横に走って次の攻撃を避ける。迫る雷を空間魔法で別の場所へと逃し、足元を狙う樹木魔法の蔦を炎で焼き払いつつ、狙い撃ちされるのを避けるべく場内を走り回った。
「アイラはなんで攻めないんだろう。防御ばかりじゃ、いつか押されて負けちゃうだろ」
「……あの魔法攻撃の嵐の中で攻めようと思えるのは、アンリくらいじゃないかな」
ウィルの控えめな反論に「そんなことはないはずだ」とアンリは腕を組む。
「ロブさんだって、絶対同じことを考えるよ」
「あのね。いくらアイラでも、上級戦闘職員と比べたら可哀想だと思うよ」
「でもアイラは重魔法だって使えるだろ? だったら……」
「アンリ。アイラが重魔法を使えるのは、魔力貯蔵の魔法器具があるときだけだったよね?」
ウィルの指摘に、アンリははっとして目を丸くした。
アンリはアイラのために、重魔法を使えるようになる魔法器具を開発した。しかしアイラは既に、その魔法器具がなくても重魔法が使えるようになっている。それでアンリは、アイラが魔法器具の補助なしに重魔法を使えるかのような思い込みにとらわれてしまったのだ。
実際には、アイラ自身の魔力貯蔵量では、重魔法を使うにはやや心許ない。一、二回なら使えるだろうが、無理に使えば魔力が枯渇してしまう。とてもではないが、模擬戦闘で使えるようなものではない。
「そっか。アイラの魔法の威力は、心配しなくてもいいのか」
アイラの強みは魔法の制御力にあるとアンリは評価している。魔力を大量に消費して威力の強い魔法を使ったときにも、アイラはぶれずに正確な魔法を使うことができる。だからこそ、アイラの放つ威力の強い魔法は手強いのだ。
だがアイラが魔力量の制限によって、威力の強い魔法を使えない状態ならば。実は、それほど恐れるべき相手ではないのかもしれない。
「……というか、それなら普通に考えて、勝つのはエイクスさんだよな」
「僕もそう思うよ。アイラがいくら強いとは言っても、プロの魔法士を相手に、そうそう勝てるものでもないでしょ」
アンリたちの予想を裏付けるように、アイラはどんどん押されていく。壁をつくって防いだり、走り回って避けたりはしているものの、次第に余裕が少なくなってきた。
きっと次の攻撃は掠るだろう。その次の攻撃をなんとか避けられたとしても、さらに次の攻撃は避けられまい。エイクスもきっと、当たることを前提に威力の加減をするだろう……。
そんなことを考えていたアンリにとって、予想外のことが起こった。
突然、エイクスが動きを止めたのだ。
作戦があっての動きには見えなかった。動き回るアイラへの追撃のため、身体の向きを変えようとしただけのようだった。その途中で、不自然に動きが止まる。まるで、見えない鎖に突然身体を拘束されたかのように。
見えない鎖……?
「……あ、そっか」
注意深く試合場を見つめて、アンリは状況を理解して一人頷いた。エイクスの攻撃が派手で連続していたので、これまでアイラが何をしていたのかを、うっかり見落としていたようだ。
「アンリ、どういうこと?」
「今にわかるよ」
エイクスの動きが止まり、魔法の攻撃も止んだ。アイラも足を止めて、エイクスにまっすぐ向き合う。その直後。観客は、ふわっと風が吹いて霧が晴れるような感覚を味わったはずだ。
試合場内には、いつの間にか縦横無尽に細い蔦が張り巡らされていた。まるで蜘蛛の巣だ。アイラの樹木魔法によるものだろう。
アイラが今になって突然樹木魔法を使ったというわけではない。試合開始からこれまでずっと、エイクスからの攻撃を防ぎ、逃げ回るふりをしながら、場内全体にこれを仕掛けて回っていたに違いない。そうして隠蔽魔法を使って、巧妙に隠していたのだ。エイクスの攻撃に気を取られていたとはいえ、アンリにも気付かせないほどの隠蔽魔法。
罠の準備が整って、ようやくアイラは隠蔽魔法を解除したというわけだ。
蔦に囚われたエイクスは氷魔法で刃をつくり出し、自身の身体に絡む蔦を切り落とした。だが、すぐに近くの蔦が伸びて、再びエイクスの身体を捕らえる。
アイラは手を頭上に掲げ、そこに火の玉を浮かべた。青い色をした、炎魔法による火の玉だ。それを手近な蔦に近付ける。蜘蛛の巣のように張り巡らされた蔦だ。近くの蔦に火をつければ、それはエイクスを捕らえた蔦まで瞬く間に伝わるだろう。
アイラはエイクスのことをじっと見つめながら、火の玉をゆっくりと蔦に近付ける。
蔦に火の玉が触れるかどうかという瀬戸際になって、エイクスが降参を告げた。
「さっきのアイラの試合だけどさ。エイクスさんは、やっぱり逃げようがないものなの?」
次の試合の準備のために試合場の整備が行われる中、ウィルが不思議そうにアンリに尋ねた。重魔法を難なく操るほどの魔法の達人が、あっけなくアイラに敗れた。それが意外だったのだろう。アンリは「うーん」と顎に手を当てて考えた。
「……そうだなあ。たぶん、あの炎を避けるだけなら方法はあるよ。結界魔法で炎を防ぐとかね。でもそうすると、その場から動けなくなる。そこにアイラから、結界魔法を破るほどの威力で攻撃されたら終わりだ」
本当の実戦の場であれば、やりようはいくらでもある。転移魔法でどこか遠くへ逃げるもあり。自ら炎魔法で爆発を起こして、蔦を弾き飛ばすもよし。
しかし試合場の範囲が決められている模擬戦闘では、転移魔法を使えば場外に出てしまう。蔦を弾き飛ばすほどの爆発を起こせば、試合場内のアイラはもとより、観客席にまで被害を及ぼしかねない。
そう思うと、模擬戦闘という場に限って言えば、エイクスに逃げ場はなかったと言える。
逆に言えばアイラも、模擬戦闘という場であれば勝てるかもしれないと考えて、こういう作戦に出たのだろう。
アイラの恐ろしさは卓越した魔法制御力に基づく魔法の威力にあると、アンリは思っていた。しかし思い返せば昨年、アンリがアイラに模擬戦闘で負けたのも、模擬戦闘のルールを利用したアイラの作戦によるものだった。
環境を最大限に活用する力。勝利への道筋を導き出す優れた発想力。それこそ警戒すべきなのかもしれない。
「アイラの作戦勝ちだな。俺も、油断しないようにしないと」
「具体的に、どうするつもりなの? エイクスさんほど強い魔法を使うわけにもいかないんだよね?」
「うーん、そうだなあ……」
これという手が思い付いているわけではない。ただ、結局その場になれば身体が勝手に動くだろうという予感がアンリにはある。それが油断ということなのかもしれないが、これまで大体そういう戦い方でやってきたアンリにとって、今さら細かく作戦を練るというのも向いていない。
「ま、なんとかなるだろ」
「……そんなこと言って、負けないでよ。アンリが退学になったら、僕だって困るんだから」
どうやらウィルは心配してくれているらしい。アンリは嬉しくなって笑った。
「ま、なんとか負けないようにやってみるよ。そもそもアイラと当たる前に、まずあのふざけた仮面男をどうにかしないといけない」
試合場の整地が終わりつつある。次の試合はアンリの知らない人同士の対戦だ。これまでの試合を見るに、二人とも剣のみを使って戦う剣士らしい。片方は騎士科の学園生らしく、学園の制服を着ている。
この試合が終われば、次に待つのは準決勝だ。そこでアンリは、仮面の男「ロブ・ロバート」と対戦することになっている。
剣士同士の試合も、それなりに見応えのあるものだった。騎士科の学園生は、二年生でトップの実力を誇る実力者らしい。対するはイーダの街で三年に一度開かれる剣術大会の前回優勝者。普段は武器商店で、剣や盾を売る仕事をしているという。
二人の試合はほとんど互角に進み、長時間にわたった。
最終的に勝ったのは、騎士科の学園生だった。長時間にわたる剣の打ち合いに疲れを見せた相手の隙をついて、鋭い一撃を放った。
「なかなかの試合だったね。あの騎士科の人と当たっても、アンリは勝てそう?」
「まあ、あのくらいならたぶん大丈夫。……というかあの人が次に当たるのはアイラだろ? アイラなら、負けることはないと思うよ」
たしかに、とウィルも頷く。
準決勝に進んだのはアンリとロブ・ロバート、アイラ、騎士科生の四人。次の試合はアンリ対ロブ・ロバートで、その次がアイラ対騎士科生だ。アンリ対ロブ・ロバートでどちらが勝つかは何とも言えないが、今の試合を見る限り、アイラ対騎士科生の勝敗は明らかだ。それはウィルにもわかるらしい。
剣士同士の試合では魔法による攻防がなかったため、試合場内が荒れることはなく、整地はすぐに済みそうだ。
「じゃ、そろそろ行くよ。ウィルはここで応援していて」
「うん。頑張ってね、アンリ」
ありがとうと軽く手を振って、アンリは控室へと向かった。タイミング的には、控室に着いたらすぐに試合に呼ばれるくらいだろう。
さて、どうやってロブ・ロバートに勝ったものか。
負けるわけにはいかない。
アンリは気持ちを切り替えて、これからの戦闘のことを考えはじめた。




