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模擬戦闘大会は順調に進んだ。
アンリが観客席に戻ったのは、ちょうど一回戦の最後の試合が終わるところだった。アイラやエイクスが予想通り勝ち進んだということだけ確認すると、アンリは急いで控室に向かった。
続いて、二回戦だ。
アンリの相手はサンディだ。なぜ二回も続けてかわいい後輩と対戦しなければならないのかと、アンリは自分の不運を嘆く。もっとも、だからといって手加減をして負けるつもりはないのだが。
「よろしく、サンディ。特訓の成果が見られるといいんだけど」
「甘く見ないでください。私、ロブ先生のところの訓練でもコルヴォより上手くやっているんですから」
試合開始前、アンリとサンディとでこんな会話を交わした。「そうなんだ、楽しみだな」と相槌を打ちつつ、アンリは魔法の準備を始める。
中等科学園生として不自然でない程度の強さで。それでも、ロブの下で訓練を積んだサンディを確実に打ち破ることのできる魔法を。
試合開始の合図とともに、アンリは先ほどコルヴォとの試合で使ったのと同じように、水魔法による霧を生み出した。相手の視界を奪って優位に立つためだが、万が一これから使う魔法に不自然なところがあったとしても周囲からうまく隠せるように、という意味もある。
ところがこの水魔法が、コルヴォのときほどにうまくいかなかった。
魔法を構築した直後。パパパッと風船を連続して破ったような音がして、あたりに満ちようとしていたはずの霧がさっと姿を消した。サンディが得意げに笑うのを見て、なるほど、とアンリは頷く。
アンリの魔法に対してサンディは、自身の魔力を、魔法にせずにただ撃ち出したのだ。魔力は形があるものではないから、相手への物理的な攻撃にはなかなか使えない。けれども相手が魔法を使うところへタイミングよく自分の魔力の塊をぶつければ、相手の魔法構築の邪魔をすることができる。
そして、たいていの場合は魔力により魔法を構築するよりも、ただの魔力の塊を撃つほうが速い。
サンディはアンリが対コルヴォ戦で使ったのと同じ霧の魔法を使おうとしたのを見てとって、タイミングを合わせて魔力を撃ち出したのだろう。そうして、霧の魔法をほとんど全て無効化してしまったのだ。
「たしかに、魔力の使い方は上手だ」
アンリは感心しつつ、手の中に木魔法で短剣を二本創り出す。サンディが邪魔してくる気配を感じたが、こちらは体を捻って避けた。
先ほどは辺りの空間全体に作用する魔法だったから避けようがなかったが、手元で発動するだけの魔法なら、飛んできた魔力塊を避けるだけで済む。もっとも、目に見えない魔力塊を簡単に避けることができるのは、アンリの優れた感覚と経験があってのことではあるが。
アンリは創り出した短剣を両手に持つと、サンディに向けて駆けた。たしかにサンディの魔力の使い方は、コルヴォよりも上手そうだ。では、近接戦闘は?
サンディは土魔法でいくつもの壁をつくり、アンリの接近を防ごうとする。アンリは右へ左へと走り、更には上に跳ぶようにして壁を避けた。複数の壁を同時につくれるなんて、アンリの思った以上にサンディの魔法技術は向上している。それが彼女の頑張りによるところなのか、ロブの指導力によるところなのかはわからないが。
考えを巡らせながらも、アンリは全ての土壁を避けてサンディに接近した。せっかくつくった障害物を瞬く間に突破されてしまい、サンディは驚いたように目を見開く。
(サンディの敗因は、魔法技術に傾倒して、それ以外を疎かにしたことかな)
試合開始以降、サンディは一歩も動いていない。魔法による攻撃と防御に余程自信があるならそれでも構わないが、魔法力が自分よりも明らかに上の相手と戦うならば、魔法にばかり頼らず自ら動くことも必要だ。接近するアンリに対し、サンディは土壁で防ぐばかりでなく、逃げるべきだったのだ。
その場に留まったことが、サンディの敗因だ。
サンディに向けて木剣を振り上げつつ、アンリは剣をどこに下ろすか考えた。頭にぶつけるのはかわいそうだから、肩の辺りを軽く叩いて終わりにしようか。
右手に持った剣を、できるだけ軽くふんわりと振り下ろす。
ところが予想外に、その剣はサンディの手前でバチンと弾かれてしまった。
(氷魔法……! いつの間に、戦闘魔法まで!)
アンリの剣を弾いたのは氷の壁だった。まさかサンディが、戦闘魔法である氷魔法まで使えるようになっているとは。
しかし、その驚愕によってアンリの動きが鈍ることはない。むしろアンリの身体は、戦況に対してほとんど反射的に動いた。右手の剣が防がれてすぐに、左手の剣を振るう。サンディは剣一本を防いだところで安心してしまったのか、続いて迫った剣には対応できなかった。
アンリはサンディの側頭部を打つ軌道で剣を振った。もちろん、振り抜いたりはしない。ぶつかる直前で寸止めし、それからコツンと、軽く彼女の頭を叩く。
「勝者、アンリ・ベルゲン!」
審判の声が響いた。一瞬の間の後、観客席からは、わっと大きな歓声があがる。
サンディが悔しそうに顔を歪ませた。
「……もうちょっと、良い勝負ができるかと思っていたのに」
「十分良かったと思うよ。氷魔法まで使えるようになっていたなんて、驚いたくらいだ」
アンリの言葉にもサンディは慰められる様子はなく、むしろ恨めしそうにアンリを睨む。
「そんなふうに褒めてもらいたいわけじゃありませんっ」
きっとサンディはアンリから言葉で褒められるより、試合でアンリを苦戦させたかったのだろう。しかし負けるわけにいかないアンリは、苦戦してみせるわけにもいかない。それで万が一にも負けてしまったら、目も当てられない。
サンディにかける言葉を失って、アンリは肩をすくめた。サンディも、アンリを責めるべき話でないことは十分に理解しているのだろう。それ以上の恨み言はなく、ただ肩を落として試合場を出る。
アンリも観客からの声援に応えて手を振りつつ、控室へと戻った。
その後の試合も、観客を沸かせるに足るものが続いた。
アンリの次の試合は、ハーツ対ロブだった。仮面が姿隠しの魔法器具になっているとはいえ、さすがにハーツも相手がロブであることには気付いただろう。会場に現れたハーツには、強く緊張している様子が見てとれた。
対するロブは、仮面の下でどんな顔をしているかはわからないものの、歩き方や動作からはリラックスした様子が見てとれた。なんなら試合場の真ん中で、ハーツに何か声をかけている様子すらあった。それを受けて、ハーツはいっそう体を硬くする。
試合はそんな状況で始まった。
またウィリーのときのように、おかしな試合をするつもりだろうか。アンリはそう訝っていたのだが、ロブは今回の試合では、どちらかといえば観客に配慮したようだ。
試合開始の直後、ロブはその場からハーツに向けて炎魔法を放った。派手に見えるが、もちろんロブの本気にはほど遠い。ハーツが防ぐことのできる威力に抑えたのだろう。
その炎魔法を、ハーツは魔法で土壁をつくって防ぐ。あわせて土を固めてつくった槍を、壁の横からロブに向けて投げた。防御と攻撃を一体にして戦えるとは。このあたりは、ロブによる特訓の成果かもしれない。
飛んできた槍を、ロブは結界魔法で防ぐ。槍はロブの手前で見えない壁にぶつかったかのように、バチンと弾けるような音と共に砕けて土塊に戻った。
同時にロブの次の攻撃だ。先ほどと同じくほどよく手加減された氷魔法。地面からつららのような氷の棘がいくつも伸びて、ハーツに向かう。棘は鋭く、おそらくハーツのつくった土壁を突き破るだろう。
どうやらハーツもそれに気付いたらしい。すぐに土壁を放棄し、横に走って氷を避ける。
しかし氷はハーツを追った。ハーツの動きにあわせて、土壁を避けるように右に進む。迫る棘に慌てたハーツは、地面の小さな窪みに蹴躓いて転がった。
さすがに氷の棘がハーツを貫くようなことはなかった。しかし、氷がハーツをぐるりと取り囲むように広がって逃げ場を塞ぐ。
「ま……参りました」
審判の宣告を待たずに、ハーツが降参を宣言した。




