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 サンディと騎士科生との戦いは、いくらかの攻防の後、サンディが制した。


 騎士科生が魔法を使うというその一点が珍しかっただけで、魔法の腕自体はたいしたことがなかったのだ。おそらく魔法を使うという意外性によって相手の隙を誘い、そこから得意の剣による試合に持ち込む作戦だったのだろう。


 しかし、その手に乗るサンディではなかった。


 騎士科生が魔法を使ったことには動じず、サンディは冷静に対処した。最初から最後まで徹底的に魔法による戦いを続けて、アンリほどではないものの、ほとんど圧勝と言ってもよい形でその試合を制したのだった。


 サンディが勝ったとき、観客席の一部からわっと大きな歓声があがった。どうやらキャロルをはじめとした魔法工芸部のメンバーたちが、まとまって応援しているらしい。よく見れば、イルマークの姿もそこにある。


「ウィルはいいの? あそこに混ざらなくて」


「いいよ。あっちにいると、アンリと話すのに気を遣わないといけなくなるから」


 アンリの事情を知らない人たちとともに観戦していると、アンリが試合を終えて戻ってきたときに話しにくくなってしまう。ウィルはそれを気にしてくれているらしい。しばらくウィルには頭が上がらないなと、アンリは恐縮した。


「それより、次はハーツの試合だ。相手は知らない人だし、これは普通に応援できるよ」


 ウィルの言葉に、アンリも試合場に目を遣った。






 旅人と称する一般参加の大人に、ハーツは問題なく勝利した。相手の魔法をなんとか防ぎ、隙を突いて自身の魔法で相手を場外に弾き出したのだった。難しい魔法は使わなかったものの、狙いの精度は以前に比べてぐっと上がっており、ここ最近の訓練の成果が出ているのだろうと思われた。


「……さて、いよいよか」


 そうして次に、ようやくアンリの待っていた試合が始まる。


 東側から出てきたのは、一年生のウィリー。緊張した面持ちではあるが、やる気は十分あるようだ。まっすぐに前を見据えて対戦相手を待つ彼には、ぜひとも頑張ってほしいとアンリは思う。


 そうして、西側からの選手入場。


 対戦表上に「ロブ・ロバート」なる名前で記載されている出場者だ。


 試合前、観客席を見まわし、控室をくまなく探しても、それらしき者の姿は見つからなかった。結局「ロブ・ロバート」が去年と同じ人物なのか、あるいはアンリが苦手としている人物なのか、はたまた全くの第三者なのかは、今のところわかっていない。


『さて! 西から入ってきましたのは、木の仮面に顔を隠した謎の多い兵士、ロブ・ロバートです! 皆さん、昨年の彼の活躍はご記憶でしょうか!? 昨年、彼は魔法を使わないという自身のルールを貫き、最後に魔法を使ったことで、潔く負けを認めました……さて、今年はどうでしょうか!?』


 実況の解説に合わせて、男が場内に入ってくる。男はたしかに、昨年と全く同じ仮面を顔につけていた。灰色のローブを纏った彼は観客に手を振りながら、悠々とウィリーの待つ中央に向けて歩を進める。


 実況の話しぶりは、昨年と同一人物の出場を喜ぶがごときだ。たしかに彼の背格好は昨年の「ロブ・ロバート」ととてもよく似ていて、何も知らなければ同一人物にも見えるだろう。


 しかし、アンリには一目でわかった。


「……出ないって、あれだけはっきり言ってたのに」


 会場に「ロブ・ロバート」として出てきたのは、防衛局戦闘部一番隊の副隊長、ロバート・ダールに間違いなかった。






 ウィリー対ロブの試合は意外にも、それまでの試合の中で最も長いものになった。


 というのも試合開始からしばらくの間、ロブが防御以外の何の動きもしなかったからだ。


 ウィリーは魔法でさまざまな攻撃を仕掛けるのだが、その全てがロブの展開した簡単な結界魔法に阻まれてしまう。その都度、ロブはウィリーに何か声をかけているようだった。試合中にも関わらず、どうやら指導の延長のようなことをしているらしい。


 魔法が防がれるたびに、ウィリーは悔しそうな顔をした。そうして何度も攻撃を繰り返すのだが、どうしてもロブに届かない。そのうちに、ウィリーの魔力切れが近づいてきた。魔法の威力が目に見えて落ちていく。


 そうなって初めて、ロブが動いた。


 ロブがウィリーに向けて右手を伸ばすと、ふわりとウィリーの体が浮いた。ロブの魔法だろう。ウィリーは空中でばたばたと手足を動かして逃れようとするが、ふわふわと優しく浮かせているわりに魔法自体は強力で、どうにもならないようだ。そのままウィリーの体は空中を滑るように、ゆっくりと場外に向けて移動する。


 ウィリーは魔法を使って逃れることも考えたようで、ロブに向けて攻撃の魔法を放ったり、上や下や、思いつく限りの方向に魔法を放ったりした。特に魔法の推進力を殺そうと進行方向に向けて打ち出した火魔法は、魔力切れが近いわりにはなかなかの威力があった。


 ただ、それでもロブの魔法には敵わない。


 結局そのままウィリーは場外まで運び出されて、試合の範囲を示す円の外に、そっと着地させられたのだった。






 終わり方が地味だったので、長くかかったわりにはいまいち盛り上がりに欠ける試合となった。あまりにもあっけない終わりに、審判でさえ勝者を宣告するのに数秒を要したほどだ。


 ロブは気にしたふうもなく、その場で四方の観客に向けて悠然と一礼ずつ頭を下げた。それをもって、ようやく観客席から、パラパラとまばらな拍手が起こる。


 もちろんアンリが手を叩くことはなく、ただ呆れて見遣るだけだ。


「……何やってるんだ、ロブさんは」


「ええと……今回のロブ・ロバートさんは、魔法を使うんだね?」


「ロブさんだからね。ロブさん、剣は苦手だから」


 魔法で戦うことを趣味としているロブは、剣で戦うことがほとんどない。ごく稀に魔法で剣を創り出して戯れのように振るうこともあるが、隊長どころかアンリの剣にさえ及ばない程度の腕前だ。きっと、この模擬戦闘大会で剣を使うつもりはないだろう。ウィルの疑問に答えつつ、アンリはため息をついた。


「……去年は剣だけだったから今年は魔法だけで、なんて言いそうだ」


「ああ、なるほど……」


 アンリに留まらずウィルまでも、呆れたような顔をしている。出場しないと明言していたにもかかわらず出てきたロブの行動は、ウィルの目にも大人げなく映ったのだろう。


「とにかく俺、ちょっとロブさんに確認してくるよ。ウィルは試合を見ていて」


「次はアイラだけど、見なくていいの?」


「俺はいいよ。どうせアイラが勝つだろうし。何か面白いことがあったら、あとで教えて」






 観戦をウィルに任せて、アンリは人目につかない場所を探す。通信魔法を使っているところを、他人に見られるわけにはいかない。


 しかし、通信魔法を使うまでもなかった。人のいないほうへと歩いて行ったらその先に、仮面を付けた「ロブ・ロバート」が立っていたからだ。悪びれたふうもなく「やあ」とアンリに向けて軽く手を振る。


「俺に連絡しようと思ったんだろ? 手間が省けて良かったな」


 顔をしかめるアンリに対して、ロブは肩をすくめて「そんな顔するなって」と笑い混じりに言う。


「こんなタイミングでお前が人気のない場所を探しているとなれば、俺に連絡するためだろうって思うだろ。だから、こっちから来てやったんじゃないか」


「余計なお世話ですよ。わざわざ来なくても、通信魔法で十分です」


「そうつれないことを言うな。まあ時間もないことだし、さっさと話を済ませようか」


 遠く広場のほうで、わっと歓声が上がるのが聞こえた。アイラの試合が始まったのだろう。次にアンリが出るべき試合まであと数試合。たしかに、あまり時間に余裕があるとは言えない。


「どうせ俺が出場することにした理由を聞きに来たんだろ? 答えは簡単だ。去年の例を知ったからだよ。隊長が出場したってのに、俺が遠慮しなきゃならない理由はねえだろ?」


 やっぱりそうか、とアンリは深く項垂れる。


 模擬戦闘大会の話が出たときにロブが出場を断ったのは、防衛局の戦闘職員である自分がアマチュアの大会に出場するのはいかがなものかという、プロとしての思慮を働かせた結果だった。


 ところが、実のところその防衛局の戦闘職員のトップである隊長自身が、昨年の同じ大会に出場していたのだ。

 ロブが気付きませんようにとアンリはずっと思っていたのだが、さすがに知られてしまったらしい。


「要は、戦闘職員だってことがバレないように出ればいいんだろ? だから隊長から仮面を借りて、去年と同じだってことにして出ることにしたんだよ」


「……隊長と違って、ロブさんはこないだまで学園にいたじゃないですか。きっと気付かれますよ」


「大丈夫。お前には効果がないみたいだが、一応この仮面は、正体隠しの魔法器具になってるんだ。一見して俺だと気づく奴はいないさ」


 嘘だろ、と思ってアンリはよくよく目を凝らす。するとロブの言っていることが、どうやら嘘ではないということがわかった。仮面はごく微量ではあるがたしかに魔力を内包していて、その魔力によって、装着した者の姿や声色を偽装するようにできている。


 正直なところ、アンリがその仮面を付けて出場したいくらいだ。


「……先生にはバレますよ」


「バレたらバレたで、そのときだ。ま、言い訳くらいは考えておくさ」


「そうまでして、いったい何がしたいんですか。こんなお遊びの模擬戦闘で、ロブさんが望むほどの魔法戦闘ができるとは思いませんけど」


 アンリの追及に、ロブは「わからないのか」意外そうに声を上げた。


「お前を優勝させないために決まってるだろ。何人かの特訓に付き合ってはみたものの、いまいちお前を負かすのには足りない気がしてな。仕方ないから、俺が直々に手を下してやろうと思って」


「……約束が違いますよ。俺は、ロブさんが出ないならと思ってあの条件を呑んだんですから」


「まさか。たしかに俺は出ないと言っていたが、お前との約束は、それとは別の話だ。俺は出ないから大会で優勝してみせろ、なんて言い方をしたつもりはないぞ」


 もちろん、そんな言われ方はしていない。しかし約束の時点で「出ない」と明言していたのだから、同じことではないか。そうは言いたいものの、すでにロブが出場を決め、一回戦を終えて観客にもその存在が明らかになっている以上、今さら出場をやめろなどと言える段階でもない。


 だからこそロブは、試合前には姿を現さず、こうして一試合終えたところで話に応じる気になったのだろう。


「ま、せっかくのお祭りなんだ。そんな顔してないで、楽しもうじゃねえか」


 誰のせいで、こんな顔になっていると思っているのか。

 呆れ果てて言い返す気も失くしたアンリは、ただ大きくため息をついた。

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