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(22)

 交流大会の三日目を迎えた。五日間の交流大会もいよいよ折り返し。そしてアンリにとっては、最も大事な一日だ。


 模擬戦闘大会、一般の部。中等科学園生に限らず、誰でも出場することができる模擬戦闘の大会。


 例年、出場者の多い一般の部では、午前中に予選と称して同時並行で複数の試合を行っていた。午後になってから広場を広く使って本戦を一試合ずつ行い、優勝者を決定するのだ。


 ところが今年は、出場者が例年に比べてぐっと少なかったらしい。予選はなしで、朝から大きな広場で一戦ずつ試合が行われるそうだ。


「どうやら昨年の試合のレベルが高すぎて、出場を諦めた人が多かったようですよ」


 どこから情報を仕入れたのか、イルマークが訳知り顔に言う。


 たしかに昨年の試合では、重魔法が何度も使われていた。また、木剣だけで戦闘魔法を防ぐという、とんでもない出場者もいた。そんな試合を見て、自分ではとても戦えないと思った人が多かったのだろう。


 今年の出場者は全部で十六人。トーナメント方式で試合を進めることには変更がないようなので、四回勝てば優勝できる計算だ。


 出場者用にと配られた対戦表を見て、アンリは眉をひそめる。


 アンリの初戦の相手はコルヴォとなっていた。かわいい後輩に一勝もさせてやれないのは可哀想だが、運が悪かったと言うしかない。


 アンリが眉をひそめた原因は、そこではない。


 対戦表の中ほど、ウィリーの最初の対戦相手となっている出場者。


 そこに「ロブ・ロバート」という名前があることに、アンリは眉を寄せたのだった。






 ロブ・ロバートなる出場者のことは気になるものの、ひとまずは自身の初戦のことだ。アンリにとっての初戦は、今日の模擬戦闘大会の最初の試合だった。


「アンリ。一応、油断はしないようにね」


 控室まで様子を見にきてくれたウィルが、さすがに不安そうな面持ちで言う。てっきり会場を壊すなとか、やりすぎるなとか、そういうことを言われるだろうと思っていたアンリは、心配してもらえたことを嬉しく思って微笑んだ。


「わかってる。普通にやったら勝てるはずだけど、俺はちゃんと中等科学園生らしく、加減して勝たないといけないからね。それに、コルヴォだってロブさんの訓練を受けているんだ、油断はしない」


 自身にも言い聞かせるようなつもりで、アンリは言う。


 今日のアンリは、ミルナに作ってもらった特別製の戦闘服を着ていた。魔法を使ったときに、使用魔力量を少なく見せることのできるものだ。サニアたちの訓練に付き合いつつ使用感を確かめたので、身体にも馴染み、特性はもう大体理解できている。


 これを着ていれば多少強い魔法を使ったとしても、魔力量をうまく誤魔化すことができる。戦闘魔法を使っても、うまくすれば、ただの生活魔法を使ったかのように見せられるのだ。


 しかし、服に頼り切りになるのはまずい。


 使われている魔法と目に見える魔力量との差異が大きければ、見る人によっては不自然と感じることもあるだろう。もしも観客席にレイナが混ざっていたらと思うと恐ろしい。


 いくら特別製の戦闘服を着ていると言っても、どんな魔法でも使っていいというわけではないということ。それを忘れずに、試合に臨まなければならない。


 そして、決して負けてはならない。敗北は、楽しい中等科学園生活の終わりを意味する。


「ええと……やりすぎないようにね?」


 絶対に勝つぞという意気込みがアンリの顔に出ていたからだろうか。結局、ウィルからはそんな言葉で見送られることになった。






 控室から試合会場へ出たアンリを、どっと大きな歓声が出迎えた。まだ初戦であるにも関わらず、かなりの数の人が模擬戦闘大会を見ようと広場に集まっているようだ。


『さあさあ、東から入ってきましたのは昨年の大会優勝者、アンリ・ベルゲン! 中等科学園生ながらプロの魔法士と対等に渡り合う昨年の迫力ある戦いは、皆さんの記憶にも刻まれていることでしょう! 魔法器具の使用が制限されるなか、今年はいったいどんな戦いを見せてくれるのでしょうか!』


 実況による選手紹介の声が、拡声用の魔法器具で広場中に響き渡る。催しを盛り上げるためなのだろうが、相変わらず大袈裟で恥ずかしい選手紹介だ。


『対して西から入って来ましたのは、アンリ選手と同じ中等科学園に通う、なんと一年生! コルヴォ・ガイランゲル! 一年生にして魔法を自在に操る彼は、今日この日のために、なんと防衛局の上級戦闘職員から指導を受けたとのことです! 果たして先輩に勝利し、優勝へ向けた一歩を踏み出すことができるのかっ!?』


 コルヴォが姿を現したことで、歓声がいっそう大きくなった。いよいよ試合が始まるのだという熱い空気が、広場全体に満ちている。


 実況とともに会場に入ってきたコルヴォは、なんだか妙に落ち着かないような顔をしていた。緊張しているのかもしれないし、派手な実況に面食らっているのかもしれない。あるいはその両方か。


『さあ! それでは両者の試合が始まります! 皆さま、静粛に! 試合開始を待ちましょう!』


 静粛にという実況の声が一番うるさいのではないかとアンリは思ったが、それでも呼びかけは重要だったようだ。歓声が止み、あたりがしんと静まりかえる。アンリは会場の真ん中でコルヴォと向かい合った。静寂の中で、試合開始を待つ。


「アンリさん」


 静けさに遠慮するような小声で、コルヴォが言った。


「俺、たとえアンリさんが相手であっても、負けませんから」


「……ごめんな。俺も、今日は負けられないんだ」


 言葉を交わしたのは、それだけ。あとは互いに、戦闘の準備に入る。


 二人の準備が整ったことを見て、審判が試合開始を告げた。






「勝者、アンリ・ベルゲン!」


 その宣言が広場に響いたのは、試合開始から間も無くのことだった。


 会場の真ん中には、何が起きたかわからないという顔で地面に尻餅をつくコルヴォ。その向かいで、氷で作った剣をコルヴォに突きつけるアンリ。


 試合開始早々に、アンリは水魔法で霧をつくり、観客とコルヴォの視界を遮った。それでもコルヴォが魔法を発動しようとするのを気配で感じとったため、風魔法で空気の塊をコルヴォにぶつけて転ばせた。そうしてそのまま氷魔法で剣を創り出し、コルヴォが立ち上がらないうちに突き付けたというわけだ。


 最後に霧を晴らして、審判と観客とコルヴォ、全員の目に状況を露わにすれば終わりだ。


「…………」


「ごめんな。今日は負けられないんだ」


 尻餅をついたまま呆然とアンリを見上げるコルヴォに対して、アンリは苦い顔で試合前と同じ言葉を繰り返した。


 そのまま控室に戻り、荷物だけ回収してウィルの待つ観客席へ。控室で待っていても良いのだが、他の人の試合をちゃんと見ておきたかった。特に「ロブ・ロバート」なる人物のことを。


「アンリ、おかえり。さすがの試合だったね」


 観客席に戻ったアンリを、ウィルは笑顔で迎え入れてくれた。やりすぎだと怒られるかと思ったが、杞憂だったようだ。


「ただいま。……コルヴォには、ちょっと悪いことをしたかとも思ったんだけど」


「仕方ないよ、勝負なんだから。それに、さっきのアンリは普通の魔法しか使っていなかったからね。簡単に勝負がついたのは、コルヴォの力不足だよ」


 当たり前のように厳しい評価を下すウィル。そういうものかなとアンリは首を傾げたが、常識人のウィルの言うことだからと納得することにした。たしかに積極的に手加減するようなことはしなかったが、結果的に使った魔法はごく簡単なものばかりだった。

 強いてアンリの非を挙げるなら、実力の低いほうから先に攻撃するという模擬戦闘における暗黙のルールを無視したことくらいだろうか。しかし明文化されたルールとは違うし、ウィルが気にしていないくらいなら、誰も気にしないだろう。


「それよりも、ほら。他の人の試合を見ておかないと。ここで勝ったほうと、次に対戦するんだから」


 ウィルに促されるままに、アンリは試合会場に目を向ける。ちょうどアンリの次の試合が始まるところだった。右手側にサンディ、左手側に騎士科の二年生だ。


「……あの騎士科の人、魔法を使うかもしれない。サンディは大丈夫かな」


 戦闘準備に入る二人を眺めながら、アンリは呟く。騎士科生との紹介だったが、体内に魔力の流れが見てとれた。魔法の準備をすでに始めている。


 試合開始の合図とともに、魔法と魔法がぶつかった。

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