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模擬戦闘大会の中等科学園生の部では、試合数こそ多いものの一試合ずつにかかる時間は短く、試合はとんとん進んでいった。
イルマークの初戦は第五試合だった。相手は騎士科の一年生で、双剣使い。きっと剣の腕には自信があったのだろう。しかしイルマークは魔法をうまく使って相手を寄せ付けず、遠距離からの攻撃だけで勝ってしまった。周囲に良いところを見せようと思っていた騎士科生には、さぞ無念だっただろう。
ほかにアンリの目を引いたのは、テイルの出場だった。朝の訓練を一緒にやっているが、模擬戦闘大会に出場するとは聞いていなかった。言ってくれれば模擬戦闘での戦い方だってある程度は教えられたのに、と悔しく思う。
けれどもアンリの教えがなかったからといって、戦えないというわけではない。どこで学んだかは知らないが、テイルは今の魔法力を駆使して十分に良い戦いをしていた。初戦の相手は魔法士科の一年生だ。
「アンリ、覚えてる? テイルの相手の子、去年、初等科学園生の部で優勝した子だよ」
ウィルの言葉に、アンリは「えっ」と驚きながら、テイルと対峙する相手をまじまじと見つめた。魔法士科という紹介だったが、剣を構える姿は堂々としていて、武道に心得があるのだろうとわかる。その構えに見覚えがあるような気もしたが、いかんせん一年も前の話、しかも自分が対戦したわけでもない。アンリは思い出す努力を早々に諦めた。
「無理、思い出せない。俺、ウィルほど記憶力良くないから」
「そっか。たしかあの子、去年は剣だけで戦ってたんだよ。魔法士科に入って、魔法も使って戦いたいって言っていた気がする。夢が叶ったんだね」
よくもまあそんな細かいことを覚えているものだと、アンリはウィルの記憶力に改めて感心する。ウィルの言うとおりだとすれば、彼は去年の模擬戦闘大会を剣だけで勝ち抜き、今年はそれに魔法を加えて戦おうとしているというわけだ。
しかし、それにしては。アンリは首を捻った。
「……でもウィル。あの子、魔法は使っていないんじゃないか?」
「……そうみたいだね。まだ上手く使えないのか、あるいはそもそも、まだ魔法が使えないのか」
テイルの相手の一年生は、剣一本でテイルの魔法に対抗している。なかなかの剣捌きで、テイルとほとんど互角だ。しかし、魔法を使う素振りは一切見られない。
中等科学園に入学したといっても、すぐに魔法が使えるようになるわけではない。学園で魔法の使い方を教わることができるのは、基本的には二年生になってから。一年生のうちに魔法が使えるようになる学園生は少数派だ。どうやら彼は、その少数派には入っていなかったらしい。
なんとか近接戦闘に持ち込んでテイルと互角に戦っていた彼だが、ふとした隙に、テイルに距離をとられてしまった。そうなれば、遠距離からの攻撃手段を持ったテイルのほうが有利だ。
そうして、二戦目へと勝ち進んだのはテイルだった。
「彼の夢が叶うのは、また来年かな」
ウィルが気の毒そうに言う。模擬戦闘大会を魔法で勝ち抜くことが彼の夢だというのなら、きっとそうなのだろう。
その来年まで彼のことを覚えていられるだろうか。自信を持てないアンリは、ただテイルの勝利を喜ぶことにした。
剣と魔法との勝負になると、どうしても遠距離から攻撃のできる魔法が強い。
ところが二回勝ち進んだテイルが三回目の試合で負けた相手は、剣のみで戦う騎士科の女子だった。
「あのアリシアって子、強いなあ」
ハーツの感心したような呟きに、アンリもウィルも同意して頷いた。
それまでの二回の試合でテイルは調子を掴んでいて、今回も剣で戦う相手に対し、遠くから魔法で攻める作戦をとろうとしたようだった。
しかし、試合開始直後。距離を取ろうとしたテイルに対し、相手のアリシアは驚異的な瞬発力を見せた。テイルに距離を取らせず、そのまま近接戦闘に持ち込んだのだ。
近距離だからといって、魔法士が戦えなくなるわけではない。近距離でも魔法で攻め、魔法で守ることはできる。ただ今回の場合、相手の剣の腕前が、テイルの魔法の腕前に大きく勝っていた。素早く力強い剣に、テイルの魔法はすぐに耐えられなくなった。
そうして試合開始から間もなく、アリシアの剣がテイルの首に突きつけられたのだった。
テイルの敗北に、アンリはため息をつく。二回目の試合までは、テイルも良い動きをしていた。だから、それなりに勝ち進めるだろうと思っていたのだ。ただ、今回の試合は相手が強すぎた。
「テイルは運が悪かったね。あの子に当たらなければ、もう少し勝ち進めたと思うんだけど」
「それを言うなら、さっきからイルマークに当たっている相手の子たちも気の毒だとは思うけど……」
たしかに、とアンリは苦笑して頷いた。ウィルの言葉のとおり、イルマークはこれまで相手を圧倒する試合を続けている。もう三回の対戦を終えているが、イルマークには疲れた様子もない。このままなら問題なく決勝まで進むだろう。
「さっきのアリシアっていう子とは、上手く勝ち進めば決勝で当たるんだな」
ハーツが対戦表を眺めながら言う。対戦はトーナメント形式になっていて、イルマークとアリシアは、最後まで勝ち進まないと互いにぶつからない位置にいた。しかしこれまでの試合を見る限り、どちらも決勝まで勝ち残るのは確実と思われる。
「今日の見所は、あの二人の対戦かな」
ウィルが面白そうに言った。「そうだね」と頷きつつ、アンリはもしもこの大会にウィルが出場していたらと考える。ウィルならイルマークにも勝てるだろうし、あのアリシアという女子にも負けないだろう。ほかの出場者など、言わずもがな。ウィルは難なく優勝できたはずだ。
そうなっていたら、見所と呼べる試合は無くなっていたかもしれない。その意味でも、出場しないというウィルの選択は正しかったと言える。
「あ、ほら、イルマークだぞ」
ぼんやりと考えにふけっていたアンリの肩をハーツが叩く。次の試合は、イルマークと見知らぬ二年生。魔法士科らしいが、見覚えがない。ウィルによると、八組の生徒だという。
見なくてもわかる。イルマークが勝つ。
試合の結果はアンリの予想のとおりだった。開始早々に放ったイルマークの魔法に、相手が勢いよく場外へ吹き飛んだ。イルマークは優しいから、吹き飛んだ相手が怪我をしないように、地面に落ちるタイミングを見計らって風魔法で勢いを殺す補助をしてやっていた。そんな魔法の使い方ができるようになったのも、イルマークの魔法が上達している証だ。
「すっげえな、イルマーク。俺、出るのが今日じゃなくてよかった」
「代わりに明日はアンリとアイラが出るってことを忘れてる?」
ウィルの言葉に「そうだった」とハーツは大袈裟に項垂れる。
いくつもの試合が足早に終わり、気付けばもう決勝戦だ。アンリたちを含めた観客の誰もが予想していたとおり、勝ち残ったのはイルマークとアリシアの二人だった。会場の中央で、二人が向き合って試合開始の合図を待つ。
今度ばかりはアンリにも、試合結果の予想がつかない。おそらくほかの観客も、同じような緊張感を持っていることだろう。観客席はしんとしずまり、誰もが試合開始を待っている。
「始め!」
静まりかえった会場に、審判の合図が鋭く響いた。
先に仕掛けようとしたのはイルマーク。先の試合で見せたのと同じ、大規模な火魔法だ。爆発的な風を起こして、相手を場外へ吹き飛ばそうという作戦らしい。
だが、アリシアはその手にはかからなかった。開始の合図とともに大きく跳ぶように前に一歩踏み出した彼女は、身を低くして爆風から逃れると、むしろその勢いを利用してイルマークの至近に迫った。
イルマークは一歩下がってアリシアの斬り込みを避けつつ、木魔法で手元に木剣を生み出す。そのまま試合は、剣の打ち合いとなった。
「……剣だけだと、イルマークが不利なんじゃねえか?」
「よく見て、ハーツ。イルマークは剣だけじゃない」
一見すると単純な剣同士の打ち合いのようだが、よく見ればイルマークが所々で魔法を使っているのがわかる。風魔法や土魔法で、嫌がらせのように相手の動きを邪魔している。
ただ、剣を扱いながらということで、イルマークも魔法による本格的な攻撃に移る余裕はないようだ。最初の火魔法のように、相手を極端に遠ざける魔法を使えれば良いのだが。その魔法を準備するだけの暇を、アリシアは与えてくれない。
イルマークにできるのは、せいぜい強風で相手のバランスを崩したり、土を舞わせて視界を邪魔したりする程度。そしてその程度の魔法では、アリシアの剣筋が弱まることはなかった。
だんだんと、イルマークの劣勢が目に見えるようになってくる。アリシアの強く速い剣に押されて、イルマークが徐々に下がっていく。どこかで防御が間に合わなくなれば、そこで試合は終わるだろう。そうでなくてもこのまま押され続ければ、間も無く場外へ押し出されてしまう。
しかし、そのままやられるイルマークではなかった。
一際強く打ち込もうとしたらしいアリシアが剣を振り上げた、その瞬間だった。アリシアの身体がガクッと崩れる。
「えっ、なんだ?」
「足元だよ。イルマークが土魔法で穴を開けたんだ」
昨日、初等科学園の部で見たのと同じ手法だ。相手の踏み込みに合わせて、その足元に土魔法で穴を開ける。アリシアはまんまと引っかかって、ようやくバランスを崩してくれた。
その隙に、イルマークは剣を振り上げる。
(あ、いや……そこはちょっと離れたほうが良いんじゃないかな)
アリシアの攻撃の手が緩んだ隙に距離を取って、遠距離戦に持ち込むべきではないか……アンリはそう思ったが、もちろんイルマークに伝わるはずはない。イルマークは決着をつけるべく、そのまま剣で攻めようとしている。
果たして、アンリの予想した通りになった。
イルマークが振り下ろした剣は、すんでのところで体勢を立て直したアリシアの剣に、しっかりと受け止められてしまったのだ。
まさか止められるとは思っていなかったのだろう。イルマークの動きが一瞬止まる。
その隙を見逃すアリシアではなかった。
「勝者、アリシア・エルネ!」
決勝戦の勝者、すなわち優勝者の名前を告げる審判の声が、広場中に響き渡った。




