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その後アンリはイルマークの案内で、学園生の催しに限らず様々な店を見て回った。イルマークはアンリの興味を十分に心得ていて、選んだ店には魔法器具や、魔法器具に近い機能性を持った魔法工芸品が多く並んでいた。それでいてイルマーク自身の興味にも適う店が多かったようで、イーダの街では普段あまり見かけないような、異国情緒の漂う工芸品なども数多く見ることができた。
見るつもりは無いと言っていたはずだが、最後には露店街から外れて、模擬戦闘大会の会場となっている広場にも顔を出した。
ちょうど、初等科学園生の部の決勝戦が行われているところだった。双方、剣を手に向かい合い、互いの隙を窺っている。
「さすがに決勝戦だと、少しは迫力もあるね」
「最終学年の子たちのようですからね。我々とそう年も変わりませんよ」
初等科学園の最終学年といえば、十三、四歳。十五歳のアンリとは二つしか年が変わらない。二年前なら、アンリだって既に十分な戦闘力をもって防衛局の戦闘部で活躍していた時期だ。休職していなかった分、防衛局での働きは今より優れていたかもしれない。
もちろん、アンリを基準にして期待してはいけないということは、昨年の模擬戦闘大会を見てよく理解している。アンリの言う「少しは迫力もある」は、ちゃんとそれを踏まえての言葉だ。
剣を構えた二人は、互いのタイミングでそれぞれ大きく踏み込んだ。模擬戦闘用の木剣がぶつかって、バチッと高い音が響く。
しばらくは剣の打ち合いが続いた。剣の腕はほぼ互角に見える。
勝敗を決したのは、アンリたちから見て向かって右側の子が使った魔法だった。剣を打ち合い、弾かれるように互いに後ろへ一歩下がったその瞬間。左側の子の足下に、突然小さな穴が空いた。土魔法で、地面を小さく抉ったらしい。
左側の子が穴に足を取られて、尻餅をつくように転ぶ。その首元に、右側の子が木剣を突きつけた。
「簡単な魔法だけど、上手い使い方をするね」
「そうでしょうか。あれができるなら、もっと早くに使える場面はあったように思いますが」
意外にもイルマークのほうが、アンリよりも評価が厳しかった。それだけイルマーク自身の魔法技術が上がってきたということだろう。自身のレベルで物を見てしまうから、もっと上手くできるはずだと思えてしまうのだ。
「魔法の準備に時間がかかるんだよ。試合の最初から準備していて、ようやく仕上がったのがあのタイミングだったんだ」
「そうでしたか。……そういえば魔法を覚えたての頃は、私も時間がかかっていました」
イルマークが魔法を使えるようになったのは、中等科学園に入学してからだ。一年と少し前のこと。それが遠い過去のことに思えるほどに、イルマークの魔法は大きく上達している。
「忘れるほど昔のことでもないはずなのに、忘れてしまうものですね」
「それだけ成長したってことだよ。明日が楽しみだ」
明日は今日と同じ模擬戦闘大会の、中等科学園生の部が開かれる。イルマークはそこに出場する予定だ。
イルマークが模擬戦闘を行うところを見る機会は少ない。以前見た時に比べて、どれほど上手くなっただろうか。
仲間内で明日出場するのはイルマークだけだから、誰に遠慮することもなく精一杯応援できる。
「期待に応えられるように頑張りますよ」
謙遜することもなく堂々と言い切るイルマーク。明日の模擬戦闘が面白くなりそうな予感に、アンリの期待はいっそう高まった。
翌日、アンリはウィルとハーツと共に、模擬戦闘大会の観戦に来ていた。マリアとエリックは今日も魔法器具製作部の展示会場の当番になっているらしい。アイラも今日は、魔法工芸部の展示のほうに行っているそうだ。
「結局ウィルは、一般の部だけじゃなくてこっちにも出なかったんだな」
すっかり観戦するつもりになっているウィルに、ハーツが意外そうに言う。そういえばウィルが模擬戦闘大会に出場しないのは、アンリとの対戦を避けるためだった。同じ理由でイルマークは一般の部を避け、中等科学園生の部に出場することを選んだのだ。ウィルも同様に、中等科学園の部に出場する選択肢はあったはずだ。
ハーツの疑問に、ウィルは苦笑を返す。
「うーん、まあ、なんというか。たぶん、物足りなくなるだろうと思って」
「物足りない?」
「決勝まで行けばいいけど、その手前の試合はさ……」
言いにくそうに言葉を濁すウィル。ハーツはさっぱり訳がわからないという顔で首を傾げたが、アンリには理解できた。
「たしかに今のウィルだと、中等科学園生の部は簡単すぎるだろうね」
「そうはっきり言わないでよ、アンリ」
中等科学園に入学してからの一年半で、ウィルの魔法もだいぶ上達した。その上達具合は普通の中等科学園生とは比べるべくもないし、イルマークと比べても優っているだろう。毎日アンリと訓練しているのだから当然だ。
そんなウィルが、中等科学園生しか出場しない模擬戦闘大会に出場したら。もちろんイルマークや体力のある騎士科の学園生など、一部の相手には苦戦するかもしれない。けれどもそんな相手は一握りだ。
大抵の相手には難なく勝てるだろうし、優勝はほとんど約束されたようなものだ。
実力の合わない大会で優勝したところで、面白くも何ともない。物足りなさが募るだけ。ウィルはそう言いたいのだろう。
「なるほどなあ。たしかに、ウィルは魔法うまいもんな」
ハーツはただ感心したように言うが、当のウィルは気まずそうに黙り込む。思い上がっていると周囲に思われることを気にしているのだろう。
しかし今のウィルの実力からすれば、そのくらいのことは思い上がりでもなんでもないとアンリは思う。事実、ハーツはこうして素直にウィルの力を認めている。ウィルはもっと、自信を持つべきだ。
「ウィルの力なら、一般の部でも優勝を狙えると思うよ。俺がいなければ、だけど」
「アンリがいるから到底無理だよ。それに、たとえアンリがいなかったとしても、アイラがいるじゃないか」
たしかに、とアンリは頷く。ウィルの魔法がどんなに上達したと言っても、さすがにアイラにも勝てると言い切れるほどではない。特にアイラはここしばらく秘密の特訓をしているようだから、以前に比べてさらに腕を上げていることだろう。
ただ、秘密の特訓をしているのはウィルも同じだ。
「ロブさんに訓練見てもらってるんだろ? それでも自信はない?」
ウィルはロブに誘われて、防衛局での研修に参加しているはずだ。最近は休日の都度出掛けていっては、夕方にへとへとになって帰ってくる。どんな研修を受けているのかは知らないが、きっと魔法戦闘に関する訓練だろう。その経験が、自信につながらないものだろうか。
アンリの思惑に反して、ウィルはゆるゆると首を横に振った。
「あの研修での訓練は、地力を鍛える類のものだよ。短期的に成果が上がるようなものではないと思う。今アイラと模擬戦闘をしたところで、訓練の成果は見せられないよ」
そういうものか、とアンリはやや不満に思いつつも言葉を収めた。
たしかに訓練には色々なものがあり、短期的には効果の見えにくいものもある。しかし、せっかく防衛局に呼んでまで訓練を受けてもらうのだから、効果がわかりやすい訓練に参加してもらえばよいものを。どうしてロブは、そういう気が遣えないのだろうか。
アンリがロブへの苛立ちを募らせている間に、ハーツは別のことを考えていたのだろう。のんびりと首を傾げてウィルに問う。
「でもさ、ウィルがアイラと模擬戦闘をするとして、本当に全く勝てる見込みはないのか? 十回やったら一回くらいは勝てるんじゃねえ? 前に、アイラがアンリに勝ったみたいにさ」
たしかにアンリは模擬戦闘でアイラに負けたことがある。あれはアイラの作戦勝ちだった。同じように何かうまい作戦があれば、ウィルもアイラに勝てるのではないか。
どうだろう、とウィルは曖昧に笑う。
「そりゃあ僕だって、やるとなれば勝つつもりでやるからね。十回に一回くらいは勝ってみたいけれど……まあ、仮定の話をしたって仕方がないさ。それより、始まるみたいだよ」
ウィルの言葉に、アンリとハーツは試合会場に目を向ける。
広場の真ん中に丸く線を描いて作られた試合場の中央で、第一試合の選手二人が向かい合っていた。あとは審判員の試合開始の合図を待つばかり。
そうして交流大会二日目の模擬戦闘大会が始まった。




