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 授業後、中庭に向かうと、噴水の傍のベンチに既にアイラ・マグネシオンの姿があった。アンリの姿に気付いたアイラは立ち上がってアンリを待ち受ける。


「遅かったわね」


「悪かったよ。話って何?」


 用件だけに絞ったアンリの話し方に、アイラはやや顔をしかめた。しかし怒っても仕方がないと諦めたようで、そのまま再び口を開く。


「貴方たち、部活動で魔法の練習をしているわよね。マリアの出来はどうかと思って」


「それは、俺じゃなくてマリア本人に聞いたら」


「最近、喧嘩をしているからとか言って、口をきいてくれないのよ。マリアと喧嘩なんて、覚えがないのだけれど」


 ため息をつくアイラに、アンリは少しだけ同情する。やはりアイラには、マリアと喧嘩しているという自覚はないらしい。仲が良いはずの従姉妹に一方的に当たられて、顔を合わせれば文句ばかりで話もできないというのは、やや気の毒だった。


 とにかく、とアイラは話を切り替える。


「マリアに伝えてちょうだい。どうせ魔法を使えるようになんてならないんだから、無駄な努力はやめなさいって。そんなことより、花嫁修業でもした方がまだ有意義だわ」


「……そのまま伝えたら、たぶん、今以上に怒ると思うよ」


「なぜ? 私は本当のことを言っているだけよ」


 眉を寄せて首を傾げるアイラは、アンリの言葉に本気で疑問を持っているらしい。なるほど仲違いの原因は、マリアの癇癪にだけあるというわけでもないのだろう。人の気持ちを汲むことができず、無意識に高慢な態度をとってしまうアイラの性格にも大いに難がある。


 どうしたものかとアンリはため息を吐いたが、このまま黙っていてもアイラは納得せず、アンリを帰してくれないだろうと思われた。


「確かにこのまま魔法の訓練を続けても、マリアは魔法を使えるようにはならないと思うよ。彼女はたぶん、魔力放出困難症だから」


 魔力放出困難症は、魔法に適性がある者の中で、千人に一人程度が持つ先天性の病のようなものだ。体の中に魔力を溜めることはできるが、何らかの理由で、それを使える形で外に放出することができない。つまり、魔法が使えない。


 正式には専門機関で検査するものだが、体内の魔力の流れ方を見れば一目瞭然だ。アンリほどの魔力の感知に長けていれば、診断を待つまでもない。


「あら、あなたも気付いていたの? それなら……」


「それでも、本人は気付いていない。魔法を使いたがっている。そこへ理由も説明せずに、訓練が無駄だなんて言ってみろ。怒るに決まっているだろ」


 アンリにしてみれば当たり前のことなのだが、アイラにはそうでもないらしい。そういうものかしら、と言いながら腕を組んで考えこむ素振りを見せた。


「そういうものだよ。とにかく今マリアに下手なことを言うのはやめた方がいい。火に油を注ぐだけだから。仲直りをしたいのなら、なおさらだ」


「……いいわ。三組の言うことに従うのは癪だけれど、マリアと普段仲良くしている貴方の言葉なら、従う価値はあるわね。今は話さないでおきましょう」


 マリアの機嫌を損ねる事態への発展は免れたようだ。安堵したアンリは、話が終わったと判断して踵を返した。ちょっと待ちなさいと後ろから引き留められて、まだなにかあるのかとうんざりして首だけで振り返る。


「言い忘れていたのだけれど、先日はどうもありがとう」


「先日?」


「訓練室で私が実演したときよ。水魔法で私の魔法を止めたのは貴方でしょう。訓練室の天井があんなに脆いとは思わなくて、やりすぎてしまったの。反省しているわ」


 アンリは思わず、もう一度体ごとアイラに向き直った。あの日、天井から水を振らせてアイラの炎の竜巻を止めたのは、確かにアンリだ。天井が崩落する危険を感じたためだった。


 魔法を使ったのがアンリだとわからないように、隠蔽魔法を使ったうえに、あえて生徒全員に水をかぶせて大騒ぎにした。その甲斐あって、教師にさえ気付かれなかったはずなのに。


「……なんで俺だと思うの?」


「あら。水に繋がる魔力は貴方から出ていたもの。ちょっと見えづらかったし、三組があんな魔法を使えるなんて俄には信じられなかったけれど……でも、改めてこうして対面すれば、貴方の魔力の色があのとき水魔法に込められた魔力と同じだってわかるわ」


 アンリは頭を抱えた。アイラについて、アンリはやや誤解していたようだ。一年生にしては威力の強い魔法を打てる。そんな印象だった。


 しかしアイラはアンリが思った以上に、総合的に高い魔法力を有しているらしい。少なくとも魔法を見る目は確かのようだ。本気ではなかったとはいえ、アンリの隠蔽魔法を見破り、マリアの魔力放出困難症に気付く程度には。


「それ、黙っておいてくれないかな」


「……それって、なんのことかしら?」


「あの水魔法を使ったのが、俺だっていうこと」


 なぜ黙っておいた方がいいの? などとアイラは小首を傾げている。よりによって常識が通じない相手にばれてしまったものだ。理由を説明しても理解してもらえないだろうとアンリは諦めて、とにかく黙っておいてほしいという希望だけを繰り返した。


 するとアイラは、よいことを思い付いたと言わんばかりに、ぱっと表情を輝かせた。その顔が魔法研究部を立ち上げるときのマリアの表情によく似ていて、アンリにとっては悪い予感しかしない。


「いいわよ、黙っておいてあげる。でも、条件があるわ。私と魔法で勝負をしましょう」

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