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 前日に予定外の凶事に見舞われたものの、交流大会は無事に幕を開けた。


 五日間の日程で行われる交流大会は、イーダという都市にある三つの中等科学園による合同行事だ。初めの三日間は有志の学園生による自主的なイベントが行われ、残りの二日間で学園の主催する公式行事が行われる。

 学園が主催する行事ではあるが、開催期間は近隣商店にとってもかき入れどきだ。道の左右に露店を開き、店の目玉商品を並べて客を待ち受ける。普段イーダに店を構えているところばかりでなく、近隣の町の商店や、旅の商人も物を売りにくる。イーダの街が最も賑わう五日間だ。


 その初日。アンリはイルマークとともに、賑わう街に繰り出していた。


「今日の模擬戦闘大会は初等科学園生の部ですが、見に行きますか?」


「いや、初等科はいいよ。それよりイルマーク、行く場所考えてきてくれたんだろ?」


 昨年の交流大会では模擬戦闘大会の運営の手伝いに加わったので、初等科学園生の部を見る機会もあった。まだ技術も膂力もない子供たちの対戦は、健気ではあるが迫力には欠ける。


 それよりも、イルマークの考えてきたおすすめルートを回ったほうが有意義だとアンリは考えた。アンリの言葉に、イルマークも得意げに「任せてください」と胸を張る。


「まずは私たちの商品を置いてもらっているお店を回りましょう。まだ始まったばかりでほとんど売れてはいないでしょうが、どんなふうに売ってもらっているのかを眺めるだけでも、きっと面白いですよ」


 そうしてイルマークの案内で、各露店を巡ることになった。


 広い道も細い道も、露店やら出し物やらで賑わい、いつもよりもずっと人通りが多い。いつもなら目印としている建物や道標なども、今日ばかりは装飾に覆われたり、ほかのものの影に隠れていたりしていて役に立たない。イルマークの案内がなければ、方向音痴のアンリはすぐに迷ってしまうだろう。


 しかしイルマークはアンリを連れて、すいすいと道を進んでいく。手にはどこにどんな露店が出店しているのかを記したイーダの街の地図。いつ作ったのかはわからないが、イルマークの手製のようだ。


 まず向かったのは、露店街の外れに位置する家具屋だった。いったん人混みを抜けて、遠くの店から順に中心へ戻るように店を巡る計画らしい。


 家具屋では、驚いたことにすでに売れている物があった。


「えっ。セイアとセリーナの座卓はもう売れちゃったんですか」


「そうそう。昨日、準備してるときに声かけてくれたお客さんがいてね。まだ売ってないって言ったら、今朝一番に来て買っていってくれたんだよ」


 店主の話では、客はセイアたちの座卓に一目惚れしたと言っていたらしい。今朝は座卓を持ち帰るためにわざわざ台車まで持ってきていたとかで、その熱心さが伝わってくる。


 作品を気に入ってもらえたのは良いが、売れなければ自分たちで使うと意気込んでいたセイアとセリーナの二人は、このことを素直に喜ばないかもしれない。


 イルマークとアンリは苦笑しつつ、次の店へ向かう。


 トマリの雑貨屋ではコルヴォのつくった小物入れが一番目立つところに置かれ、キャロルのつくった小さなランプが少し後ろのほうに置かれていた。

 食器屋では目立つところに先輩たちのつくった陶器が並べられ、ランメルトの店にはアンリのつくった装飾品を含め様々な品が並んでいる。


「おう、見に来たのか。心配性だな」


「心配なんてしてませんよ。ただ、どんなふうに売ってるのか興味があって」


 店に客は少なく、ランメルトとアンリとでこんな会話を交わせるほどだった。けれどもランメルトの話によれば、これから昼に向けて、そして明日、明後日と交流大会が盛り上がるにつれて、客が増えていくそうだ。


「安心しろ。お前らの作品はちゃんと売れるさ。学園のイベントなだけあって、学園生の作品は人気が高いからな」


 期待してます、と声をかけてアンリは次の店へと向かう。






 先導してくれるイルマークに「ちょっとあの店を見てみたい」とアンリが声をかけたのは、ランメルトの店から二区画ほど進んだころだった。魔法工芸部の作品が置いてある店ではないが、イルマークは嫌な顔ひとつせずに「わかりました」と頷いてくれる。


 アンリが向かったのは「マリオネット魔法器具店」というのぼり旗を掲げた露店。アンリが職業体験で世話になった店だ。交流大会の露店での販売となると、いったいどんな魔法器具を置いているのか。興味が湧いたのはその点だったが、もし知っている店員がいるならば、挨拶もしておきたい。


 そう思って近寄ったものの、残念ながら店番を務めている三人の店員は知らない顔ばかりだった。アンリが職業体験で店にいたのは僅かな期間だし、大きな商店だ。見覚えのない店員がいたところで不思議ではない。

 見知らぬ店員に声をかけて知っている人を呼び出してもらうのも忍びないので、アンリは挨拶を諦めて、ただ店に並ぶ商品を観察するに留めることにした。


 並ぶのは魔力灯や収納具、簡易通信具などの比較的安価な日用品ばかり。さすがに露店には、高価な商品や扱いの難しい商品は並べないらしい。面白い物としては失くした物の場所を探すための探知機や、登録した目的地を指し示す羅針盤などもあったが、価格帯を踏まえると精度はそれほど高くはないだろう。


「お、君。その魔法器具が気になるのかい?」


 アンリが熱心に羅針盤を見つめていたからだろう。店員が声をかけてきた。


「それはね、登録した場所の方向を示す魔法器具だよ。道に迷いやすい人におすすめだ」


「……場所の登録は、どうすればいいんですか」


 道に迷いやすい人と言われてしまうと、方向音痴のアンリにも、ただの好奇心だけではなくて、購買欲が湧いてくる。

 しかしアンリの当たり前の問いは、この製品にとっての弱点でもあったらしい。店員は「気づいちゃったか」と大袈裟に天を仰ぐようにして答えた。


「実はこれ、場所を登録するには一度その場所に行かなくちゃいけないんだ。登録したい場所で、この魔法器具を起動させる。そうすると、その場所が登録される。でも一度登録を済ませてしまえば、その後はずっと、その場所を指し示してくれるようになるよ」


「……つまり、登録の変更ができないってことですか?」


 アンリの言葉に店員は「そうとも言える」と苦笑した。


 特定の場所を登録するには、その場所に行かなければならない。そのうえ、いったん登録すると変更はできない。

 初めて行く場所に迷わずにたどり着くことの役には立たないし、行先変更のできない使い捨てだ。方向音痴のアンリを助けてくれる救世主とはならないようだ。


 しかし物は使いようで、アンリの役に立たないというだけで、使い道がないわけではない。


「人に場所を伝えるのには便利でしょうね。集合場所とかイベントの場所とかを知らせるのに、地図の補助にはなりそうです」


「そうそう。あとは、幼い子供と出かけるときにも使われることが多いね。子供が迷子になったときに備えて、家とか安全なところとかを登録して、子供に渡しておくんだよ」


 はぐれたときにはこの針の指す方向に向かうんだよと教えて子供に持たせるという。そんなにうまくいくものだろうかと首を捻るような使い道だが、一種のお守りのようなものなのかもしれない。


 物の使い道には納得できたが、購買意欲は下がった。それならほかの商品は……と視線を移そうとしたところで、アンリははっとして立ち上がる。後ろで何も言わずに待っていたイルマークを振り返った。


「ごめん、イルマーク。こんなところで時間を潰している場合じゃなかったよな」


「いえ、時間には余裕がありますから。大丈夫ですよ」


「いやいや。そうはいっても、早くに次に行ったほうがいいよ。次に行こう」


 アンリは半ば強引に、イルマークを連れて店の前から離れた。イルマークが不審そうに眉をひそめるのにも、構っている暇はない。


 羅針盤の横の作品に目を向けようとしたアンリは、道の向こうにイヴァンの姿を認めたのだった。マリオネット魔法器具店で職業体験をしたときに世話になった、店の販売部門責任者。

 それだけなら挨拶をしようと思ったところだが、彼の横にいる人間が問題だった。販売部門責任者という重要な地位にいるイヴァンは、要人の案内という役を負っていたらしい。


 つまりイヴァンは、防衛局一番隊の副隊長であるロブを案内するような形で、露店に向かってきていたのだ。


 もし二人に遭遇してしまったら。アンリは想像した。イヴァンはきっと、職業体験のときのことを話すだろう。ロブの前で、そんな話をされてはたまらない。


 逃げるしかない。


 そうしてアンリはイルマークを急かし、さっさとその場を離れたのだった。

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