(14)
しかし楽しいはずの学園への帰り道は、途中で打ち切られた。
学園へ向かう道の中で、最も幅が広く、最も混み合う表通り。道の両脇では露店が組み立てられ、その横では看板やら宣伝道具やらの準備が進んでいる。小走りで行き来するのは、雑用品の買出しを任された小間使いだろうか。アンリたちのように台車を押して、商品だか建材だかを運ぶ者もいる。
大通りのはずなのに、台車を押して進むには苦労が多かった。通りは雑然としたざわめきに満ちていて「すみません、通してください」という声を目の前の人に伝えるのさえ難しい。
にもかかわらず「泥棒っ!」と叫ぶ悲鳴のような声は、誰の耳にも鋭く響いた。それまでのざわめきが一瞬静まって、しかしすぐに「誰だ」「何だ」「どうした」と困惑の声が辺りに満ちる。アンリたちも足を止めて、周囲の様子を窺った。
「……なんだかこんなことが、去年もあったような気がしますね」
イルマークがぼそっと呟く。その言葉でアンリも思い出した。前年の交流大会でも、通りを歩いていたら近くで盗みがあった。あれは交流大会の当日だったが、人混みという点では同じだ。人が集まると、何かしらの事件が起きやすいのだろう。
「俺、ちょっと見てくるよ。イルマークはコルヴォたちと台車をお願い」
わかりましたと頷くイルマークと、何がなんだかさっぱりという様子の一年生三人を置いて、アンリは人混みを縫って先ほど声が上がったほうへと向かった。
泥棒が盗もうとしたのは、明日の交流大会に向けて準備されていた商品のひとつだった。魔力で動く子供向けのおもちゃだ。
ちょうど露店に運び込もうとしていたところを、横から奪われてしまったらしい。どこの露店も、商品の準備さえ終われば防犯用の魔法器具を起動させて商品を守っている。しかし搬入途中のことで、まだそうした対策が十分に取れていなかったのだろう。その隙を狙われたというわけだ。
「はい、どうぞ。見たところ壊れてはいなさそうですけど」
アンリが盗人から奪い返した商品を差し出すと、店の主人と思しき老人は、感極まった様子でそれを受け取った。
「ああ、ありがとう! 君は学園生かい? 本当にありがとう、助かった!」
今にも泣き出すのではないかと思えるほどの老人の喜びように、アンリは苦笑して目を逸らした。喜んでもらえたことは良いのだが、誰が見ているかもわからない人混みの中で、あまり大声を出して目立つようなことはしないでほしい。
「たまたまですよ、たまたま……取り戻すことができて、よかったです」
老人を落ち着けるつもりで、アンリは控えめに言った。
様子を見に行こうと思って人混みを縫って進んだアンリは、同じく人混みを縫って逃げていこうとする男を見つけたのだった。「そいつを捕まえてくれ!」という声はするものの、周囲の人たちは咄嗟のことで、すばしこい男を捕らえきれずにいたようだ。
仕方がないのでアンリは土魔法を使って男の進む先の地面に小さな穴を開け、思惑通りに穴に足を引っ掛けてすっ転んだ男をその場で取り押さえたのだ。
もちろん、あとから穴を埋め戻して証拠を隠滅するのも忘れていない。男が持ち去ろうとしていた商品が転倒により壊れないように、こっそり魔法で保護していたことも口に出すつもりはない。
「たまたまかもしれないが、それでも本当に助かった! そうだ、礼をさせてくれ。いや、その前にそいつをなんとかしないとな。警備に連絡しよう!」
アンリが取り押さえ、近場にいた人から縄を借りて縛り上げ、地面に転がしている盗人。その男をどうにかしないと、この場から離れることもままならない。ちなみにアンリの経験則からすれば、男を警備に引き渡したとしても事情の確認やら何やらでしばらくは解放されないだろう。
老人が警備への連絡がどうこうと騒いでいる間に、道の向こうから「警備です、通ります」という若い声が聞こえてくる。既に誰かが連絡していたに違いない。
やってきたのは警備の制服を着た二人連れの男女だった。老人が「こいつがうちの物を盗もうとしたんだが、この子が助けてくれたんだ!」と二人に訴える。大声でああだこうだと状況を大袈裟に説明する老人の話を辛抱強く聞いて事態を把握した二人は、次にアンリに目を向けた。
「治安維持へのご協力に感謝いたします。状況をお伺いしたいのですが、少々お時間よろしいですか」
「ええと……できれば、手短に」
アンリは周囲に出来上がってしまった人垣と、その向こうで待たせてしまっているイルマークたちのことを思った。注目を集め続けるのは避けたいし、友人や後輩を長く待たせるのも気が引ける。
あえて困惑した顔をしてみせると、警備の男性はアンリを安心させるように、にこりと微笑んだ。
「ええ、いくつか確認だけですから……っと、ちょっと失礼」
どうやら男性の通信具に連絡が入ったらしい。一歩離れて連絡を受けた彼は、一言二言のやり取りの後に戻ってくると、やや申し訳なさそうに眉を八の字にして言った。
「すみません。警備本部の責任者が、どうしても貴方に直接礼を言いたいと。ご足労をかけますが、本部までいらしていただけませんか」
なぜそうなった。アンリはきつく顔をしかめて、拒否の意思を示す。しかし彼も本部の言うことには逆らえないのだろう。申し訳なさそうにはしながらも、引く姿勢は見られない。
「もしよければご友人も一緒にと。お待たせしてしまうのは、それこそ申し訳ないですから」
「……なんで俺に連れがいるってわかるんですか」
「ええと、すみません。本部に言われたことをそのままお伝えしているだけなので。お連れの方がいるのなら、という意味だとは思うんですが」
アンリが嫌がる顔を見せたことで、警備の二人は困り果てている。一方でアンリは嫌な予感がしていたので、素直に従おうという気にならない。
「どうしましたか、アンリ」
戻るのに時間がかかっていたからか、あるいは不穏な空気を感じ取ったか、イルマークが人混みを分けてやってきた。アンリは「実は、警備本部に来てくれって言われちゃったんだ」と事情を話す。
行きたくないという気持ちを前面に出して話したはずなのに、イルマークは「光栄なことではありませんか」とあっさり警備本部へ行くことを認めてしまった。むしろ「友人ということは、私も行ってよいのでしょうか」と少し嬉しそうだ。警備の二人はイルマークが味方であることを悟って、安堵した様子を見せた。
本当に警備本部に行きたいなどと思っているのだろうか、とアンリは訝しく思う。するとイルマークはおもむろにアンリに近寄って、警備の二人に聞かれないようにこっそりと耳打ちした。
「こんな人混みで話すより、本部だかどこだかに連れていってもらったほうが目立たずにすみますよ。コルヴォたちには、台車を持って帰ってもらいましょう」
なるほどイルマークなりの気遣いだったようだ。コルヴォたちは、アンリに犯人を取り押さえられるだけの実力があることは知っているが、アンリの立場の全てを知っているわけではない。それも踏まえてイルマークは、コルヴォたちを帰そうと言ってくれたのだ。
持つべきものは頭の回転の速い友人だ。
結果としてイルマークの判断は正しかったし、アンリの嫌な予感も見事に的中した。
コルヴォたち一年生三人に台車とともに学園に戻ってもらい、アンリたちは警備の二人に連れられて、警備本部の天幕へと向かった。礼がしたいと騒ぐ老人から逃げる口実ができたことだけが、唯一の救いと言えるだろうか。
警備本部と書かれた大きな看板のかかった大きな天幕。その脇を通って奥へ進むと、比較的小さめの天幕が五つほど並んでいた。そのうち一番奥にある、やや高級そうな布を張った天幕に連れていかれる。
そうして入った天幕の中で、アンリとイルマークは共通の知り合いに再会した。
「やあ、泥棒を捕まえてくれたんだってね。どうもありがとう」
爽やかで、胡散くさい声。連れてきてくれた警備二人がまだそばにいるというのに、アンリは思わず舌打ちをした。
アンリから見ると胡散くさいとしか思えないにこやかな笑みを浮かべたロブが、天幕の中に立っていた。




