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 交流大会の前日午後。街中では既に翌日の準備のために、露店の組立てが始まっていた。


 何の用もなく道を通行する人は少なくて、皆、大きな荷物を担いだり台車を曳いたりと、何かしらの役目を負って忙しなく道を行き来している。


 この日の午後からは学園の授業もなくて、学園生たちも皆、交流大会に向けての準備に勤しんでいた。もちろんアンリもそのうちの一人だ。魔法工芸部の部員たちが一所懸命につくった作品を台車に載せて、展示販売に協力してくれる商店に向かう。一年生三人とイルマークも一緒に、五人で台車を支えながら人混みの中を慎重に進んだ。


「こんにちは、アナさん。よろしくお願いします」


「あら、こんにちは。どうもありがとうね」


 まず作品を運び込んだのは、学園からほど近いところで露店の組立てを進めているアナの店だ。夫のガロと共にアクセサリー屋を営む彼女は、学園近くに小さな露店を設けて、ガロのつくったアクセサリーを売る予定だという。普段の店ではほかの作家のアクセサリーや商人から仕入れた作品も販売しているが、交流大会ではガロの作品と、アンリたち魔法工芸部から持ち込まれる作品とに限って販売するそうだ。


 事前にアナの店に持ち込んだ作品もあるが、最後の仕上げにこだわってギリギリまで製作を続けていた作品は、こうして前日の納品になってしまった。そうしたらアナから「お店ではなく露店のほうに直接持ってきてほしい」と言われたのだ。


「ごめんなさいね。うちの商品の搬入は午前中だったから。お店に持ってきてもらうのだと、間に合わなくて」


「いいえ。こちらこそすみません、こんなに直前になってしまって」


 アンリがアナと挨拶の言葉を交わしている横で、イルマークが黙々と、台車から木箱を一つ持ち上げた。ガロの指示に従って、売場となる場所の横に箱を下ろす。


 中に入っているのは、主にイルマークのつくったアクセサリーだ。異国の情緒を感じさせる、やや風変わりな造形。腕輪や指輪、耳飾りなど種類はまちまちだが、全てどことなく共通した雰囲気を漂わせている。


 このアクセサリー群をつくるために、イルマークは図書室で資料を漁ったり、自身の祖父母から参考となる品を送ってもらったりと、様々努力しているようだった。最後の最後まで質にこだわり、そのせいで納品が遅れてしまったのだ。


 だが、それだけやった甲斐もあるようだ。箱から出した作品を見て、ガロは目を見開いた。それから大きく頷いて「良い出来だ」と言う。短い賛辞だったが、声色には深い感心と称賛の念が込められていた。アンリと話していたアナも、話の区切りでイルマークの作品に目を向けると、その出来栄えに釘付けになったようだ。アンリとの会話などそっちのけで「素敵ね」とイルマークの作品に対して目を輝かせる。

 二人から自身の作品を褒められて、イルマークもまんざらではなさそうだ。


 しかし、いつまでもそうしてはいられない。ほかの店への納品もある。


「さ、貴方たちの渾身の作品は、私たちが責任を持って売ってあげるから。貴方たちは存分に、交流大会を楽しんでいらっしゃい」


 そうしてアナとガロとに見送られ、アンリたちは次の店に向かう。






 雑貨屋、家具屋、食器屋、魔法工芸品専門店。


 アンリたちは約束していた店をぐるぐると巡って、台車から次々と作品を下ろしていった。普段訪ねている立派な商店と違って、露店は組み立てやすい簡素な造りとしている店が多い。それでもどの店も商品の扱いは丁寧で、アンリたちの作品も同じように大事に扱ってくれるようだった。


 ここまでくると、アンリたちの作品に厳しい声を向ける店もない。皆、交流大会を楽しめだとか、きっと売れるから期待していろだとか、励ましの言葉をかけてくれる。


 小さな魔法工芸品を几帳面に売場に並べるランメルトも、作品の出来不出来には一切触れずに「ちゃんと売ってやるから心配すんな」と無愛想ながらも言ってくれた。


「ほら、うちの店に置くもん置いて、さっさと行っちまえ。お前たちは明日からも忙しいんだろう。やること済ませて、早く帰って明日に備えなきゃならんだろう」


 どうやらランメルトは、アンリたちが模擬戦闘大会に出る予定であることを覚えていてくれたようだ。その応援の声を受けて、アンリは「ありがとうございます」とにっこり笑う。ランメルトを苦手としていたはずのイルマークも、小さく頭を下げて謝意を示した。


 一方で、ランメルトの並べる商品の中に自身の作品である犬の置物を見つけたサンディは、やや寂しそうにそれを見つめた。


「ランメルトさん……その、もしも売れなかったら、つくったものは返してもらえますか」


 弱々しく控えめに尋ねるサンディ。どうやらせっかくつくった物を他人に売り渡すのが惜しくなってきたらしい。

 ランメルトは珍しく優しく微笑むと、サンディの作品にそっと触れた。


「まあ、もし売れなかったら返してやるが……だが、こいつはきっと売れるだろうな。これほど見事につくりあげたんだ。これが売れなきゃ、俺の商人としての腕が疑われる」


 それから肩をすくめて「大丈夫だ」と明るく言った。


「ちゃんと売る相手は選ぶ。大事にしてもらえるようにな。……つくった物に愛着が湧くのはわかるが、すべてを自分の手元に置くわけにはいかないだろう。大切につくった物だからこそ、大事にしてくれる相手に渡すんだ。そうすれば、次に向けて、さらにもっと良い物をつくろうと思える」


 ランメルトの言葉にサンディは、なおも残る思いを振り切るように大きく頷いて「よろしくお願いします!」と叫ぶように言った。「おう」と短く応えたランメルトは、どことなく嬉しそうだ。


 ここまで想いのこもった作品をつくることのできたサンディと、その作品を購入することになるまだ見ぬ客。その両方を、アンリは羨ましく思った。






 いくつもの店を順々に巡って、最後に家具屋の露店で一番大きな荷を下ろすと、台車はようやく軽くなった。予定していた店への納品をなんとか終えて、残っているのは空き箱や作品を梱包するのに使ったおが屑のような軽い物ばかりだ。傷付けないようにと注意を払う必要もなくなって、気持ちも幾分か軽くなる。


「じゃあ、戻ろうか。台車を学園に戻したら、今日の作業は終わりかな。きっと、ほかの組もそろそろ戻るだろうし」


 アンリの言葉に、イルマークと一年生三人がそれぞれ頷いた。


 作品の搬入は、三組に分かれて行っていた。キャロルが中心になって台車を押す組、ウィルが中心になって台車では運べない物を運ぶ組、そしてアンリたちだ。どの組もだいたい同じくらいの仕事量が割り振られていたので、作業を終える時間に大差はないはずだ。


「これで今日の作業は終わりですね。明日からも、交流大会が始まってしまえば、魔法工芸部でやることは特にないでしょう。明日は、アンリはどう過ごす予定ですか?」


「うーん、明日は暇なんだよな。街中を見て回りたいと思ってるんだけど。イルマークは?」


「私もです。よければ、一緒に回りませんか」


 いいね、と楽しげに頷くアンリ。

 そんな二人の先輩を、コルヴォ、ウィリー、サンディの一年生三人は呆れた顔で眺める。


「先輩たちも模擬戦闘大会に出るんですよね? 準備とかはいいんですか?」


「たしかに中等科学園の部は明後日で、一般の部は明々後日ですけど。でも、準備とか最後の調整とかはありますよね?」


「私たち、緊張しちゃって。とてもじゃないけれど、明日街を見て回ろうという気にはなれません」


 三人の言葉に「えっ」とアンリは目を丸くした。普通の学園生はこういうとき、準備に明け暮れるだとか、緊張で何も手につかないだとか、そんなふうに過ごすものなのだろうか。うかつだった。


「大袈裟ですね」


 ところがアンリの驚愕と疑問とは、イルマークが簡単に打ち消してくれた。


「模擬戦闘大会に向けた訓練は、これまでもやってきたではありませんか。今になって慌てても、どうしようもありませんよ。それよりもリラックスして、いつもの力を出せるように備えておくことが大切です」


 だから明日は存分に交流大会を楽しみましょう……そんなふうに説くイルマークの言葉に一年生三人は「そういうものか」と感心している。一方でアンリは「イルマークは交流大会のお祭り騒ぎを楽しみたいだけじゃないかな」と疑っていた。たしかイルマークは、交流大会という行事に対して並々ならぬ熱意を持っていたはずだ。


「明日は作品を置いてもらったお店を見てから、街中を巡りましょう。アンリは魔法器具製作部の展示に興味があるのではありませんか。それから、魔法戦闘部も面白いことをするようですよ。あ、あと……」


「わ、わかった。わかったから。明日回りながら聞かせてよ。行き先はイルマークに任せる」


 アンリの予想を裏付けるように、イルマークが語り始めた。アンリは咄嗟に彼の話を止める。止めずにいたら、イルマークの話は台車を学園に戻すまで続いたかもしれない。


 それでもイルマークの表情からは、話を止められたことによる不満は読み取れなかった。むしろアンリが「任せる」と言ったことで、明るく顔を輝かせる。


「それでは、楽しみにしていてください。きっと、アンリが心惹かれるような店に案内します」


 楽しみにしていると言ってアンリが頷くと、イルマークは嬉しそうに微笑んだ。

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