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 当たり前だが、二人対二人は、二人対一人とはわけが違う。


「さっきはリーゼさんが俺を攻めている間に、サニアさんが魔法を準備するという流れでしたよね。でも、相手が二人だったら、その隙にサニアさんが攻められて終わりじゃないですか」


 アンリの指摘に対してサニアは「だから、大丈夫だってば」と笑いながら応える。


「たいていのペアは、私たちと同じような戦法を取るの。魔法士科で、騎士科ほど近接戦闘が得意なんて人はあまりいないから」


 騎士科が前に出て戦い、それを後方から魔法士科が支援する。公式行事における二対二の模擬戦闘では、八割以上の対戦がそうした流れになるらしい。


「残りの二割は?」


「騎士科生と魔法士科生が、二人して攻めるタイプね。もしも相手がそう出てくるようなら、私たちもやり方を変えるつもり」


 つもりというよりも、そうせざるを得ないということだろう。


 ちなみにそうなった場合にも勝算はあるのか。アンリがそう尋ねると、サニアは「もちろん」と頷いた。


「甘く見ないで。私は近接戦闘も苦手ではないんだから。それに、そもそもそうした状況に陥る前に、リーゼがある程度はどうにかしてくれるはずよ」


 ねえ、と確認するように首を傾げるサニアに対し、リーゼは「そうね」と穏やかにおっとりと頷く。


「二人で攻めてくるようなら、まずは私が二人ともお相手するわ。それを抜けていくようなら、どうしようもないからサニアにお願いするけれど。あまり相手のペースに巻き込まれてしまうのも、つまらないもの」


 二人で攻めてくる相手に対して、一人で応じることができると言う。たしかに剣の腕は巧みだが、それほどまでに自信があるとは。アンリが驚きに目を丸くしていると、リーゼはやや気恥ずかしそうに小さく微笑んだ。


「実は私も、ほんの少しだけれど魔法が使えるのよ。騎士科なのに変だと思うかしら。もしものときには、私の持てる技の全てを以って、対抗するつもりよ」


「なるほど。ちなみに魔法はどの程度使えるんでしょう? 剣を扱いながらでも使えるんですか?」


 アンリの問いにリーゼは、緩やかに首を傾げる。


「そうねえ。サニアのような強力な魔法が使えるわけではないけれど、簡単なものなら剣を扱いながらでも」


 生活魔法程度なら、という意味だろうか。騎士科ではそもそも魔法の使えない学園生のほうが多いはずだ。その中で生活魔法だけであっても魔法を使えるというなら、たいしたものだ。使いようによっては模擬戦闘でも十分に役立つ。

 しかし話だけでその力を測るのは難しい。アンリは少し考える間を置いてから、とある提案をした。


「じゃあ、もう一度模擬戦闘をしましょう」






 疲れた、と息も絶え絶えに訴えて、サニアは訓練場の床に仰向けに倒れた。リーゼも、サニアほど大胆ではないが、荒い息をついてその場にしゃがみ込む。


 そんな二人を見下ろして、アンリは大きくひとつ頷いた。


「おつかれさまでした。今日はここまでにしましょうか」


「……というか、今日はもう、これ以上できる気が、しない……」


 仰向けになって目を閉じたサニアが弱々しくそう言うのを聞いて、アンリは苦笑した。たいそう疲れた様子を見せてはいるが、たかだか模擬戦闘五回程度だ。これでバテていては、本番の連戦に耐えられないのではなかろうか。


 そんなアンリの考えを読んだかのように「言っておくけど」と、サニアが恨めしげに言った。


「公式行事の模擬戦闘は、トーナメント方式ではないの。くじで決まる試合を三つこなして、勝利数と内容で点数が決まる総合評価方式よ。その三試合だって、二日間かけて行われるんだからね」


 あれ、とアンリは首を傾げた。公式行事に向けてスタミナをつけるためにもと思って厳しく訓練を続けたのだが、どうやらその必要はなかったようだ。


「あー、それは……まあ、でも、おかげでお二人の力もだいぶわかりましたから」


「それは、そうでしょうね。あれだけ二対一を繰り返したんですもの……」


 サニアだけでなくリーゼまでも、呆れたような目をアンリに向ける。アンリは決まりが悪くなって視線を逸らした。


 アンリが提案した模擬戦闘は単純で、改めて二対一の対戦を行うことだった。ただ、組み合わせをアンリ対二人ではなく、サニア対二人や、リーゼ対二人として行った。二回ずつ行って、最後にもう一度アンリ対二人。計五回、最初の模擬戦闘も含めると計六回の対戦型訓練を行ったことになる。


 もちろん、目的もなくそんなことをさせたわけではない。サニアとリーゼが、それぞれ複数の敵を相手にどう動くか。アンリはそれが見たかったのだ。


 たった数回の模擬戦闘で二人がこんなにも疲労困憊してしまうこと、そしてそもそも公式行事の模擬戦闘が連戦を想定していないことは想定外だったが、元々の目的は達せられた。


「お二人とも、敵が二人になっても十分に動けるということがよくわかりました」


「よく言うわ……結局、一度も勝たせてくれなかったくせに」


 サニアがアンリを睨んで、いっそう恨めしそうに言う。それに対して、アンリは肩をすくめるだけにした。訓練だろうが何だろうが、勝てる試合に負けるのはアンリの性に合わない。


 言い返さない代わりに、アンリは「今日はここまでにしましょう」と改めて訓練の終了を告げた。


「次回は今日の内容を元に、俺も戦略を練ってきます。ええと、サニアさん。明日にでも、模擬戦闘の詳細なルールを教えてもらっていいですか?」


「……そうね。それが必要だって、よくわかった」


 連戦がないということを、アンリが知らなかった。その事実をよほど悔いているのだろう。

 アンリは決まりが悪くなって苦笑した。






 それから交流大会までに、アンリは彼女たちの訓練に二回付き合った。


 一回目には、最初の訓練での戦闘をふまえた戦術の提案と実践。二人対一人の対戦でアンリが気付いたのは、サニアもリーゼも、共に相手が二人でも簡単には負けないだけの力を持っているということだった。


 サニアは雷魔法や風魔法のような戦闘魔法を撃つには溜めを必要とするものの、水魔法や火魔法のような単純な魔法であれば苦もなく連発できるようだった。攻め込むアンリやリーゼを火魔法で牽制し、隙を見て雷魔法のような威力の強い魔法を放つ。もっとも、その間に自身にも隙ができることが多いので、結局はアンリにその隙をつかれて負けることにはなったのだが。それでも、リーゼが味方についていなければどうしようもないという様子ではなかった。


 リーゼも剣と魔法とをうまく操って、攻め込む二人によく対応していた。アンリの短剣による攻撃を剣で受けつつ、サニアの魔法による攻撃を巧みに避けたり、ときには自身の魔法で退けたりした。


 そんな二人を見てアンリが思ったのは、リーゼが剣による近接戦闘、サニアが魔法による遠距離戦闘という元の戦術にこだわるのは、勿体ないということだった。相手が二人で攻めてきた場合にだけ臨機応変に対応する……そんな受け身の戦術ではなく、もとより自分たちから二人で攻め込む戦術を考えても良いはずだ。


「でも、今から作戦を変えるのは……」


 不安がるリーゼに、アンリは「大丈夫です」と力強く言う。


「先輩たちは前回、突然俺と組んで戦えって言われても、ちゃんとやれたでしょう。お二人とも、適応力は高いんだから。自信を持ってください」


 それに、とアンリは笑った。


「こないだのようにたくさん対戦をすれば、きっとすぐに馴染みますよ」


 そうしてサニアとリーゼは、また床にへたり込むまで模擬戦闘を繰り返すことになったのだった。


 そして、二回目の訓練。


 すでに交流大会が間近に迫っていたために、さすがに体力の限界に至るまで模擬戦闘を繰り返すような訓練は避けるべきだと、アンリも常識的に考えた。行ったのは前回の訓練の復習と、「もしも相手がこう攻めてきたら」という場合別の攻略方法の伝授。


「アンリくんはすごいのね。こんなに色々と、戦い方を思いつくなんて」


 リーゼの言葉に「経験値が違いますから」などと応えそうになったアンリだが、すんでのところで言葉を抑えた。どこでどんな経験を積んだのか、などという話になっては困る。


 別の言い訳を考えようとしたが思いつかずに、アンリはただ笑って誤魔化した。


「まあ、とにかく。これまでやってきたことを信じて本番で実践できれば、先輩たちならきっと勝てますよ」


 アンリの言葉に、サニアとリーゼはやや気負った様子ながらも笑顔で頷いた。






 そうしてあっという間に、交流大会の前日となった。

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