(11)
交流大会まで、もうひと月もない。休みの日だけとなれば、アンリが二人の訓練に付き合えるのも、多くて二、三回となるだろう。
基礎的なところから訓練している余裕はない。アンリはさっそく、実戦形式での訓練を始めることにした。サニアとリーゼが、二人でアンリに攻撃を仕掛ける。
リーゼは騎士科らしく、剣による近距離攻撃型だ。模擬戦闘用の木剣で、元の緩やかな動きからは想像もつかない速さでアンリに斬りかかる。速いのは足運びだけではない。俊敏な動きで正確に剣を操り、アンリの防御を崩そうとする。
リーゼが細長い片手剣を操るのに対し、アンリが扱うのは短い剣が二本。間合いは負けるものの、一本の剣による攻撃を捌くだけなら大した苦も無かった。まずはアンリからは攻め込まず、リーゼの攻撃を受けつつ様子を窺う。
(速さは申し分ない。一撃の威力には欠けるけど、それを手数で補ってる。力で押すのではなくて、技術とスピードで攻めるタイプか……)
あとは持久力。この機敏さがどこまで続くものかと、アンリは攻撃を受け続ける。一手ずつが軽い分、受け流すだけならアンリは一日中でも続けられそうだ。さて、リーゼはいつまで攻め続けられるだろうか。
ところがリーゼの持久力を測るつもりだったアンリは、不意に感じたピリリとした違和感に、大きくその場から飛び退いた。
同じタイミングで、リーゼもその場から後退している。二人が元いた場所に雷撃。離れたところから機会を窺っていたサニアによる雷魔法だ。
「ちょっと、避けないでよ」
「避けるに決まってるじゃないですか……」
雷魔法一発で、肩で呼吸をするほどに力を使ったサニアは、それでも引き続き別の魔法の準備を始めた。しかし連続攻撃とはいかないようで、次の魔法まではやや間がある。
その間に、と思ってアンリは再びリーゼに向き直る。するとアンリが思った以上に、リーゼのほうが素早くアンリのそば近くまで迫っていた。突き出された彼女の剣を、アンリは慌てて短剣で弾く。
咄嗟の防御となったことでバランスを崩したアンリに、リーゼの追撃が迫る。なんとか凌ぐものの、先ほどのように彼女の動きを測る余裕はない。
そこへ再び、サニアの魔法。今度は風魔法だ。リーゼの剣撃への対応に夢中になってそちらの防御を疎かにしたら、強風に煽られて足がもつれた。転びかけたアンリの胸元に、あっと言う間にリーゼの細剣が伸びる。
アンリは無理矢理に床を蹴って、その場から大きく跳びすさって剣を避けた。同時に氷魔法を使って、リーゼと自身との間に追撃を防ぐための壁をつくる。魔法を使うつもりはなかったのに、と悔しくて舌打ちした。
いったん二人から距離を取ったアンリは、その隙にこれまでの戦闘を振り返る。
近接戦闘型のリーゼが積極的に攻め、その間にサニアが魔法の準備をする。サニアの準備が整ったら、リーゼは巻き込まれないよう一旦下がる。その魔法で相手を仕留められればよし、それができなくても、突然の魔法攻撃のために生じた隙をリーゼが攻める。あとは、同じことの繰り返しだ。
(よく連携できてる。特に、サニアさんの魔法へのリーゼさんの合わせ方。リーゼさんはどうやって、魔法が使われるタイミングと種類とを把握しているのか……)
最初の雷魔法の際、リーゼはタイミングよくその場から退いて巻き添えを回避した。一方で次の風魔法では、リーゼは回避をしなかった。当たっても怪我をするほどの威力はない風魔法で、タイミングさえわかればバランスを崩すこともない。だから、避ける必要がなかったのだろう。
どの魔法がどのタイミングで、どんな威力で使われるか。リーゼはそれをちゃんとわかっていたのだ。
(最初から魔法のタイミングを決めているのか。それとも、何か合図を送っている?)
薄い氷壁を、リーゼが細剣で突き破って攻め込んでくる。
改めて始まった細剣の連撃をいなしつつ、アンリは周囲に広く意識を向けた。特に、距離を取って機会を窺うサニアの動き。魔法の発動にあたって、リーゼに合図するための前動作が何かあるはずだ。
(……あれか)
動いたのは、サニアの左手。魔法発動のために常に前方に掲げられている右手と違って、ただ無造作に下ろしているだけに見える左手の指が、わずかに、しかし確実に何かを意図している形で動いた。
加えて、その指先から細く魔力が漏れる。意識していなければただの魔力の揺れと思ってしまう程度だが、その魔力に反応して、リーゼの視線がちらりとサニアのほうへ動いた。
(リーゼさんは感覚が鋭いんだな。……サニアさんは魔法の準備ができたら、魔力で合図する。リーゼさんはその小さな魔力の動きを感じ取って、サニアさんの手先に目を向ける。そのときの指の動きで、タイミングと魔法の種類とを伝えるわけか)
タネは知れた。ただ、だからといってどうできるわけでもない。サニアの指のサインも、あらかじめ取り決めている二人なら通じ合うだろうが、横から覗き見るアンリにその意味などわかるはずがない。
それでも二人の連携の仕方がわかったことは、今後の訓練の役に立つ。
(……そろそろ、いいかな)
リーゼの剣の腕前がわかった。サニアの魔法力がわかった。二人の連携についてもわかった。このあたりで終わりにしても良いだろう。
アンリはそれまでと動きを変えた。リーゼの剣を軽く受けるのをやめて、強く弾き返す。突然のことでリーゼは驚いたようだが、さすがにバランスを崩すところまではいかない。それでも、弾かれた剣が改めてアンリに向かってくるまでには、少しだけ間が生まれる。
ほんの一瞬の間。その隙にアンリは魔法で全身を強化し、一跳びに、遠くで魔法の準備をしているサニアの眼前に迫った。
驚愕するサニア。すでに魔法を撃ち込む直前だったのだろう、その手には多くの魔力が集まっている。
「すみませんね、サニアさん」
アンリはサニアの手首を掴むと、そのまま捻り上げた。魔法が発動しないように腕ごとアンリの魔力で覆い、木魔法により生み出した蔦で後ろ手に縛る。
「サニア!」
慌てたリーゼが駆け寄ってくる。アンリはサニアをその場に座らせると、そのままリーゼを迎え入れるように短剣を構えた。リーゼの細剣がアンリに迫る。アンリはその剣を、受けることも、弾くこともしなかった。リーゼが間近に迫るなか、アンリは左手に握っていた短剣を横に放り投げる。
すれすれで細剣を避けてリーゼの懐に潜り込んだアンリは、空いた左手で彼女の右手首を掴んだ。剣を持った手を封じられたリーゼの首筋に、右手の短剣を当てる。
「……とりあえず、ここまでにしましょうか」
静まり返った部屋の中に、静かに響くアンリの声。
サニアとリーゼは、ため息をつきつつ頷いた。
「お二人とも、それぞれ良い技があるし、連携もできていました。これ以上の訓練なんて、なくても大丈夫じゃないですか?」
二人が息を整えるのを待ってから、アンリは今の試合を振り返って言った。
リーゼの剣技はアンリの想像以上に巧みだった。サニアの戦闘魔法の威力も申し分ない。何より二人が既に連携の方法を決めていて、それを実践で使える程度まで磨き上げていることにアンリは感心していた。これ以上、二人は何を望んでいるのだろうか。
ところがアンリの言葉に、二人はどことなく不満げだ。特にサニアは、アンリのほうを睨むように見て、低い声で言った。
「あれだけ完璧に負かしておきながら、そんなことを言うのね。嫌味にしか聞こえないんだけれど」
「まさか。別に、俺が公式行事の模擬戦闘に出るわけじゃないんですから。俺に勝つ必要はないでしょう?」
「それはそうだけれども……まあ、いいでしょう」
言い返しても無意味だと思ったようだ。サニアは首を振って表情を改めた。
「訓練が必要な理由よね。私たちだって公式行事に向けて訓練を重ねてきたのだし、ちょっとやそっとで負けるつもりはないの。ただ、ちょっとやそっととは言えないペアがいるのよ」
スグルとか、とサニアは小声で付け足した。どうやらサニアはスグルのことを、相当の強敵と見做しているらしい。
そうした強敵にも勝てるように、戦闘力に磨きをかけたいのだとサニアは言った。
「もちろんアンリ君が公式行事に出ないことはわかっているのだけれど。でも、アンリ君相手で勝てれば、きっと他の人にも負けないっていう自信になるでしょ? だから、私たちはアンリ君にも負けないようになりたいの」
サニアの論に、アンリは首を傾げる。サニアが公式行事にかける意気込みはわかった。だが、アンリに勝てれば公式行事で負けないという理論には、素直に頷くことができない。
というのも、実戦形式の訓練を取り入れたとはいえ、公式行事と今の訓練とでは明らかに異なる点があるからだ。
「公式行事って、二対二ですよね? 俺一人を相手にしても、練習としては不十分じゃないですか?」
「そうね。……でもまあ、アンリ君は一人でも二人分以上に強いから。そのアンリ君に勝てるように特訓することには、きっと意味があると思う。だから、大丈夫」
自信に満ちた様子で力強く言うサニアを前に、アンリは「本当に大丈夫かな」と不安を抱いた。




