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 翌日、授業と授業の合間の休み時間に廊下を歩いていたアンリは、突然トウリに呼び止められた。昨年はアンリのクラス担任だったうえに、部活動の顧問教員としても世話になったトウリ。しかし今年は彼が防衛局の非常勤職員としての職に就いた関係もあって、学園での接点は減っていた。その彼からわざわざ声をかけられたことに、アンリは不吉な予感を覚える。


「な、なんでしょうか……」


「昼休みに教員室に来い。昼飯を食い終わってからで良いぞ」


 軽い呼び出しのような声色だが、目は全く笑っていない。きっと、ろくな話ではない。昼食をとってからというのも、食事の時間を気にせずじっくり話そうという意味に違いない。


 いったい何の話だろうか。


 不審に思いながらも、アンリは「わかりました」と大人しく頷いた。






 面談室で二人になって、わざわざ防音の魔法まで施して何の話かと思ったら、トウリは苦い顔をして「お前、昨日防衛局で何をやった」と言った。


 まさかミルナに戦闘服を作ってもらう約束をした話ではないだろう。十中八九、訓練場を壊したことだ。なぜトウリがそんなことを知っているのか。


 目を丸くするアンリの前で、トウリは呆れたため息をつく。


「昨日防衛局にいた奴なら、訓練場破壊のことは誰だって知ってる。上級戦闘職員の誰かがやらかしたらしいっていう噂でしかないが……」


「なんで俺だって思うんですか」


「舐めるなよ。俺だって防衛局にいたんだ。お前の魔力の気配に気付かないわけがないだろう」


 そういえばそうだった、とアンリは頭を抱える。


 アンリの存在は一応一般の隊員には秘匿されているから、昨日のような事故があっても犯人がアンリであることまでは、一般的に知られることがほとんどない。


 しかしアンリの存在を知るトウリなら、魔力の気配だけでも十分に気付けるだろう。トウリだけではない。防衛局に研修に来るというアイラやスグルも、タイミング良くアンリが何かをやらかせば気付くかもしれない。特にアイラの魔力感知力は油断できない。


 アンリのことを知っている相手であれば、気付かれたからどうということはない。ただ、訓練場を破壊するなどという馬鹿な事故の原因が自分だと知られるのが、やや恥ずかしいだけだ。


「……まぁ、たしかに俺です。ちょっと魔法で試したいことがあったんですけど、失敗しちゃって」


「その失敗は、学園でも起こり得ることか?」


 気恥ずかしさでつい誤魔化すような口調になってしまったアンリに対し、トウリの声は鋭く真剣だった。なるほどそれを心配していたのかと、アンリはようやく納得する。


 トウリを安心させるためにも、「いいえ」とはっきり答えた。


「正直に言うと、模擬戦闘大会に向けてどんな魔法で戦おうかって考えて、試してたんです。でもあんなことになっちゃって、とてもじゃないけど模擬戦闘じゃ使えないなってわかりました。だから、もう同じことはやりません」


 トウリが相手なら、下手に誤魔化すよりも正直に話してしまった方が早いだろう。そう思って、アンリはありのままを説明する。


 アンリの言葉に、トウリは呆れた様子で眉を上げた。


「お前、訓練場を壊すほどの魔法で、いったい何をするつもりだったんだ?」


「そんなに強い魔法を使うつもりじゃなかったんです……」


 面倒ではあったが、アンリは起こったことを正直に話した。模擬戦闘大会での優勝を目指していること。エイクスのような強敵にも勝てるような魔法を使いたいが、レイナに不審がられないようにしたいこと。そのために隠蔽魔法で魔法の威力を誤魔化すことを思いついたのだが、使う魔法と隠蔽魔法とのバランスが難しかったこと。それで調整に失敗し、魔法が強力になりすぎたこと。


 ロブとの約束の話はしなかった。心配をかけたくないという気持ちもあるが、なにより説明がいっそう長くなると思ったからだ。うっかり間違えてミルナとの約束の話をしないようにという意味もある。


「……というわけで、いろいろ試していたんですけど。でも上手くいかないんで、もうやめることにしました。普通の魔法で勝負して、ダメなら諦めることにします」


 アンリの言葉にトウリはしばらく疑うような視線を寄越していたが、アンリが何も言わずにその目を見返していると、やがて「まあいい」と低い声で呟くように言った。


「事情は知らんが、お前が本当に諦めることにしたと言うならいい。とにかく、間違っても昨日のような魔法をこの学園で使うなよ」


 トウリの念押しに、アンリは「わかってます」と神妙に頷いた。


 どうやら何かしら事情があるということは悟られてしまったようだが、深くは聞かずに済ませてくれるらしい。その信頼を裏切ってはならないと、アンリは言葉だけでなく、深く心から思う。


 ミルナから受け取れることになっている戦闘服には、魔力の隠蔽効果はあるものの、魔法の威力を抑える効果はない。結局のところ、アンリが何かの拍子に加減を間違えれば、昨日のような大事故は起こり得るのだ。


 そうならないように。隊長に連れ戻されないように。トウリの信頼を裏切らないように。


 よくよく気を付けなければならないと、アンリは自分に言い聞かせた。






 次の休みに、アンリは約束通りサニアの訓練に付き合うことになった。学園の正門で待ち合わせ、立派な馬車に乗せられて揺られることしばらく。行き着いたのは街の外れの倉庫街だ。


 実家の訓練室と言っていたのでパルトリ家の敷地にあるのかと思ったが、どうやらそういうわけではないらしい。


「大きな設備はこっちにまとめていて、訓練室もその内のひとつなの。訓練室と言っても、普段は魔法戦闘の訓練に使っている場所ではないのだけれどね。でも、広さは十分のはずよ」


 そう言うサニアに案内されたのは、大きな倉庫のうちのひとつ。中はほとんどがらんどうで、確かに模擬戦闘の訓練をするのに申し分のない広さだ。


 部屋の四隅に、見慣れた魔法器具が置かれている。昨年の模擬戦闘大会でも使われていたもので、簡易的に防護壁のような結界を張るためのものだ。ただの空き倉庫を、これを置くことで訓練場として使えるようにしてあるらしい。もちろんアンリが少し加減を間違えれば、すぐにでも壊れてしまうだろう。だが、これを壊さない程度に魔法の威力を抑えればよいのだと思えば、分かりやすい。


「普段は何に使ってる場所なんですか」


「色々よ。倉庫にすることもあるし、製品開発のための実験に使うこともある。従業員の研修場にすることもあるわね。最近では、私と彼女の訓練に使うことが多いけれど」


 彼女、と言ってサニアが指し示したのは、部屋の端のほうでストレッチをしている人物だった。サニアのペアとなる騎士科の学園生だろう。


「リーゼ! こっちに来て!」


 サニアが呼ぶと、彼女はゆったりとした動きで顔を上げて振り向いた。そのままのろのろと歩いて向かってくる。


「……ちょっと天然で、トロい子なんだけど。でも剣の腕は確かだし、戦闘のときの動きはすごいのよ」


 サニアがフォローするように言う。「そうなんですか」と軽く相槌を打ちつつ、アンリはこちらに歩いてくる彼女の動きを見ていた。ゆっくりではあるが、動きは優雅で洗練されている。怠惰で動作が緩慢なわけではなく、あえて緩やかに足を運ぶことで自身の動作の精度を高めているような、そんな歩き方だ。


 その歩き方のままアンリの目の前までやってきた彼女は、まっすぐにアンリの目を見つめて「こんにちは」と微笑んだ。


「貴方がアンリさん? 私は騎士科のリーゼ・ラルビク。公式行事では、サニアと共に模擬戦闘に臨む予定よ。ご指導、どうぞよろしく」


 ゆっくりと深く頭を下げるリーゼ。その声色や態度からは、年下からものを教わることへの不満は一切読み取れなかった。むしろ、アンリへの敬意が満ち溢れているように見える。

 それが本心からの敬意なのか、表面上だけのものなのかは、アンリの目からは判然としない。いずれにしても、アンリから指導を受けることについては既に合意ができているようだ。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 こうして、アンリとサニア、そしてリーゼとの訓練が始まったのだった。

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