(3)
一年生三人のほかにも、アンリの周りで模擬戦闘大会に出場しようという友人たちはいた。
昼休みの食堂。食事をしながら交流大会に向けてのあれこれを話すなかで、アンリにもようやく、模擬戦闘大会に関する周囲の状況が把握できてきた。
一般の部に出場するのはアイラとハーツだ。アイラは昨年も出場しているから、アンリも予想はしていた。
しかし、ハーツの出場は想定外だ。
「どうして突然出場しようなんて思ったのさ。ハーツが魔法戦闘に興味を持ってるなんて、知らなかった」
アンリの問いに、ハーツは「いや、戦闘に興味があるというか……」と言いづらそうに答える。
「こないだの休みにさ、街中でばったりロブ先生に会ったんだよ」
どこかで聞いたような話だ。それでもアンリはなんとか口を挟まずに、ハーツに話の先を促す。
「ロブ先生、俺が遠くの田舎から出てきてこの学園で魔法の勉強をしてるってことを、えらく褒めてくれてさ。せっかくだから、イーダにいる間に少しでも多く魔法の勉強をしないかって誘われたんだ。それで、ロブ先生から指導を受けることになって……」
「魔法なら、俺がいつでも見るのに」
つい口を挟んでしまったアンリの声は、不機嫌に低い。けれどもハーツにも言い分があるようで「いや、それはわかってるんだけど」と、焦るでもなく冷静にアンリに言い返した。
「俺、田舎に帰ったらたくさんのガキたちに魔法を教えてやらなきゃならないからさ。色んな人から魔法を教わって、俺自身、色んな教え方ができるようになっておきたいんだよ。アンリからは、去年一年間に色々と教わっただろ? トウリ先生とレイナ先生からも。だから、ロブ先生から教わっておくのも悪くないなって思ったんだ」
そうして様々な人の教え方を身をもって体験し、田舎に暮らす子供たちへの魔法指導に活かしたいのだと言う。
「俺なんかが魔法指導って言ったら笑われるかもしれないけどさ。でも、田舎じゃ適性があっても魔法が使えないって奴も多いからさ。ちょっとした生活魔法だけでも、使えるようになったら便利だと思うんだよ。それを教えられるようになって、田舎に帰りたいんだ」
そんな話をしたところ、ロブはいたく感心した様子で「それなら魔法の指導法についても、できる範囲で教えよう」と請け負ってくれたらしい。
そして指導の条件が、模擬戦闘大会への出場だという。
「戦闘には興味がないって言ったんだけど、今の魔法力を知るための良い機会だからって言われてさ。まあ、田舎のガキたちだって、そのうちやってみたいって思うかもしれないからな。そのときの話の種として、出場してみるのも良いかと思って」
どこまでがロブからの説得で、どこからがハーツの元々の考えかはわからない。とにかく、ハーツが模擬戦闘大会の一般の部へ出場するつもりであることだけはわかった。
本当にロブは色々と、余計な手出しをしてきているものだ。呆れるほかなく、アンリはもはや怒る気にすらならない。
「ひどいよハーツ君。アンリ君の話、聞いたでしょ」
アンリの代わりに憤ってみせたのはマリアだ。元魔法研究部のメンバーには、アンリは早々にロブとの約束について打ち明けていた。馬鹿な約束をしたものだと呆れるメンバーや、それでもアンリなら大丈夫だろうと楽観視するメンバーもいた。その中でマリアは、最初からひどくアンリのことを心配していた。
「アンリ君、優勝できないと学園にいられなくなっちゃうんだよ? それなのに、なんでそんな簡単にロブ先生の口車に乗っちゃうの!」
「か、簡単に乗ったわけじゃねえよ。だいたい、もし当たったとしても、アンリに勝てるわけねえだろ!」
二人の言い争いを、エリックが「まあまあ二人とも、落ち着いて」と苦笑しながらなだめる。
ちなみにエリックは模擬戦闘大会には出ないらしい。「僕は魔法戦闘に向いていないから」と、エリックは控えめに笑いながら言った。
「戦闘は苦手なんだ。怖がりなんだよね。……それより今は、魔法器具製作に集中したいと思ってる」
エリックは魔法器具製作部で、交流大会で展示するための魔法器具を鋭意製作中だという。自信作を展示するから是非見にきてほしい。そんな明るい話題に、アンリも笑顔になって頷いた。
昨年模擬戦闘大会の中等科学園の部に出場したマリアも、今回はエリック同様に部活動のほうに専念するそうだ。
残るイルマークとウィルについても、模擬戦闘大会の一般の部には出場しないことを決めているらしい。二人とも魔法戦闘が苦手というわけではないだろうにとアンリが首を傾げると、ウィルが苦笑して反論した。
「興味はあったんだけど、アンリの話を聞いちゃうと、やっぱりね。僕だって万が一にもアンリに勝てるとは思っていないけど、じゃあ負けるために出るのかと言われたら、それはそれでつまらないし」
右に同じ、と言うかのようにイルマークも深く頷く。
自分に遠慮せずに出場してくれて構わない……そう言おうと思っていたアンリは、返す言葉を失った。遠慮する必要はないが、それでもアンリには勝ちを譲るつもりが毛頭ない。負けるとわかっていて出たくないというのが二人の希望なのであれば、アンリには二人に出場を勧めることはできない。
ロブが変な賭けを持ち込んでこなければ、二人にこんな思いをさせることもなかったのに。
ロブへの恨みがまた沸々と湧いてくるが、一方でその賭けを二つ返事で了承したのもアンリだ。そうでなくては収まらない状況であったとはいえ、もう少し周囲に影響しない方法を模索しておくべきだった。
「……ごめん、二人とも」
思わず謝ったアンリに「何を言っているのですか」と、肩をすくめたのはイルマークだ。
「そもそも私たちは中等科学園生ですよ。普通なら、一般の部ではなく中等科学園生の部に出るものです。私はそちらに出場するつもりなので、気にしないでください」
えっ……と驚きの目で彼を見遣ったのは、アンリだけではない。寮でのイルマークのルームメイトであるハーツですら、初耳だという顔をイルマークに向けていた。
「なんだ、それ。聞いてないぞ」
「言ってませんからね。聞かれたのも初めてですし」
しれっと澄ました顔で応じるイルマーク。
そんな薄情な、とハーツは顔を歪める。「せめて俺には話してくれたって良かっただろ」とハーツが泣きそうな声で訴え始めたところで、イルマークはようやく、堪えきれないといった調子で笑い出した。
「冗談ですよ。今思い付いたんです。思い付いたばかりだから、まだ話していなかっただけですよ」
模擬戦闘大会にはルームメイトのハーツをはじめ、マリアもアイラも出場する。当然アンリも。そんななか、何もしないのはつまらない。それなら……という単純な思い付きだったらしい。
「でも、意外と悪くないアイデアではないでしょうか。ここの皆がいないのであれば、優勝も夢ではありませんからね」
「いいね。僕も出てみようかな」
イルマークの話にウィルが乗る。ところが途端に、イルマークは眉をひそめた。
「やめてくださいよ。ウィルが出てしまったら、優勝が難しくなるではありませんか」
模擬戦闘大会に出るかどうかはともかくとして、ウィルは防衛局での研修を受けることに決めたという。
夜、寮の自室で寝る支度をしながら、ウィルはアンリに言った。
「最初は防衛局に就職を決めるならという話だったんだけど、今の段階で将来を決めるのは難しいだろうからと、ロブさんが要件を緩和してくれたんだ」
ロブが学園にいたとき、ウィルをはじめ数人に対して声をかけていた、防衛局戦闘部における定期的な研修。その最終的な目的がアンリを防衛局に連れ戻すことであるということを、アンリはロブから直接聞いている。そのことは、ウィルにも伝えてある。
しかし、それでも構わないとウィルは言った。
「正直、僕自身の力を認めてくれたわけではないと思うと、ちょっと癪ではあるけどね。でも、利用できるものはなんでも利用したいって思うんだ」
ロブの思惑がどこにあろうと、結果的に魔法力向上を手助けしてくれるというのであれば、それで構わないのだとウィルは言う。
「魔法力を高めるために、できることはなんでもやってみたいと思うんだ。機会があるなら、チャレンジしてみたいと思って……最終的に防衛局に就職したいと思えるかどうかは、まだわからないけどね」
ちなみに三年生のスグルも、ウィルと同様に防衛局での研修に参加することを決めたらしい。こちらは卒業後に防衛局に戦闘職員として就職することを希望しているという。
同じく三年のサニアは研修参加を断ったそうで、やはり戦闘職よりも研究職への関心が高いようだ。それでも良いから研修だけでも参加してみないかとのロブの誘いもきっぱりと断ったとのことで、彼女の研究職への熱意と潔癖な性格とがよく表れている。
アンリにとって意外だったのは、アイラも誘いを断ったということだ。アイラなら戦闘魔法の訓練ができる機会を逃すことはないだろうとアンリは思っていた。ところが彼女は「私には既に師がいますから。今は、師から指導を受ける時間を優先します」と断ったらしい。
彼女は幼い頃から家庭教師の魔法指導を受けているはずなので、おかしな言い分ではない。しかし、彼女はこれまで家庭教師のことを「師」と呼んでいただろうか。もしかすると、新たな先生を見つけて指導を受けているのかもしれない。模擬戦闘大会で対戦するにあたっては要注意だ、とアンリは改めて気を引き締めた。
「そういうわけで、僕は時々防衛局に行くことになったから」
ウィルが研修に参加するにあたって、模擬戦闘大会への出場は条件とはされていないらしい。それでウィルは、研修への参加を決めたという。
ロブからの個別指導を受ける生徒たちと、防衛局での研修に参加する生徒たち。ロブの中でそこにどういう区別を設けているのかはわからないが、もしかすると、公式行事の準備もあって忙しいスグルへの配慮かもしれない。だとしたら、ロブにもアンリ以外の生徒に配慮するだけの心はあるということだろう。ロブと関わることを、過剰に心配することもないのかもしれない。
「わかった。それがウィルのためになるなら、良いと思う。研修先は首都にある本部だよね? あとで食堂のおすすめメニューを教えるよ」
「ほんと? 助かる」
そんな話で笑いつつ、アンリはふと考える。
そもそも、ウィルが防衛局での研修に参加したいと思う理由は、一体どこにあるのだろうか。
将来の進路を「防衛局の戦闘職員」とほとんど一本に決めているらしいスグルなら、防衛局の研修に参加したいというのもわかる。しかし、ウィルは道を防衛局に定めたわけではないらしい。それでいて日常的なアンリの指導だけでは足らず、防衛局での研修も受けたいと言う。
「ウィルって、何のためにそんなに魔法力を上げたがってるんだ?」
アンリの素朴な疑問に、ウィルは決まりが悪そうに苦笑した。「そうだなあ……」と言葉を選ぶ間を置いてから、やや迷いのうかがえる声色で続ける。
「アンリには話しておこうかな。でも、恥ずかしいから誰にも言わないでくれる?」
そんな前置きと共に、ウィルはようやく自身の将来に向けた話をしてくれた。




