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 翌日の昼休み。学園内の掲示板で、模擬戦闘大会の景品が発表されていた。アンリはウィルとマリア、エリック、イルマーク、ハーツといういつものメンバーと共に、その掲示を覗き込む。


「一般の部だと準優勝の景品が魔力貯蔵用の魔法器具で、優勝はドラゴンの鱗か。なんだか今年の景品はたいしたことないね」


「……アンリ君。それ、ほかの人に言ったら怒られるからね」


 アンリの他愛のない言葉を、エリックが呆れたように窘める。アンリは「あっ」と口を押さえた。魔法器具もドラゴンの鱗も、たいしたことのある景品だったか。


「アンリらしいね。ココア一年分には惹かれても魔法器具とその素材には興味がないなんて」

「興味がないというより、アンリには当たり前すぎて価値がわからないのではありませんか」

「アンリって、普通とはものの考え方がずれてるもんなあ」

「さすがはアンリ君だよねえ」


 ウィルにイルマーク、ハーツ、マリア。全員から散々に言われて、アンリは肩を落とす。


 昨年の模擬戦闘大会の景品は、主催者であったサニア・パルトリが実家の営む有名な菓子商店の商品を用意していた。ココア好きのアンリにとって、ココア一年分という景品は大変魅力的なものだった。しかし模擬戦闘の大会に出ようという武闘派の猛者たちには、もしかすると不評だったかもしれない。


 一方で、今年の景品であるドラゴンの鱗と魔力貯蔵用の魔法器具は。


 魔力を貯める性質を持ったドラゴンの鱗は、戦闘用の魔法器具の素材として有名だ。しかし稀少でなかなか手に入らないことから、既製品で使われていることはほとんどない。受注生産の製品に使われることが多く、魔法器具を使った戦闘に心得がある者にとって、いつかドラゴンの鱗を使った自分専用の魔法器具を持ってみたいというのは、共通の夢のようなものだ。


 それから、魔力貯蔵用の魔法器具。これはドラゴンの鱗ほど稀少な物ではなく既製品も多く売られているが、高性能のものとなると一般人が手に入れるにはなかなか高価だ。景品としてもらえるとなれば、垂涎の的だろう。


 もちろん、こうした素材や魔法器具を自分で使わないという者には、売り払うという選択肢もある。ドラゴンの鱗も魔力貯蔵用の魔法器具も、売ればそれなりの金額になるはずだ。使わない者にとっても価値のある、魅力的な景品だと言える。


「それにしても、この景品ってどうやって用意したのかな? 魔法器具はともかくとして、ドラゴンの鱗なんて、お金があってもそうそう手に入るものじゃないでしょ?」


 マリアが疑問を口にするのにあわせて、ほかの四人も「たしかに」と首を傾げる。

 そんな中で一人アンリだけが、きょとんと別の意味で首を傾げていた。


「え、ドラゴンの鱗なんて、一枚くらいならすぐに手に入るだろ?」


「は?」


「巣に行けばたいてい落ちているし。ドラゴンがいない隙を見計らって拾ってくればいいだけだから」


 アンリの言葉に、マリアたちは深いため息を漏らした。「そういうことを言うからズレているって言われるんだよ」とウィルも呆れ気味だ。


 だが、これにはアンリにも言い分がある。自分から積極的に話題にしたくはないが、これが一番あり得る話のように思えるのだ。こんなことを思いついてしまったことに嫌気が差して、アンリは仏頂面で言った。


「別に、主催者の先輩が自分で拾ってきたとは言わないさ。だけど、上級戦闘職員なら鱗拾いにも慣れてる。つい最近までいたじゃないか。そういうのを気軽に頼める……というか、積極的にやってくれそうな上級戦闘職員が」


 不機嫌なアンリの言葉に、周りの五人はようやく納得した様子を見せた。






 昼休みの終わりに、アンリは模擬戦闘大会の参加申込書を出すため二組の教室に顔を出した。主催団体の代表であるリディアは、アンリの用件を聞いてぱっと顔を輝かせる。


「出てくれるの? 良かった! やっぱり、良い景品をそろえた甲斐があったかな。ロブ先生には感謝しないとね」


「ロブ先生?」


 聞き捨てならない言葉に思わず問い返すと「景品を提供してくれたの」と、アンリの予想通りの言葉が返ってきた。


「最初は、出場してほしいってお願いに行ったのよ。そしたら、魔法戦闘を生業にしている身だから出られないって断られちゃって。でもこのあいだ改めて連絡があってね。出られない代わりに景品を提供するから頑張ってって、言ってもらったの!」


 リディアは誇らしげに、そして嬉しそうに満面の笑みで語る。彼女の喜びに水を差すのは悪いからと、アンリもなんとか愛想笑いで話に応じた。けれど内心では、ロブに対する怒りと呆れとが渦巻く。


 ロブがリディアに連絡を入れたのは、きっとアンリと約束を交わしてからのことに違いない。模擬戦闘大会でアンリに優勝させないために、高価な景品で強者の出場を促そうとしているのだろう。


 細かく手の込んだロブのやりようには呆れるほかないが、純粋に喜ぶリディアを見ると、ロブへの怒りが増してくる。


「……別に俺は、景品が欲しくて出るわけじゃないよ」


 どうしてもこれだけは言っておきたいと思って、アンリははっきりと告げる。リディアは「そうなの?」と意外そうに首を傾げた。


「今日申し込んでくる人は皆景品が目当てのようだったから、てっきりそうかと思ったのに」


「俺は違うよ。……でも、どんな人から申し込みがあったの?」


 あわよくば対戦相手の情報を得られないだろうか。そう思って、アンリはそれとなく尋ねた。しかし、アンリの思惑などばればれだったのだろう。リディアは「ふふっ」と面白そうに笑みを溢す。


「だめだよ。他の出場者のことは、明かさない約束なの。本番当日の楽しみに取っておいて」


 やっぱりだめか、とアンリはため息をついた。






 午後の授業が終わって魔法工芸部の作業室へと向かい、いつも通り作品づくりを始めようと作業台の前に立ったアンリのところへ、部長のキャロルが珍しくにこりともせずに現れた。


「アンリさんって、今年も模擬戦闘大会に出るのよね?」


「は、はい……そのつもりですけど」


 昼休みに参加申込書を提出したばかりだ。一応、申込み後の辞退もできると説明は受けているが、ロブとの話があった以上、出場しないわけにはいかない。模擬戦闘大会の一般の部で優勝することが中等科学園在籍の条件なのだから、参加辞退はそのまま退学を意味する。中等科学園に通い続けたいアンリにとって、大会に出ないという選択肢はないのだ。


 もしかして、ロブはキャロルに対してまで何か手を回したのだろうか。そんなことを危ぶんでアンリが「どうかしましたか」と慎重に尋ねると、キャロルは作業台にぶつかるのではないかと心配になる勢いで、大きく頭を下げた。


「お願いっ! 私、優勝景品になっているドラゴンの鱗が欲しいのよ! もし優勝できたら、私に売ってくれないかしら? ……ううん、是非とも優勝して、私にドラゴンの鱗を売ってちょうだい!!」


 時折上目遣いにアンリの様子を窺いながら、キャロルは必死の様子で言う。ぎょっとしたのはアンリばかりではない。作業室にいる魔法工芸部の面々も、驚いた顔でキャロルを見る。注目が集まるのを感じて、アンリは慌てた。


「……ちょ、ちょっと部長。とりあえず頭を上げてください。なんでそんなこと俺に頼むんですか」


「だってドラゴンの鱗よ!? あんなに貴重なもの、お金を積んだってなかなか手に入らないんだから!」


 顔は上げたものの、キャロルは今にも泣き出しそうな必死さでアンリに訴える。「そうじゃなくて」とアンリもつい大きな声で返してしまった。


「なんで俺なんですか! 模擬戦闘大会に出るのは俺だけじゃないですって!」


「だって、アンリさんは去年優勝してるじゃないの! 私の知っている中で一番優勝できそうなのはアンリさんよ!」


 おだてているのか本気なのかはわからないが、キャロルは力強く言う。キャロルの言葉に周囲が一瞬ざわついた。どうやらアンリが昨年の優勝者であることを知らない部員がいたらしい。しまった、とアンリは思ったがもう遅い。周りの視線は今やキャロルだけでなく、アンリにも注がれている。 


 今度の模擬戦闘大会で、アンリには優勝以外の道はない。けれどもそれによって目立つことは避けたいのだ。それなのに、これでは部活動の皆がアンリの成績に注目してしまうかもしれない。


「え、ええと、部長……それはちょっと言い過ぎというか」


「言い過ぎじゃないわよ! ねえ、お願い! 次の作品のために、どうしてもドラゴンの鱗が欲しいのよ」


「あの、まあ……景品については、何かもらえたら部長に譲ってもいいですけど……」


 キャロルに気圧されてアンリがそう答えると、周りからの視線がまた一層強くなった。今度はなんだとアンリが周囲を見回すと、作業室にいる者たちが皆、ぎょっとした顔でアンリを見ている。


 なぜそんな顔をするのか、何かまずいことを言ったかと慌てるアンリの横から、イルマークが小声で「そんなに簡単にドラゴンの鱗を譲るなんて言ったらダメですよ」と忠告してくれる。


 しかし、言ってしまった言葉をなかったことにはできない。顔を上げたキャロルが、ぱあっと顔を輝かせた。周りからの視線とキャロルからの視線。二者から逃げるように、アンリはきょろきょろと辺りを見回して助けを求める。


 すると都合良く、作業室の入口の扉が開いた。入ってきたのはコルヴォ、サンディ、ウィリーの一年生三人組だ。


「そ、そうだ、部長。ええと、あっちの三人にも頼んでみたらどうですか。コルヴォたちはロブ先生から魔法の指導を受けるらしいですし、俺よりあっちの方が、優勝の可能性があるかも!」


 アンリの必死の訴えに、キャロルは「えっ、そうなの!?」と驚きに目を見開いて、今入ってきたばかりの三人のほうへと向かった。同時に周囲の興味も三人に向いたようだ。ロブからの指導という言葉に驚きを見せる面々もいた。


 自分に注目する視線が減って、アンリはほっと息をつく。根本的な問題は何一つ解決してはいないが、ひとまず皆の視線を逸らすことはできた。


(……このまま皆、俺のことを忘れてくれたらいいんだけど)


 そう上手くいくだろうかという僅かな不安には目を向けないようにして、アンリは気持ちを落ち着けるため、作品づくりを始めることにした。

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