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 隊長室で応接用の椅子に座って天井を仰ぎ見ながら、アンリはこれからのことを考えていた。隣でマラクが、キュイキュイとアンリを気遣うように鳴く。その頭をおざなりに撫でつつ、アンリは深くため息をついた。


「……なんで俺、あんなこと言っちゃったんだろ」


「アンリ、こんなところでいつまでもくよくよするな。決まったことは仕方ないだろう」


 執務用の机で分厚く積み重なった書類に一つずつ目を通しながら、隊長がちらりとアンリに目を向けて言った。最初こそ同情する気配も見せていたが、いつまでも居座るアンリがだんだん鬱陶しくなってきたのだろう。


「学園に戻って、交流大会の準備でも進めたらどうだ。まだ負けると決まったわけじゃないんだから」


「『まだ』とか言わないでください。意地でも負けるつもりなんてありませんよ。俺の学園生活が懸かっているんです」


 仰向けていた顔をぐいっと前に戻して、アンリは威勢よく言った。急なアンリの動きに反応して、横にいたマラクがびくりと身体を震わせ、緊張した様子で羽根をバサリと広げる。アンリはギョッとして、マラクの頭を撫でていた手を引いた。


「ご、ごめんマラク。大丈夫だから、そんなに興奮しないで。……あ、そうだ隊長。交流大会にマラクを乱入させるのはどうですかね。騒ぎが起きれば、模擬戦闘大会が中止されるかもしれない」


「アンリ、お前な……発想がロブと同じだぞ」


 ですよねえ、とアンリは再びため息をつく。






 アンリを連れ戻すためなら事件を起こすことも厭わない。


 そう言ったロブに対して、アンリは言葉による説得を諦めて、魔法戦闘による決着を申し出た。これならロブも喜んで飛びつくだろう、そう期待したのだが、そこはアンリの読みが甘かった。


 ロブは言った。それはフェアじゃない、と。


「魔法戦闘なんて、普通にやったらお前が勝つに決まってんだろ。その話を受けるってことは、学園に残ることを認めるのと同じだ」


 もちろん、一番隊の副隊長を務めるロブの魔法力は決して低くない。魔法力の高さでは、防衛局内で五本の指に入るはずだ。


 だが、比べる相手が悪すぎる。アンリの魔法力は、確実に防衛局でトップだ。条件無しの魔法戦闘なら、アンリは誰にも負けはしない。いくら魔法戦闘が趣味とはいえ、彼我の実力差も忘れて大事を賭けるほどロブは浅慮ではなかった。


 しかしロブも、話し合いで結論が出ないということには理解を示したようだ。アンリとロブとで直接行う魔法戦闘の代わりに、と別の案を提示してきた。


「交流大会で、模擬戦闘大会というのがあっただろう。あれの一般の部でアンリが優勝できれば、中等科学園に残ることを認めてやる。これでどうだ?」


 直接の戦闘で済めば楽だったのに……そう思いはしたが、フェアじゃないというロブの主張ももっともだ。そして多少ハードルは上がるが、要は模擬戦闘大会で優勝すれば良いだけ。つまり、昨年と同じ結果を出せば良いだけだ。

 このまま不毛な話し合いを続けるよりは有意義だろう。そう思って、アンリはロブの出した条件に同意したのだった。


 同意した条件が厳しいものであることにアンリが気づいたのは、隊長室に戻って事の次第を報告し、呆れた隊長に「まんまと口車に乗せられたな」と指摘されたときだ。


「担任の先生の目が厳しくなったから魔法の使い方に気を付けようって言っていたところじゃなかったか? 魔法器具で誤魔化すこともできないんだろう? それでエイクスさんに勝てるのか?」


 隊長の言葉にアンリははっとする。


 レイナに怪しまれないよう、魔法の質を落とさなければならない。アンリもそのことは理解していたつもりだ。だが、対戦相手のことは頭から抜けていた。というよりも、アイラに勝てるくらいの力が出せれば大丈夫だろうと、たかを括っていた。アイラに勝てるなら、ほかの学園生にも勝てるはずだと。


 しかし条件は一般の部での優勝。出場者は当然、学園生に限らない。一昨年の優勝者で昨年も準優勝まで勝ち残った男、エイクス。彼はきっと、今年も出場してくるだろう。


 昨年アンリが彼に勝てたのは、強力な魔法を魔法器具で誤魔化していたため。そして、エイクスがアンリの魔法力を誤解して低く見積り、侮っていたためだ。そのどちらも、今年の大会では期待することができない。


 そのことをすっかり忘れた状態で、アンリはロブの提案をそのまま受け入れてしまったのだ。


 唯一の救いは、防衛局の二大魔法士が出場しないと明言していることか。ロブは以前、出場しないとはっきり言っていたし、隊長は「まあ去年の仮面男も、流石に今年は出ないんじゃないかな」と、重要なひと言を漏らしてくれた。


 それでもエイクスをはじめ腕に覚えのある一般人に、抑えた魔法で勝たなければならないという事実は変わらない。


 隊長の気の毒そうな視線を受けながら、アンリは途方に暮れて頭を抱えたのだった。






 隊長の言うように、決まったことは仕方がない。


 アンリが割り切ってそう思えるようになったのは、そろそろ日も傾き、夕食のためには寮へ戻らなければならないとなった頃合いだった。


 立ち上がってマラクに別れの挨拶をしつつ、アンリは執務机で書類を睨む隊長を見遣った。


「今日は帰ります。また、相談に来るかもしれないですけど」


「……相談なら良いが、今日のように愚痴を言うだけというのはもう勘弁してくれ。こっちだって、暇じゃないんだ」


 隊長はアンリのほうをちらりとも見ずに言う。冷淡にも見える態度だが、昼過ぎからこれまで延々とアンリの愚痴に付き合わされていたことを考えれば、それこそ仕方ないだろう。


 気まずく思いながらも、アンリはなんとか評価の挽回を試みる。


「大丈夫です。要は、エイクスさんに勝てれば良いんですよね。そのための策を考えて、行き詰まったときには相談に来ます」


「わかっているならいい。……まあ、相手が彼だけではないことも、ちゃんと頭には置いておいたほうが良いだろうけど」


 ようやく隊長が顔を上げて、アンリに目を向けた。


「気をつけろよ、相手はロブだ。自分が出ないと言っても、何をしてくるかはわからないからな」


 そうなんだよなあ、とアンリは交流大会に向けて、不安が増していくのを感じていた。






 次の授業の日の朝に、アンリはさっそくロブの狡猾さと行動の早さとを感じることになる。


「アンリさん! 俺たち、ロブ先生の指導を受けられることになりました!」


 いつもの朝の魔法訓練で、中庭に集まった一年生三人はキラキラと目を輝かせていた。三人を代表して、コルヴォが元気よく事情を説明する。


「昨日街中で、偶然ロブ先生に会ったんです! 時間があるからって、学園生活のこととか魔法のこととか、色々と話を聞いてくれて。それで俺たちが、一年の間は魔法実践の授業がないのがつまらないと言ったら、真剣に考えてくれたんです。で、もちろん毎日というわけにはいかないけれど、数日に一度なら魔法を見てくれるって、言ってくれたんです!」


 興奮した様子のコルヴォを前にアンリは「へえ、良かったね」と白けた言葉しか返せない。横ではウィルが苦笑している。


 アンリがロブと交流大会の話をしたのが一昨日。つまりその翌日に、ロブは偶然アンリの後輩たちに会い、たまたま話題に上がった魔法教育の現状に同情し、社会貢献として魔法指導を申し出たということか。


 偶然のわけがない。どうせこれも、アンリを連れ戻すための作戦に決まっている。


 案の定、コルヴォは交流大会のことも口にした。


「とりあえず、交流大会までは見てもらえることになりました。で、力試しに、交流大会で模擬戦闘大会に出てみるようにって言われているんです。その結果で、今後の指導をどうするか決めるからって」


 どうやらロブは自分が模擬戦闘大会に出ない代わりに、自分が指導した面々を大会に送り込むつもりらしい。


(……本当に、面倒くさいことばかりする人だな)


 アンリが優勝するかどうかを大人しく傍から眺めていればよいものを。どうしても自分が関わらないと気が済まないらしい。それだけアンリに執着しているということだろうが、アンリにとっては迷惑なばかりだ。






 これから交流大会までの期間、いったいロブからどんなちょっかいを受けることになるのだろう。


 模擬戦闘大会の本番に至る前にも悩むべきことが多そうだと、アンリは改めて、深く大きなため息をついたのだった。



やや短めですが、第8章はここまでになります。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

引き続き第9章もお付き合いいただけると嬉しいです。

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