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「中等科学園が楽しいことはわかるんだよ。俺だって通ってたし、そのときの友達で今でも付き合いのあるやつは何人かいる」


 ロブの言葉を意外に思って、アンリは目を丸くした。普段から魔法のことしか考えていないように見えるロブに、防衛局の外に親しい友人がいるとは。本当に上手く付き合えているのだろうか。

 アンリの反応に、ロブは苦笑する。


「俺だって、相手によって接し方は変わるさ。……学園での俺を、気味が悪いと思ってるだろ。でも、あれだって特別に演技をしているわけじゃねえからな。外の仕事じゃ、だいたいあんなもんだ」


 聞けば防衛局の仕事でも、戦闘に関わりのない折衝の場面では大抵あんな顔をしているのだという。あの嘘くさい顔でよく人の信用を得られるものだとアンリは呆れるが、そもそも素のロブを知らない限りは、あれを嘘くさいとは思わないのかもしれない。


「アンリだって、孤児院の兄弟に接するときと俺たちに接するときとじゃ、違う顔をするだろ? あるいは学園で先生に接するときと、友達と接するとき。それと同じだ」


 同じと言われても……とアンリは戸惑う。たしかにアンリも、防衛局で年上に対して接するときは、丁寧に喋ろうと心掛けることくらいはする。それで口調も少しは変わるだろう。


 しかしロブほど極端に、性格まで違って見えるほどの変化はないつもりだ。


 困惑するアンリを無視して、ロブは「とにかく」と続けた。


「学園が楽しいという気持ちはわかる。だが俺は、アンリには防衛局に戻ってきてほしいと考えている。だから、どうしたらアンリが戻る気になるかを色々と試していたんだよ」


 まずは、そもそもアンリが本当に自らの意思で学園に来ているのかを確かめること。これが中等科学園への潜入前、寮を訪ねたときの目的であったという。中等科学園への在籍がアンリの意思でなかったなら、話は早い。隊長を強く責め、命令を撤回させれば良いだけだ。


「ちょっと待ってください。その流れに、あのときの魔法戦闘は要りませんでしたよね?」


「何言ってるんだ。俺とお前の仲じゃないか、あんなのは挨拶のうちだろ」


 寮の応接室で魔法戦闘を繰り広げるという危険行為を、挨拶で済ませるとは。真面目に話す気になったといっても、ロブはロブだ。そのことを改めて実感し、アンリは頭を抱えた。

 アンリの反応に構うことなく、ロブは話を続ける。


「まあ、学園生活は楽しいからな。お前が戻りたがらないってのは半ば予想していた。だから次に、お前がどうして中等科学園にこだわるのかを探るために、講師として学園に潜り込むことにしたんだ」


 授業でのアンリの様子。学園でのアンリの魔法の使い方。アンリがどんな交友関係を築いているのか。昼休み、授業後、寮での過ごし方。


「アンリが魔法工芸に興味を持っているってのは、予想外だった。あと、意外とお前、面倒見がいいんだな。後輩への魔法指導なんて、様になってたじゃないか」


 そんなふうに観察されていたとは。そう思うと今更ながら恥ずかしくなってきて、アンリは黙り込む。


「それでまあ、アンリがその全部を楽しんでいるんだなってのはよくわかった。それに、魔法指導なんかは、前よりも上手くなったんじゃないか? 楽しんでるだけじゃなくて、それなりに有意義な面もあるってことは認めるさ」


「だったら……」


「だがそれでも、アンリは防衛局に戻るべきだ」


 アンリの言葉を遮って、ロブは力強く言った。


「まず、指導力が伸びたところでアンリ自身の魔法力が伸びるわけじゃない。中等科学園なんかじゃ、お前の魔法力は伸ばせない」


 たしかに、ロブのこの言葉は正しい。魔法力の伸ばし方には様々あるが、一番有効なのは自身の全力を発揮したうえで、更にその上を目指すことだ。魔力貯蔵量を増やすにせよ、魔法の制御力を上げるにせよ、より高度な魔法を覚えるにせよ。いずれにしても、基本的なやり方は同じだ。

 しかし中等科学園には、アンリの全力の魔法力を受け止めるだけの設備がない。つまり中等科学園では、アンリの魔法力を伸ばすことはできない。


 だが、そもそもアンリは、自身の魔法力をこれ以上向上させたいとはあまり思っていないのだ。ただでさえ人間離れした魔法力を、これ以上磨き上げてどうしろというのか。


 魔法力を伸ばそうと思っていないのだから、中等科学園に在籍し続けることにも何ら問題はない。アンリはそう反論しようとしたが、それよりもロブが「それから」とさっさと話を続けるほうが早かった。


「学園じゃアンリは、自分の魔法力や戦闘職員だってことを隠さなきゃいけないんだろ? そんなの窮屈じゃないか。防衛局にいれば、隠す必要もない。もっとのびのびと生活できるぞ」


 これにはアンリも小さく唸った。

 魔法力を伸ばすことには興味もないアンリだが、この言葉には多少の魅力も感じられる。先生や友人に隠し事をしなければならない今の環境をもどかしく感じることは多いのだ。


 一方で、小さい頃から腫れ物に触るような扱いを受けることも多かったアンリにとっては、上級魔法戦闘職員であることが知られていない状況で築く人間関係も、ありがたく貴重で、面白く思えるものだ。


 どちらが良いとも言いがたい。けれど、ロブの言葉が誘惑に思えてしまったことは事実だ。強く反論することもできずにアンリは黙り込む。


 中等科学園を辞めるつもりはないが、ロブの言葉にも一考の価値はあるのかもしれない。そう思わせられてしまった。


 ところが最後に、ロブは肩をすくめて余計なひと言を付け足した。


「まあ、一番は俺の希望だがな。アンリがいない防衛局なんて、つまんねえし」


 それまでロブの言葉をいちいち真面目に受け取ってあれこれと考えていたアンリは、最後のこの言葉で急に考える気力を失った。






「……ロブさん、いい加減にしてください。ロブさんの希望に俺を巻き込まないでください」


「だがお前を巻き込まないと、俺の希望は叶わないんだ。仕方ないだろ」


 肩をすくめて堂々と自己中心的な主張を繰り返したロブは「それでも俺だってちゃんと考えてるんだ」と、親切を押し売りするような口調で言った。


「ただ帰ってこいって言ったって、アンリは帰りたくないだろ? だからアンリが帰りたくなるように、色々と試しているんだからな」


 まず、アンリが中等科学園を離れやすいように、在学中のスカウトというもっともらしい理由を作った。


 それから、アンリが友人関係を継続できるように、アンリの友人たちを防衛局に誘った。研修制度をつくれば、アンリも定期的に友人たちに会えるという算段だ。


「……あいつらの魔法力が高いから誘ったんじゃないんですか」


「いくら魔法力が高くたって、それだけで新しく研修制度を作ってやろうってほど俺もお人好しじゃねえよ。もちろん、生半可な魔法力じゃ研修したって仕方ないから、それなりの魔法力の子を選んだけどな」


 アンリの友人という条件だけならば、もっと多くの生徒に声がかかっただろう。だがさすがに、明らかに実力が見合わない生徒を無理に引き込むことは躊躇ったらしい。


「あとは防衛局の中でちょっと声かけて、魔法工芸ができるように趣味の集まりみたいなのを作れば良いかと思ってるんだが」


「やめてください。そんなの作ったって、俺は入りませんよ」


 少なくとも卒業までは防衛局に戻らないつもりなのだ。アンリのためなどという理由でそんなことをされてはたまらない。


 ロブは不思議そうに首を傾げる。


「魔法を存分に使える環境があって、友達とも会えて、趣味だってできるんだぞ? いったい何が不満なんだ?」


「不満に決まってるじゃないですか。本気で言ってるんですか」


 アンリにとって友達とはウィルとアイラのことだけではないし、魔法工芸が楽しいのはロイやキャロルといった先輩たちや、アナやランメルトといった店の人たちとの関係もあるからだ。似たようなものを形ばかり防衛局に用意しましたと言われたところで、それで良しとするわけがない。


 そもそも根本的に間違っているのは、友人関係だとか部活動だとか、そういう部分を取り出して、アンリの学園生活の楽しみを理解したつもりになっていることだ。


 授業で学ぶこと。同年代の中に混じること。先生の指導を受けること。後輩たちに魔法を教えること。友達から勉強を教わること。昼休み中の他愛のないお喋り。朝晩や休日の寮での暮らし。

 そういった生活の全てが、アンリにとっての中等科学園での楽しみだ。部分に分けて取り出せるものではない。


 アンリがどうしても折れそうにないことを悟ったのか、ロブも深くため息をついた。


「……一体どうしたらお前は、防衛局に帰ってくる気になるんだ」


「どうしたってなりませんよ。もう諦めてください」


「あれか? どっかのテロリストを焚きつけて大事件でも起こせばいいのか? アンリがいなきゃなんねえ問題が起これば、隊長も考えが変わるだろ」


「笑えない冗談は止めてください」


 不謹慎なことを言い出したロブを、アンリは強く睨む。


 たしかにアンリの力がなければ解決できないような事件が起これば、隊長もアンリを呼び戻さざるをえないだろう。現に中等科学園に入学してからこの一年半の間でも、アンリは数回、防衛局の任務に駆り出されている。


 しかし、アンリを連れ戻すというそれだけのために事件を起こす? 冗談にしても、国を守る人間が言って良いことではない。


 一方でロブも、強気な笑みを浮かべてアンリを見返した。


「冗談だと思うか? 俺としては、それくらい本気なんだとわかってもらいたいところだけどな」


 さすがのロブでも、こんなことのために本気で事件を起こすほど人でなしではないだろう。ただ、単なる冗談として無視できる話でもないのかもしれない。

 常識外れなことをするのも厭わない。それほど本気で、アンリに戻ってきてほしいと思っているということ。


 そんなロブを、どうやって諦めさせるべきか。


「……わかりました」


 できれば話し合いで解決したい。隊長にも、平和的に解決するようにと言われた。


 しかし、アンリにはだんだんと、ロブを言葉で説得することが無理難題に思えてきた。いくら話しても、互いに譲れない一線があまりにもかけ離れているのだ。


 そうなればもはや、実力行使しかない。


「それならこれから訓練場に行って、模擬戦闘をしましょう。ロブさんが勝てば、俺は大人しく防衛局に戻ります。その代わり俺が勝ったら、卒業までは中等科学園にいさせてもらいますよ」


 アンリのそんな提案に、ロブはにやりと笑った。

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