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隊長の話によると、どうやらロブにはアンリを連れ戻す以外の目的はないらしい。
「中等科学園生のスカウトなんて、俺が指示するわけないだろう。そんなことしなくても、ちゃんと毎年優秀な人材が集まってくれている」
と、これが隊長の言い分だ。ロブは「仕事」と言っていたが、隊長からの指示というわけではないそうだ。
しかし、それではロブが勝手に「仕事」と騙っているだけかといえば、そういうわけでもないらしい。
隊長はアンリの前に、一冊の薄い冊子を放って寄越す。表紙にはロブの雑な字で「企画書」と書かれていた。
「アンリが中等科学園に通っていることを知らせたら、散々文句を言った挙句、翌日にこれを出してきたんだ。内容は一応まともだから通したが……タイミングからして、アンリを連れ戻すために作ったものであることは間違いないだろうな」
表紙をめくると、中には「将来の人材確保を見据えた実証実験」とのタイトルで、細かい文字が並んでいる。
今でこそ優秀な人材が自然と集まる防衛局だが、職業選択が多様化するなか、今後も同じ状況が続くとは限らない。就職先としての防衛局の人気が低迷した場合にも継続して優秀な人材を確保する方法について検討するための実証実験を提案するーーおおむね、そんなことが書かれている。
つまりロブが中等科学園でやっているのは隊長からの指示による仕事ではなく、自ら企画した実験を自ら実行しているだけということだ。
それでも隊長に提出して認められた正式な企画だから、「仕事」と言っても嘘ではない。
「そんな企画書を作ってきて、中等科学園との調整も全て自分一人でやると言うから。ちょうどあいつに任せるような仕事もなかったし、好きにしろと言ったんだ」
「なんでそんなこと言っちゃうんですか」
「どうせ止めたところで、別の方法を考え出すだけだろうさ」
そう言って隊長は、開き直った様子で肩をすくめる。
たしかに隊長の言うことにも一理ある。これを認めなければ、ロブはまた別の手段でアンリに近づこうとしただろう。それがもっと過激な手段であった可能性も否定はできない。
「……でもロブさん、わりと真面目そうにやってますよ。生徒には優しいし、指導は的確だし。それこそ、本当に学園生のスカウトが目的なんじゃないかって思えるくらいです」
これがアンリにとって、一番ひっかかっているところだ。アンリを連れ戻すことだけを目的としているにしては、ロブは中等科学園での指導の仕事に熱心すぎるように見える。的確な指導ができているのは、生徒一人一人の魔法の習熟度を理解しているからだ。そしてその理解は、一人一人の魔法を真面目に観察しなければ得られないもの。ロブは、少なくとも魔法という分野においては、本職の教師に負けず劣らず生徒たちに真剣に向き合っているように見える。
しかしアンリの言葉に、隊長は「はあ?」と呆れた調子で大袈裟に眉を上げた。
「アンリ、何を言ってるんだ。潜入任務はあいつの十八番だぞ。潜入先に自然に溶け込むためなら、あいつはどんなことだってする。お前がそれに騙されてどうする」
隊長の強い言葉に、アンリはこれまでの中等科学園でのロブの様子を思い出す。
アンリからすれば不自然で、けれども一般の生徒たちからは好感を持って受け入れられる爽やかな笑顔。
生徒たちの魔法を全て把握して、的確に指導する熱心さ。
教師からさえ畏敬の念を集めたのは、なにも上級戦闘職員という肩書きのためだけではない。中等科学園生への魔法教育に真摯に向き合っている、その姿勢が認められてのことだろう。
それら全てが、ロブの計算通りというわけだ。
ロブの元々の任務は他国での情報収集活動。諜報員では無いが、それに近い任務をこなすこともある。その経験を、今は中等科学園への潜入に存分に活かしているということ。
生徒たちの魔法を真面目に観察して熱心に指導をすることさえ、アンリの生活する場に潜入するための手段にすぎないのだろう。
「……能力の無駄遣いじゃないですか」
「それだけアンリの連れ戻しに本気だということだろう。……負けるなよ、アンリ」
隊長の無責任な応援に、アンリは深くため息をついた。
しかし、本当に全てがただの潜入の手段なのだろうか。
そもそもロブの行動が、全てアンリのためとは限らない。中等科学園への潜入だって、もしかしたら本当に防衛局の将来を案じてのことで、アンリのことはそのついでかもしれない。
淡い期待を込めたアンリのそんな言葉を、隊長は「ない」と即座に打ち捨てた。
「一昨日だったか。ちょっと遅くなったが、帰国を祝って飲みに行ったんだ。あいつ、アンリの話しかしてなかったよ」
アンリの存在が防衛局にとっていかに重要かということ。アンリの魔法力が人類全体にとって価値のあるものだということ。アンリの力を伸ばすのに必要な環境のこと。アンリを手放すなど愚の骨頂であるということ。
ロブは隊長に対して、延々とそんな話を繰り返したらしい。
「中等科学園の話もしていたが、ほかの生徒の話は少しも出なかったな」
「……ちなみに、学園についてはなんて?」
「思ったよりもアンリが楽しそうにしていたと言っていたよ。それから、学園で学べることもあるんだろうと、それなりに理解はしているようだった」
「それなら」
「ただ、だからと言ってそれを許すわけにもいかない、とも言っていたね」
結局平行線か、とアンリはため息をつく。
アンリとしては、中等科学園での暮らしがいかに楽しくいかに重要かということをロブに理解してもらって、大人しく手を引いてもらいたい。一方でロブは、アンリが楽しんでいることも有意義な生活を送っていることもわかった上で、それでもなおアンリを連れ戻そうと言っているわけだ。
平和的に解決をしたいところだが、このまま互いの妥協点を見つけられなければ、いずれは強硬手段も考えなければならないかもしれない。
「……アンリ、頼むから周りには被害を出すなよ」
アンリの目に不穏な気配を感じ取ったのか、隊長が窘めるように言った。
「まずはロブと、もっとちゃんと話し合え。話せばわかってもらえるとは言わないが、できれば常識的に解決してくれ。……ロブも、もう少しちゃんとアンリの話を聞いてやってくれ」
最後の言葉は、アンリの背後に向けられたものだった。アンリは眉をひそめて振り返る。
部屋の入口の扉に、寄りかかるようにしてロブが立っていた。その口元には、勝ち誇ったような笑み。
気配のひとつも感じることのできなかったアンリは一瞬驚き、そして悔しさに舌打ちした。
ロブを警戒するならば、防衛局の敷地に入るときから隠蔽魔法で自身の気配を消しておくべきだったのだ。
ロブと二人で隊長室を出たアンリは、職員用の会議室に場所を移した。邪魔の入らないところで二人で話し合え、と隊長から放り出された結果だ。
ロブからは副隊長室に来るかと誘われたが、アンリには敵の本拠地に自ら飛び込む趣味はない。しかし自身の個室を持っていないアンリにとって、ほかの選択肢は近くの会議室しかなかった。
十人掛けの会議卓の端の二席を使って、向かい合って座る。
「ウィルたちはどうしたんですか。防衛局を案内していたんでしょう?」
「ちょうど昼時だからな、食堂を案内してきた。アンリも一緒に飯食うか?」
まさか、とアンリは首を振って断った。食事の誘いくらいなら、などと考えてロブのペースに巻き込まれてしまうのが良くないのだ。
聞きたいことを聞き、言いたいことを言う。話の主導権を握っておかないと、いつまで経ってもこちらの主張を聞いてもらえない。
真剣なのだということが伝わるようにと、アンリは真っ直ぐにロブを見据えた。
「ウィルたちのことを忘れていないならいいんです。……ロブさん、そろそろ本気で、何がしたいのか教えてもらえませんか。中等科学園に潜入して、ウィルやアイラたちをこんなところまで連れてきて、一体どうしたいんですか。隊長から聞きました。ロブさんは俺のことしか考えてないって。それが本当だとして、ウィルたちを巻き込むことが、どうして俺を防衛局に連れ戻すことに繋がるんです? まさかあいつらに変なことはしませんよね?」
ロブに口を挟ませまいと、ここまでのことをアンリはほとんど一息で言い切った。そうして、ようやく聞きたいことをロブにぶつけることができたと、ほっと一息つく。
対してロブは突然アンリからいくつもの問いを重ねられて半ば呆然としていたが、ややあって我に返ると、面白そうに笑い出した。
「なんだ、アンリはそんなことを心配してたのか! てっきり、俺に友達をとられて怒ってるのかと思ったよ」
「とられるって……」
「休日だってのにお前のルームメイト連れてきちゃったからな。退屈して、怒ってるのかと思ったんだ」
ロブの言いように、アンリは眉をひそめた。
たしかにウィルのいない一日が退屈であることは事実だ。しかしアンリだって、いつもウィルと一緒に過ごしているわけではない。別行動をする日もある。ウィルがロブに誘われて出かけたからといって、それで怒るわけがない。
むしろ、それで怒ると思われていたことが心外だ。
「ウィルは俺のおもちゃじゃありませんよ」
「悪い悪い。別に、そういうふうに思っていたわけじゃない」
アンリが強く睨んでも、ロブには気にしたふうもなく笑い続ける。
それでもやがて笑いを収めたロブは、少しだけ悩むように首を傾げ、それから急にふわりと柔らかい微笑を浮かべた。普段のふざけた笑いとも、学園で見せる嘘っぽい笑顔とも違う。
どうやら、ようやく真面目にアンリに向き合うつもりになってくれたらしい。
「そうだな。やるだけやってみようと思っていたが、このままじゃ埒が開かない。隊長も話し合えって言っていたことだし、ちゃんと話すか」
最初からそうしてくれと心中では唸りつつも、アンリは余計な言葉でロブの気を削ぐことはせず、そのまま先を促した。




