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 アンリがウィルとともに寮にもどると、入口のところで、寮母のサラサがアンリに手紙を手渡した。差出人にはサリー・ベルゲンの名前がある。友人に見られることを気にしてくれたのだろう、「孤児院」とは書かずに住所のみの記載となっていた。


「その手紙、親から?」


「いや。部屋で話すよ」


 孤児院で育ったことをウィルに隠すつもりはなかった。出会ってすぐならともかく、もうひと月以上同じ部屋で暮らしている。ただ、人のいる廊下でそんな話をして関係のない人にまで情報が広まるのには、さすがに抵抗があった。


 部屋に入ってから、アンリは改めてウィルにアンリの出身の話をした。


「……というわけで、これは俺の育った孤児院の院長先生からの手紙」


「そうだったのか。アンリの姓って、孤児院の先生のものなんだな」


「ああ。俺は完全に捨て子で、家族の姓がわからなかったから」


 孤児院には様々な子供がいる。事故や戦争で両親を亡くした子。何らかの理由で親から預けられた子。虐待などで親元にいられなくなった子。


 元々の名前や家族の情報がわかっている場合には、その名前と家族の姓を名乗る。ところがアンリの場合、川辺に捨てられていたところを保護されたのだが、身元をしめすものは何も身につけていなかったという。


 それどころか、臍の緒もついたまま、隠すように大きな柏の葉をかぶせられていたというから、ここまで生きながらえているなど産んだ本人は知るよしもないだろう。


 ベルゲンという姓は孤児院の院長先生からもらった。アンリという名前は、川辺でアンリを発見した防衛局の職員が付けてくれたものだと聞いている。


「ま、生きてただけラッキーだと俺は思ってるよ」


 話しながら手紙の封を切る。三、四枚の便せんに、サリー院長の几帳面な文字が並んでいた。さっと目を通して「うーん」とアンリは唸る。


「どうかした?」


「いや。悩みを相談していたんだけど。思ったような答えはもらえなかったな」


 相談したのは防衛局の体験カリキュラムに参加すべきかどうかということと、参加するのであれば審査をどう乗り切ろうかということだった。


 アンリの本来の実力をもってすれば審査を通ることなどわけはないが、魔法が人並み以上に使えることを隠している現状で審査を通っては、周りに怪しまれてしまう。そこをどう誤魔化そうかと相談したのだ。


「どんな答えが返ってきたの」


「参加したければ魔法ができることを友達に話せばいいし、参加したくなければそのまま過ごせばいいって書いてあった」


 入学前に魔法力を隠すよう勧めたサリー院長としては、院長の顔を立てずとも、アンリの好きにしてよいということを伝えたかったのだろう。その心遣いは嬉しいが、アンリが迷っていることを決断するための手助けにはならない。


「アンリはどうしたいんだ。参加したいのか、したくないのか」


「うーん。したいか、したくないか、ねえ……」


 先日の実験帰り、ミルナには是非とも参加しろと誘われた。なんなら指名するから審査など気にするなとまで言われたが、そんな目立つことはお断りした。


 体験カリキュラムの行き先がミルナの部署だとわかったことで、参加してみてもいいかという気にはなった。が、それほど行きたいだろうか。


「……興味は、あるかな」


 防衛局でアンリは、戦闘職員として働いていた。ミルナの部署に行くということは、研究職員の仕事を体験できるということだ。先日のように実験の手伝いをしたことはあるが、実験以外の研究の仕事に参加した経験がアンリにはない。どんな仕事なのか、興味はある。


「それなら参加してみればいいじゃないか。大丈夫。ただの体験だし、参加したいって言っている人も、だいたいそのくらいのノリだよ」


「そういうもんか」


「そうそう。まあ、中には自分の能力をアピールしたいっていう人もいるかもしれないけど、一年生の能力なんて、どれだけ見せたって防衛局へのアピールにはならないだろうし」


 それは確かにその通りだ、とアンリは心の中で頷いた。今のところ、少なくとも魔法の実力で防衛局が魅力を覚えるような生徒は、アンリを除けばアイラくらいだろう。そのアイラにしても、先日の実演の魔法が彼女のできる最大限であったとすれば、これからの成長に期待できるという程度である。即戦力になるようなものではない。


「うん。なんだか自信がついた。ありがと、ウィル」


「お礼なんかいらないよ。……代わりに、ちょっとお願いがあるんだ」


 ウィルがにやりと笑った。薄茶の瞳がきらりと輝く。しまった、とアンリが思ったときにはもう遅い。ウィルはアンリに頼みごとをするために、すすんでアンリの悩み相談に乗って恩を売ったのだろう。


 ウィルは善良で優しいルームメイトだが、ときどき狡賢い一面が覗く。しかしアンリがそのことを思い出すのは、いつも罠に嵌まった後だ。


「大丈夫。たいしたことじゃないよ」


 ウィルはにっこりと、善良そうに微笑んだ。

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