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(3)

 孤児院内の食堂での夕食後に隊長から呼び出しを受けたアンリは、小さく舌打ちをした。


 いつか呼び出されると予想はしていたが、なぜ夕食後という時間帯を選ぶのだろう。昼間にしてほしいものだ。


 防衛局が設置運営する孤児院は、防衛局官舎と同一敷地内に所在している。それでも防衛局内には訓練場や武器庫、装備庫などの様々な設備があるから、敷地の端にある孤児院から中央にある防衛局本部棟までは、まともに歩けば十五分ほどかかる。


 一度孤児院に帰ってから再び本部棟まで出向くのは、それなりの手間だ。


 本部棟の隊長の執務室に着くと、アンリは自分の三倍ほど歳を重ねている上官に対して、遠慮なく眉をしかめてみせた。


「用事は昼間に済ませてほしいって、いつも言っているじゃないですか」


「いいじゃないか。アンリの足なら一分もかからない距離だろう」


「時間の問題じゃありません。面倒です」


「まあまあ。これも訓練だと思って」


 とは言うものの、当然、防衛局内の移動くらいでアンリの訓練になるなどと、隊長も本気で思っているわけではないだろう。話し方は、いつもの冗談と同じ調子だ。


「話ってなんですか」


「院長先生から聞いているだろう。来月からアンリは中等科に入学だ。おめでとう」


 想像通りの話の展開に、アンリはため息をつく。サリー院長は上官に話を通してあると言っていた。当然直属の上司である隊長も、この話は承知ということだ。


「そう暗い顔をするな。中等科は楽しいぞ」


「その間、仕事はどうするんですか。俺がいなくて回るんですか」


 ぎくり、と音がしそうな様子で隊長の表情が固まった。やっぱりなとアンリは目を細める。強引なサリー院長に応じざるを得なかっただけで、細かいところまで話が詰まっているわけではないのだろう。


「い、いや、しかしな。中等科には行かせようという話は前々からあってだな」


「ふうん」


「断じて、院長先生の圧力に負けたというわけでは……」


「まあ、俺としてはどちらでもいいですが」


 きっかけや原因がどこの誰にあったかなど、もはや問題ではない。アンリが中等科に通うことは、もはや決定してしまったことなのだ。決定事項に従いながら、いかに被害を最小限に抑えるかが大切だ。


 隊長は咳払いして、話を進めた。


「知ってのとおり首都は子供が少ないから、初等科はあるが、中等科まではない。中等科学園に通うには、近い街でも寮生活になるだろう。だがまあ、俺たちの隊……というか局の総意として、アンリの戦力を失うのは惜しい」


 事ここに至るまでには上層部で様々な意見が出たのだと、隊長は必死に語る。子供の数など気にせずに中等科を創設してしまおうという意見。授業の出席無しに中等科を修了させてもらおうという意見。そもそも中等科は義務教育ではないのだから、行かせなくてもよいのではないかという意見。


 そのすべてをサリー院長に一蹴され、結局、特例無しでアンリを中等科に入学させることになったのだという。


「……それで、アンリにはいったん休職という形を取ってもらうんだが。ただ、申し訳ないが、本当に申し訳ないが、緊急時にはやはり、手を貸してほしい」


「つまり中等科は免除無し。代わりに日常業務免除で、緊急招集のみってことですかね」


「うん、その通り」


「別にいいですけど、俺に選択権はないんですか。退職とか」


「うっ……」


「冗談です。大丈夫ですよ、俺、この仕事気に入ってますから」


 隊長をからかってやや溜飲を下げたアンリは、そのまま部屋を出て孤児院へと戻った。昼間の唐突な話には驚いたアンリの気分も、隊長と話した今では、やや落ち着いていた。アンリは今の職を失うわけでも、今の居場所を追い出されるわけでもない。中等科で四年間を過ごせばもう成人だから、孤児院に戻ってくるわけにはいかないだろうが、引き続き防衛局に籍を置くことは許されるだろう。


 任務のひとつとでも思えばよいかと、アンリは気楽に考えることにした。


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[一言] 「その間、仕事はどうするんですか。俺がいなくて回るんですか」ぎくり、と音がしそうな様子で隊長の表情が固まった。 個人の能力に頼っている弱小組織と言うことなのか
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