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(22)

 魔法を使って首都まで飛び、さらに防衛局まで移動して正門から敷地内に入ったアンリは、さてここから一体どうしようかと首を捻った。この後の行動を、全く考えていなかった。


(ロブさんたちに合流……してもいいけど、ロブさんを喜ばせるだけだよな。隠れて様子だけ窺えれば、それでいいか)


 いずれにせよ、まずはロブたちが今どこにいるのか探らなければならない。アンリは勘を頼りに、戦闘部の訓練場がある棟へと向かう。


「あれ、アンリじゃないか。珍しい」


「リーン兄さん」


 訓練場に向けて歩いていると、通路の向こうから見知った顔がやってきた。アンリと同じ孤児院で育ち、アンリよりも数年前に孤児院を出て行ったリーンだ。今は防衛局で事務の仕事をしている。

 ちょうど良かった、とアンリは足を止めた。


「ロブさんを見なかった? 今日、こっちに来ていると思うんだけど」


「ロブさんって、ロバート一番隊副隊長か? 無茶を言うなよ。俺は顔も知らない」


「え? ……ああ、そっか」


 リーンが顔をしかめるのを見て、アンリは一瞬戸惑い、しかしすぐに納得した。国外で活動することの多いロブは、あまり防衛局本部に顔を出さない。アンリは同じ隊として面識があるが、一般の事務職員が顔を認識していなくても無理はない。制服でなければ徽章も確認できないだろう。


「ええと……あ、そうだ。中等科学園生は見てない? 四人くらいで、防衛局の人が引率していたはずなんだけど」


「ああ、それなら見たよ。アンリと同じ制服だなって思ったんだ。職場見学みたいなやつだろ? 熱心だよなあ」


「それそれ。その人たち、どこに行ったかわかる?」


「今さっき、訓練場のある棟に向かって行ったよ。……え、もしかしてあの引率の人がロバート副隊長だった? 俺、ただの会釈で済ませちゃったんだけど」


 青い顔をするリーンに、アンリは「大丈夫だよ」と苦笑する。


 中等科学園生の前でこそ取り繕ってはいるが、元々ロブは、すれ違う人を魔法戦闘のできる相手か否かで測る魔法狂だ。明らかに魔法戦闘などできなさそうな事務員の態度など、端から目に入っていないに違いない。


 そんな事情を説明するのもリーンには気の毒なので「そういうのは気にしない人だから」と軽く伝えて、アンリはその場を離れた。


 目指すは訓練場。向かってきた方向は間違っていなかったということだ。慣れ親しんだ道を歩きながら、アンリはまたロブの目的について考える。


(普段のロブさんなら、ウィルやアイラのことだって気に留めないはずだ。先輩たちだって、中等科学園生にしては魔法ができるけれども、ロブさんからすれば大したことはない。それをどうして、こんなところまで連れてきたんだ?)


 ロブは仕事の範疇だと言っていた。その言葉を信じるならば、ロブの希望とは全く別に、優秀な中等科学園生をスカウトしようという動きでもあるのだろうか。


(だとしたら、隊長に聞きに行ったほうが早いか? でも、その間にロブさんが何かしないとも限らないし……)


 そうこう考えているうちに、目的の建物にたどり着く。中に入れば大小様々な訓練場が数多く設置されている訓練棟。しかし、外から見れば会議室や執務室のある一般棟となんら変わりはない。


 その建物を少し離れた場所から眺めつつ、さてこれからどうしようかとアンリは再び首を捻った。


 できれば中に入って、直接様子を窺いたい。しかし相手はロブだ。生半可な隠蔽魔法では、すぐに看破されてしまう。中に入るつもりなら、本気で気配を消さなければならないだろう。本気を出して、それでも本当に気付かれずに済むかどうかは、賭けでしかない。


(出てくるのを待とうか。でも、もしも中で何か変なことをしているんだとしたら……あっ)


 目に映った光景に、アンリは思わず大きく飛び退いて傍にあった木の影に隠れた。

 アンリが色々と考えに耽っているうちに、建物からロブの率いる一行が出てきたのだ。


 先頭に立つロブは、いつものように胡散臭い爽やかな笑みを浮かべている。そしてその後ろをついて歩く四人の中等科学園生たちは、明るい顔をしてあれやこれやとロブに話しかけていた。ロブがあちこちの建物を指差しているところを見るに、防衛局の設備やこれから見学する先のことについて話しているらしい。


 そのまま五人は訓練棟を離れて、戦闘職員用の寮として使われている建物へと向かっていく。寮の一階には食堂がある。そろそろ昼時だから、昼食をと考えているのかもしれない。


 追うかどうかをしばし悩んだアンリは、結局尾行を諦めて踵を返した。ロブのことは信用ならないが、四人は楽しそうにしていた。今のところ、大きな害を被ってはいないようだ。何もないなら、こそこそと覗き見するような真似は、むしろ無粋だろう。


(……気になるのはロブさんの狙いだ。これはもう、ロブさんを尾けていたってわかるものじゃない)


 これまで散々、ロブの言動からその狙いを考察しようとしてきた。だが、それでは何も掴めないということが、アンリにもようやくわかってきたところだ。

 アンリはロブたちが向かった寮とは逆の方角、戦闘職員用の執務室のある棟へと足を向けた。






 隊長室の扉を開けると、隊長が楽しそうに、小柄なドラゴンと戯れていた。


「あれっ……アンリか。気付かなかったな」


 ドラゴンに舐められてくすぐったそうにしながら振り返った隊長が、やや慌てたように居住まいを正した。アンリが連絡も無しに訪れるのは珍しいので、予想していなかったに違いない。


「ど、どうした? ずいぶん突然じゃないか。来るとも言ってなかったし」


 なおもじゃれつこうとするドラゴンを押しとどめながら、隊長は気まずそうに笑う。おそらく、アンリが来れば責められるということがわかっていたのだろう。


 そんな隊長を呆れて睨みながら、アンリは部屋全体に防音の結界魔法を張った。隊長室には元々、盗聴防止の魔法器具が設置されている。しかし、この部屋での話が万が一にも外に漏れないようにするには……つまり魔法力の高い職員からの盗聴を防ぐためには、自分で結界魔法を張るのが一番だ。


 そういえばロブが現れる直前にも、こんなふうに盗聴防止の魔法を展開した中で隊長と話をしたのだったか。あのとき魔法を使っていたのは隊長だった。アンリはなぜ隊長がそんな魔法を使うのかも、事の重大さもまだ理解していなかった。

 今ならアンリにも、なぜ隊長がそうしたのかがわかる。ロブなら盗聴くらいやりかねない。そう思えるからだ。


 突然魔法が展開されたことに驚いたのか、隊長の隣でドラゴンが落ち着かなげに羽をバタバタと動かした。しかしアンリが「マラク」と優しく名前を呼ぶと、顔を上げてアンリに目を向け、すぐに大人しくなる。部屋にかかった魔法がアンリのものだと気付いたのだろう。


 マラクは隊長にじゃれつくのをやめて、のそのそと静かにアンリに近寄ってきた。離れている期間が長いのに、アンリを忘れることはないようだ。賢くて可愛いやつだ、とアンリは思わず微笑んだ。


 可愛らしいマラクのそばにいると、気持ちが自然と穏やかになる。


 けれども隊長に対して、その穏やかな気持ちのまま接するわけにはいかない。アンリはマラクと目を合わせて二、三回その首筋を撫でてやってから、気持ちを落ち着けて、改めて隊長を睨んだ。


「……隊長。ロブさんのことを教えてください。中等科学園に来たのは仕事だって言ってましたけど、いったい何の仕事ですか」


 マラクを奪われ、きょろきょろと逃げ場を探すように左右に視線を彷徨わせていた隊長は、アンリの鋭い言葉に観念したように肩を落としてため息をついた。

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