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翌日の魔法実践の授業でもロブは大人しく、アンリにちょっかいをかけるようなことはなかった。部活動の時間も、今度は魔法器具製作部に顔を出すことにしたようで、アンリの前に姿を現すことはなかった。
平和だが、それが逆に不気味でもある。
さらに翌日の朝、集合時間に遅れないようにと早めに寮を出たウィルを見送り、アンリは部屋でロブの狙いをもう一度考え直す。
(これは仕事の範疇だと言っていた。でも、よく考えると仕事の目的が何かまでは言っていなかったな……)
もしも仕事の内容が、中等科学園の視察や、若手のスカウトではなかったとしたら。さすがに誘拐や人身売買のような非人道的なことを目的にしているとは考えにくいが、甘い言葉で学園生たちを誘い出し、言葉とは別の目的のために利用しようとしていることはあり得る。
ロブは仕事に対して真面目だ。しかし、だからこそ仕事の内容によっては、ウィルたちに害が及ぶ可能性を否定できない。
(たとえばミルナさんから、実験に付き合ってもらえる人を探してくるように頼まれてるとかだったら……)
ロブが一人で動いているところを見ると、大掛かりな任務ではないだろう。むしろミルナの実験の手伝い程度のことと考えたほうが、しっくりくる気がする。
(……なんか、皆が心配になってきた)
ミルナも大人だ。たとえロブの協力があったとしても、いたいけな中等科学園生にそうそう無理なことをさせるはずがない。しかし手練手管に長けたミルナなら、無茶なことを無茶と思わせずにいつのまにかやらせてしまうことくらい、朝飯前だろう。
だが、たとえ無茶な実験に付き合わされるのだとしても、怪我をすることはないだろう。非合法の大事件に巻き込まれるわけでもない。皆の安全は保証されているはずだ。
(気にしない。気にしたら負けだ。きっとロブさんは、こうやって俺が変に気にして追いかけてくるのを待ってるんだ……)
今日行かないと決めたのはアンリ自身だし、ロブはそれを惜しむ様子を見せていた。
それでもアンリは、ここまで全てがロブの思い通りなのではないかという疑念を、払うことができずにいた。
寮の部屋に一人でこもっていては、余計なことばかり考えてしまう。
アンリは気を晴らすために、学園に向かうことにした。休日だが、手続きを取れば中には入れる。アンリはあまり行かないが、休日に部活動に勤しむ生徒も多いと聞く。
魔法工芸部の作業室に入ると、数人の部員がいつもの部活動と同じように作品づくりに励んでいた。
「あれ、アンリじゃないですか。休日に来るなんて珍しいですね」
そう言って顔を上げたのはイルマークだ。手元でせっせとつくっているのは、交流大会で展示販売に出す予定のアクセサリーだろう。イルマークはアナの店に置くための細々としたアクセサリーをいくつも製作している。アンリがつくっているような安物ではなく、一つ一つが看板商品として売り出しても良いような、繊細で表情豊かな装飾品だ。
「ウィルが出かけちゃって、暇になったから」
「そういえば、ロブ先生に誘われていたのは今日でしたか」
そうなんだよ、と頷きつつアンリはつくりかけの作品と材料とを棚から取り出して、自分の作業台に広げる。
魔力を込めることによって形の変わるアクセサリー。いくつか種類をつくって納品するつもりでいるが、試作品として店に持ち込んだ物を除くとこれがまだ一つ目だ。ウィルたちのことを心配せずに済む気晴らしということだけでなく、そろそろ根を詰めて作品づくりに努めなければならない時期に来ている。
(とりあえず、今日はこれを仕上げよう。一つできれば、あとは慣れだ。二つ目、三つ目はもっと速くつくれる)
ロブにかまけている場合ではない。交流大会に向けて、部活動に力を入れなければならないのだ。
しかしロブと言えば。部活動の見学の際、未完成のアンリの作品を見て、できあがった物を見てみたかったと言っていなかったか。嘘っぽい口調だったからどこまで本気かはわからないが、本気が含まれていたとすれば、今完成させると学園にいるうちにまた見学に来てしまうかもしれない。あるいは、アンリに見せに来いと言い出すだろうか。
(……まさか。ロブさんが魔法工芸に興味を示すはずがない)
ロブが興味を持つのは魔法のことだけだ。特に魔法戦闘のことに関心が強く、次に魔法全般。魔法戦闘に関わるものとして魔法器具にも少しは惹かれるところがあるようだが、せいぜいそこまでだ。戦闘の役に立たない魔法工芸には、一欠片の興味も抱いていないに違いない。
ただ気になるのは、最近のロブがアンリの思いもよらない行動をとっていることだ。いつものロブなら、と考えていると痛い目を見るかもしれない。
(そうだとしたら、今日のウィルたちのことも……油断させておいて、実はとんでもないことに付き合わせようとしているんだとしたら)
たとえばロブの魔法訓練の相手にするとか。あるいはロブ自身がミルナの実験に誘われていて、その身代わりにするだとか。
いや、それならまだ一時的だから良いだろう。アンリに防衛局に戻るようにと言ったのと同じように、ウィルたちにも、中等科学園を中退して防衛局に入るようにと迫っているとしたら。あるいは今日連れて行ってそのまま留め置いて、アンリが防衛局に戻るまでの人質にするということは、あり得ないだろうか……?
「アンリ、どうしたのですか」
唐突にイルマークから声をかけられて、アンリははっとした。顔を上げ、横の通路からアンリを覗き込むイルマークと目を合わせる。
「え、どうしたって……な、何が?」
「何がって。全く手が動いていませんが。考え事ですか?」
言われて手元に目を落とす。アクセサリーをつくるための素材を作業台の上にいくつか並べて、そのうちの一つを手に持っている。そこで、アンリの動きはぴたりと止まっていた。そういえば、色々と考え始める前にも、持っていたのはこの素材だったように思う。
気恥ずかしさに、アンリは慌てて手に持った素材を作業台に戻した。
「え、ええと……その。まあ、うん、考え事」
誤魔化すための言葉すら浮かばずに、アンリはただイルマークの言葉をそのまま肯定する。そんなアンリを見て、イルマークはため息をついた。
「……アンリも行ったらよかったのではありませんか」
「え、行ったらって……どこへ?」
「防衛局ですよ。気になるのでしょう? ロブ先生や皆のことが」
はっきりと核心を突かれて、アンリはどきりとする。イルマークから見て、アンリの考えはそんなにもわかりやすかったのだろうか。
驚くアンリに対して、イルマークは呆れた調子で肩をすくめた。
「アンリは隠し事も嘘も下手ですね。ロブ先生に教わってきたらどうですか」
「…………ロブさんって、やっぱり何か隠しているように見える?」
「さあ。私から見たらそうは見えませんけど。でも、アンリの話からするとそうなんでしょう?」
アンリから見ると、中等科学園で臨時講師として生徒たちの前に立つロブの爽やかな笑顔はいかにも胡散臭い。けれどもその姿しか知らない皆からすれば、本当に爽やかで明るく親しみやすい人柄に見えるらしい。
ロブを警戒することができるのは、ロブの普段の人柄を知っているアンリだけだ。アンリから話を聞いているはずのウィルやアイラも、心の底から警戒心を持つことなどできはしないだろう。
無警戒の学園生たちに、ロブは何をするつもりなのか。
「……うん。やっぱり俺、行ってくる」
「それがいいと思います。ここにいたところで、その調子ではろくな物はつくれないでしょうから」
何も作業の進んでいない手元を見れば、イルマークの厳しい言葉に反論もできない。
アンリはそそくさと作業台を片付けて、さっさと作業室をあとにした。




