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 防衛局見学というロブの提案を受けるか否かを選択する猶予は設けられたものの、アンリにとって答えは決まりきっていた。


 食堂での夕食を終えて部屋に戻った頃合いでウィルから「アンリはやっぱり行かないの?」と問われたときも、すでに心に決めていた答えを返しただけだ。


「行かないよ。今さら見学なんてしても面白くないし。ロブさんがどんな罠を用意しているかもわからないのに、行きたくないね」


 相手はロブだ。行ったら突然魔法戦を挑まれました、なんてことも十分にあり得る。訓練場の強度を測るためとして、強い魔法を撃ってみろと言われたら。


 あるいはサニアの意向を汲んで、研究部との交流などと言われたら。その場に研究部職員のミルナがいたら、どんな研究の手伝いをやらされるか、たまったものではない。


「ウィルは行ってみたらいいんじゃないかな。学園の訓練室よりもずっと設備の良い訓練場があるから、面白いと思うよ。最近朝の訓練で使ってる的の元になった魔法器具もあるから、どんなふうに使っているのかを見られると参考になるかも」


 朝の訓練でウィルが的撃ちに使っている的は、アンリ手製の魔法器具だ。


 普通の的を使うと、水魔法ではどの部分に魔法が当たったのかわかりにくい。的のど真ん中にちゃんと当たったかどうかを確認したいという、正確さにこだわるウィルならではの要望に応えるために、アンリが独自の的を作った。


 元にしたのは防衛局の訓練場で使われている的だ。魔法の種類、強さ、当たった位置を正確に感知する魔法器具。その機能全てを再現しようとすると物が大きくなってしまうので、必要最低限の機能だけを盛り込んで、アンリが作り直したのだ。


「アンリの解説があったほうが面白そうだと思うんだけど」


「ロブさんだって、きっと色々説明してくれるよ」


 学園生に対するときのロブは、アンリと二人で話しているときよりも話しぶりが丁寧だ。アンリがいようがいまいが、それが変わることはないだろう。


「そりゃあ、そうだろうけど。せっかくだからアンリの話も聞きたかったのに」


「残念だったね。……でもその感じだと、行くのは決定ってこと?」


「まあね。防衛局に入るかどうかなんて決められないけれど、とりあえず見学だけなら、行っておいて損はないかと思って」


 ウィルが前向きに考えていることを、アンリは好ましく思う。ロブのことは気に入らないが、防衛局そのものはアンリにとって馴染みのある、故郷のような場所だ。そこにウィルが興味を持ってくれている。これはアンリにとってありがたく、嬉しいことだ。


「楽しんできてよ。俺は行かないけど、ウィルにとってはきっと面白いと思うよ」


「ずるいなあ、アンリは。……ロブ先生には行かないって伝えたの?」


「いや。これから連絡するつもり。そうだ、ウィルのことも言っておこうか」


 連絡を先延ばしにする意味はないし、そもそも今朝の話がある。元々の原因がアンリにあるとはいえ、突然レイナを連れてきたことには文句の一つも言っておかなければならない。アンリはそう強く考えていた。


 それならよろしくとウィルの回答も任されて、アンリは屋上へ向かうために廊下に出た。






 アンリが「行かない」という答えを伝えただけで、ロブは不満そうに声を低めた。


『なんで来ないんだよ。せっかく俺がお膳立てしてやってるっていうのに』


「お膳立て?」


『そうさ。実は最初から上級魔法戦闘職員でした、なんて小っ恥ずかしくて友達に言えねえだろ? たまたまやってきた防衛局の人にスカウトされましたってことにすれば、やりやすいじゃないか』


「……何度も言ってますけど、俺、中等科学園を辞めるつもりはありませんから。そんな小細工したところで、俺は乗りませんからね」


 ちぇっと小さくロブが舌打ちする。どこまで本気で計画していたのかは知らないが、多少は期待する部分があったのだろう。どうしてそう思えるのか、アンリには全く理解の及ばないところではあるが。


「あと、今朝のことなんですけど」


『ん? ああ、お前の担任の先生を連れてっちゃったことか。悪かったな、俺だって連れてくつもりはなかったんだよ』


 さすがにロブも、積極的に嫌がらせをしようとしたわけではないらしい。

 生徒の活動を見学するにあたって、正規の教員に一応その旨を伝えておこうと考えて、その場にいたレイナに声をかけたのだという。そうしたらレイナが、自分も行くと強く主張したのだとか。


『だが、先生に言わずに勝手にやってたお前も悪いだろ』


「それはわかってますよ。でも、だからってロブさんに文句を言っちゃいけないってことにはならないでしょう」


 そりゃあそうだ、とロブが通信魔法の向こうで笑う。アンリからすれば、笑い事ではない。ロブが関わることで、どんどん学園での生活が窮屈になっていくのだ。


「本当にもう、邪魔をするのはこれっきりにしてください。いい加減、俺だって怒りますよ」


『そんなこと言って。最初から怒っているだろ、お前』


 それがわかっているなら、なぜ逆撫でするようなことをするのか。アンリは深くため息をついて、「とにかく」と話を打ち切ることを選んだ。


「学園生活の邪魔をしないでください。これ以上おかしなことをしたら、隊長に言いつけます。あと、何をされても俺は学園を辞めるつもりはありませんから、もう諦めてください」


『うーん……アンリの意志は固いなあ』


 アンリの言葉にはっきりとは答えずに、ロブは悩む様子を見せる。何も悩まずに、このまま防衛局に帰ってくれれば良いだけなのだが。アンリの思いはなかなか伝わらないらしい。


 防衛局に帰るといえば。アンリは大事な用を思い出した。これを言い忘れたらウィルに申し訳ない。


「明後日の見学、俺は行きませんけど、ウィルは行きたいって言ってましたよ」


『ん? ああ、お前のルームメイトか。それは何より』


 ロブの声が少し明るくなった。アンリが行かないといっても、ウィルの参加には喜んでいるようだ。やはり、アンリを連れ戻す以外にも真面目な目的があるのだろうか。


「ロブさんは一体、何のために学園に来たんです?」


 改めてアンリが問うと、ロブは「んん?」と不思議そうな声を上げた。


『何言ってるんだ、アンリ。お前を連れ戻しに来たに決まってるだろ? それが伝わってないんだとしたら、さすがに俺だって傷つくぞ?』


「いや、そのくらいのことはわかりますけど。でも、それだけじゃないですよね?」


『そう見えるか? ……まあ、一応俺だって、仕事として来ているわけだからな。真面目に仕事をしているように見えるなら何よりだ』


 つまりロブ個人としての目的はアンリを連れ戻すことだけだが、仕事としては他にも目的があるということらしい。これまでのロブの行動を見るに、仕事の目的は中等科学園の視察、あるいは若手の発掘だろうか。今日、アンリを含めた五人を集めて話していた内容も、全くの嘘ということではないのかもしれない。


『安心しろ、アンリ』


 アンリの言葉をどう捉えたのか、ロブは面白そうに明るい声で言った。


『こう見えて、俺は仕事は真面目にやるほうだからな。お前が来ないからって、お前の友達とか先輩とかをいじめるようなことはしねえよ』


「……いや、仕事以前に、そういうのは人としてやめてください」


 それもそうだな、とロブは笑う。


 たしかにロブは仕事に対しては真摯に向き合うほうだ。これまでの付き合いの中で、アンリにもそのことはわかっている。


 強いて言うならアンリの身分を隠せという隊長の命令をもう少し真面目に守れと言いたいところだが、それも最低限は従っているのだから及第点だろう。


 アンリは元々、ロブがウィルたちに何かするのではないかなどという心配をしているわけではなかった。ただ、ロブの口からはっきりと約束されたことは、安心感の増強につながった。


『わかってるだろうが、お前のルームメイトたちを防衛局に誘ったのは仕事の範疇だ。お前をそこに含めたのは俺の勝手だが、なんなら仕事の範疇に入れてやってもいい。五人の中でアンリ以外は皆来るって言ってるぞ? アンリは本当に参加しなくていいのか?』


「いいですよ。今さら見学なんて、つまらないですし」


 たしかになあ、とロブはのんびりと答える。

 最初の不機嫌はもうどこかに消えてしまったようだ。


『ま、気が変わったらいつでも言えよ。当日朝の合流でも、ちゃんと予定通りって顔しといてやるから』


 そうしてロブは、ウィルへの伝言として明後日の集合時間と集合場所を知らせると、そのまま簡単に通信魔法を切ってしまった。


 執念深く勧誘されることがなかったことは、アンリにとっては幸いだった。一方で、だからこそ気味が悪いとも言える。


(……また変なことを企んでいるんでなければいいけど)


 自分の不参加とウィルの参加を伝えること、そして今朝の文句を言うこと。

 目的は果たしたはずなのに、なぜかアンリは不安を募らせる結果になったのだった。

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