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 午後の授業が終わると、アンリはアイラ、ウィルとともに教員室へ向かった。今回はレイナからではなく、ロブからの呼び出しだ。三人とも、緊張の具合がいつもとは違う。


「アンリ、本当に何も知らないの?」


 廊下を歩きながら、ウィルがそわそわと問う。ウィルでもこんなふうに緊張することがあるんだなと新鮮に感じながらもアンリは「知らないよ」と素っ気なく答えた。


「俺、ロブさんが何のためにこの学園に来たのかさえ知らないんだから。なんで呼び出されたのかなんて、見当がつかない」


「私たち三人だけなのよね?」


 横から口を出したのはアイラだ。アイラもやや訝しげな顔をしている。以前、レイナから呼び出された際には堂々としていたアイラも、意図が不明のロブからの呼び出しは不安に思っているようだ。


「レイナ先生は俺たち三人って言ってただろ。俺もロブさんから話を聞いたわけじゃないんだから、詳しいことは知らないって」


 知らない者同士の会話で答えが出るはずもなく、三人は不安と不審の気持ちを抱えながら教員室へと向かったのだった。






 教員室に入った三人は、そこから応接室へと通された。部屋に入るとロブがいて「呼び出してすまないね」とにこにこと笑っている。


「なるべく手短かに済ませるよ。ただ、あと二人呼んでいる子がいるんだ。彼らが来るまで、ちょっと待ってほしい」


 三人だけではなかったのか、とアンリは意外に思った。レイナがアイラとウィルの名前しか挙げなかったのは、知らなかったからだろうか。だとすると、残りの二人は二年一組ではない誰かなのだろう。


 知らない誰かと一緒にロブの話を聞かなければならないという事実に、アンリの緊張はやや高まる。うっかりボロを出さないよう気を付けなければならない。


 そんなふうに考えを巡らせていたのも束の間だった。応接室の扉がノックされ、すぐに残りの二人が入ってきた。誰かと思えば、アンリの知った顔だ。


「サニアさん、スグルさん」


「あれっ、アンリ君たちも?」


 入ってきたのは三年生のサニア・パルトリとスグル・ウォルゴ。昨年、防衛局研究部でともに体験カリキュラムに参加した先輩だ。サニアにはその後交流大会で世話になったし、スグルとは今年の防衛局戦闘部での体験プログラムのときに一緒になった。アンリとは何かと縁の多い先輩だ。


「なんだ。君たち、知り合いだったのか?」


 新たな二人をにこやかに迎え入れたロブが、元いた三人の反応を見て言った。


 どうせ調べての上だろうに、白々しい……そうアンリは思いかけたが、ロブの意外そうな顔は演技のようにも見えない。もしかすると本当に、何も知らずに、たまたまこの五人を集めただけなのかもしれない。


 奇しくもアンリの戦闘職員としての身分を知る人ばかりだ。けれどもロブはそんなこととは無関係に話を始める。


「授業で魔法を見させてもらって、特に優秀だと思った皆に来てもらったんだ。四年生は除いてだけどね。四年生はもう進路を決めてしまっている人が多いから」


 進路という言葉に反応して、スグルがそれまでよりも少し背筋を伸ばした。そんな彼にちらりと視線を遣って、ロブはにやりと笑う。


「うん、どんな話か予想がついたかな。……つまり、君たちをスカウトしたいと思って来てもらったんだよ。君たちは、防衛局戦闘部で戦闘職員として働くことに興味はないかな?」


 にこやかに突拍子もないことを言うロブに対して、アンリだけでなく、集められた面々は誰もすぐには言葉を返せなかった。






 ロブの言い分は、意外にもそれなりに筋が通っていた。


「そもそも私がここへ来たのは、この学園の生徒の魔法力が高い水準にあるという噂を聞いたからなんだ」


 噂になるほどの魔法力の高さを確かめよう、あわよくば将来防衛局に入ってもらえる人材に唾をつけておこう。そんなつもりで学園に来たところ、結果は予想以上のものだったと言う。


「授業で見た限りでも、防衛局の新人などより遥かに高い魔法力の生徒がたくさんいるじゃないか。そのうえ、その高い魔法力でも満足せずに、自主的に魔法の特訓をしている子までいる」


 そう言ってロブは、アンリとウィルを見遣った。今朝の訓練のことを言っているのだろう。


「本当に感心したよ。それと同時に、今を逃してはもったいないと思った」


 中等科学園卒業後の進路は、三年生の終わりから四年生の半ば頃までに決める生徒が多い。

 自身で就職先を探して門を叩く生徒、交流大会で実力を表に示してスカウトされる生徒、教師や知り合いのツテで進む先を定める生徒。

 やり方は様々だが、いずれにしても進路選択は三年の交流大会からが主流だ。交流大会前の今の時期ならば、三年生でも進路が決まっている生徒は少ない。

 この時期に来ることができたのは幸運だったとロブは言う。


「今なら他の選択肢の前に、まず防衛局という選択肢を考えてもらえるだろう? というか、考えてほしくて、今日、時間をとってもらったんだ」


 そうしてロブは五人に対して、早期に防衛局を進路として選んだ場合の利点を説く。


「今決めてもらえるなら、卒業まで定期的に防衛局での研修の機会を設けよう。それから、卒業して入隊する際には、普通は一番下の隊に入るものだが、飛び級で実力に見合った隊に入隊できるように計らう。ほかにも希望があるなら、私のできる範囲で協力するよ」


 どうだろうか、とロブは柔和な笑みを見せる。


 そんなロブの様子を見ながらアンリは、これはどこまでが本気なのだろうかと考えた。

 ロブは本当に、将来有望な若手を防衛局に入れるために学園に来たのだろうか。いや、それだけならここにアンリを呼ぶ必要はない。勝手にやれば良いだけだろう。

 だとすれば、これはただの茶番か? しかし、今の話が全て嘘だとは思い難い。この部屋に集められているのが二、三年の成績上位者であることは間違いないし、さすがのロブも若者の将来を左右するような嘘を平気でつくほど、性根は腐っていないはずだ。


「あ、あの……」


 恐る恐るといった様子でスグルが声をあげた。ロブに目で促されて、そのまま言葉を続ける。


「光栄な話だとは思います。でも、さすがに今この場で、俺だけの判断では決めかねます。親にも相談しないとならないし」


「もちろん、それはそうだ」


 ロブは殊更明るい声で「今すぐにとは言わないよ」と応えた。


「むしろ返事はいつでも良いから、じっくりよく考えてほしい。いったんのリミットは、私がこの学園を去る日まで。一応、あと五日くらいはいる予定だからね。もしもっと考える時間が欲しいなら、それはそれで相談に乗ろう」


 あと五日、とアンリはその数字だけ心に刻んだ。五日間をやり過ごせば、ロブはいなくなる。平和な学園生活が戻ってくる。


 アンリがロブの話の本題とは全くずれたところで希望を見出している間にも、他の四人は真剣にロブの話を考えているようだった。スグルの次に問いを発したのはサニアだ。


「今回のお話は、戦闘職員としてのものだけでしょうか。……正直なところ、私は今、研究部への就職を第一に考えているんですけれども」


「おや、珍しいね」


 サニアの言葉にロブが目を見張る。驚くのも無理はなく、花形と言われる防衛局戦闘部の戦闘職員に比べて研究部の研究職員の仕事は地味だ。だから志望者が少ないのだと、研究部の職員たちはいつも嘆いている。


 サニアの言葉には、アンリも少なからず驚いた。たしかにサニアは昨年の時点から、研究部における研究職に興味がある様子だった。だが、こうもはっきりと自分の進路として口に出すほどにその考えがまとまっているとは。


 驚きから覚めると、ロブは少し悩むような顔をする。


「うーん、私は戦闘部の職員だから、私の権限が及ぶのも基本的には戦闘部の中だけなんだ。研究部に入りたいというと、なかなか融通できることが少ない。……だがまあ、防衛局を視野に入れてくれているだけでも嬉しいよ。君の希望を研究部の知り合いに伝えておこう。何かできることがあるかもしれない」


 前向きな答えに、サニアの目が輝く。

 そんなサニアににっこりと微笑みかけてから、ロブは五人に向けて「それから」と続けた。


「もしよければ次の休日に防衛局の見学に来てみないかい? 君たちが考えるための助けになればと思うんだ」


 次の休日といえば、もう明後日のことだ。

 急な話だから無理にとは言わないよ、とロブは優しく言った。参加しなければ防衛局に入れないというものではないし、参加したら絶対に防衛局に入らなければならないというものでもない。その説明は丁寧で、誠実そうに見える。


「本当に、考えを決めるための一助になれば良いと思っているだけだからね。君たちは、防衛局には研究部の体験で来たことがあるだろう? でも、戦闘部の訓練場や設備は見たことがないはずだ。是非見てみてほしい」


 ロブの表情から見てとれるのは、これから未来を決めようという若者に優しく真摯に向き合おうという姿勢。そのうえで、その若者たちをあわよくば自分の思う道に進ませたいという、ほんの少しの欲。


 実は本当に中等科学園生をスカウトしにきただけなのではないか……アンリにさえそう思わせるほど、ロブの態度に不自然なところはなかった。


「まあ、これも明後日の朝までに答えを出してくれれば良いよ。焦ることはない」


 今日は時間をつくってくれてありがとう。

 最後にロブはそう言って、あっさりとアンリたちを解放したのだった。

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