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さてどうしようか。リディアから受け取った申込用紙を眺めてアンリは考える。
昨年の模擬戦闘大会は楽しかった。色々と反省すべき点もあったし悔しい思いもしたが、魔法戦は面白かった。それだけを思えば、今年も出たいと思えるほどだ。
しかしもちろん、考えるべきはロブのこと。
昨年の模擬戦闘大会にロブ・ロバートを名乗って出場したのは防衛局一番隊の隊長であり、ロブ自身ではなかった。だからロブにとっては、誘われたところで出場する義理もないはずだ。
だがロブのことだ。面白がって出場することも十分考えられるだろう。そんなロブと万が一対戦することになったら。昨日の授業のようなことになりかねない。
そもそも、それだけではない。アンリはレイナから隠蔽魔法の使用を禁止された身だ。昨年のように、模擬戦闘の中で隠蔽魔法を使うことは許されない。そのうえ魔法器具の使用もできないとなれば、本当に中等科学園生が使える程度の魔法で勝ち進まなければならないということだろう。
(いや、別に。勝たなきゃいけないわけじゃないんだ。中等科学園生として不自然でない程度の魔法で勝てるところまで勝って、あとは潔く負ければ……)
しかし、わざと負けるというのも癪なものだ。
本来であれば勝てる試合で敢えて負け、それにより優勝と景品を逃すとしたら。これほど悔しいことはない。
(それなら、いっそのこと出ないほうが良いか……)
とはいえ、本当にそうなるだろうかとアンリはもう一度考える。
リディアが言っていたように、アンリは戦闘に慣れている。これまで魔法戦闘職員として働いてきたのだから当然だ。
戦闘職員としての身分を隠すなら、本当は戦闘慣れしていること自体を見せないようにしたほうが良かったのだろう。だがアンリの動きはすでに模擬戦闘大会や日々の授業で色々な人に見られている。今さら隠しても意味がない。
ということは、やはりアンリが隠すべきは魔法力だけだ。一定以上の威力の魔法を使わないようにすれば、それ以外は気にする必要がない。
その条件で模擬戦闘大会を勝ち進むのは、本当に無理な話だろうか。
(盛り上がるイベントとはいえ、結局はただの遊びだ。戦闘を生業にしているような人がそうそう参加するものじゃない。生活魔法だけっていうのは難しくても、もう少し条件を緩めれば……たとえば炎と氷と風と雷。あと防御のための結界魔法くらいが使えれば、いけるんじゃないか?)
中にはこれまで授業で使ったことのない魔法もあるが、まだ交流大会まではしばらく期間がある。その間に使えることを示しておけば、怪しまれることもないだろう。
(……いけるかもしれない。あとはロブさんがどうするか、だけど)
素人との模擬戦闘に興味を持つロブではないが、学園生から直接誘われれば、何かの間違いで出場するほうに気持ちが傾いてしまうかもしれない。
さすがにロブが相手では、使用魔法に制限をかけた状態で勝つのは難しい。
ロブが出場するようであれば、アンリは出場を見送ったほうが無難だろう。
(リディアはすぐにでもロブさんに声をかけるつもりかな。……あとで聞いてみるか)
その結果によっては、出場できるかもしれない。そんな期待を抱きつつ、アンリはロブに連絡する機会を窺った。
『ああ、朝、二組の生徒が言っていたやつか』
昼休みに通信魔法で問いかけてみると、ロブはあっさり『出ない』と答えた。
『断ったに決まってるだろ、素人ばかりの模擬戦闘大会なんて。俺が出て勝ち上がったところで、観客だってつまらないだろ』
そうとも限らないのではないか、とアンリは思う。昨年の模擬戦闘大会にはアンリから見ても強いと思える人が何人かいた。そういう人たちはほとんどの試合で圧勝といえる勝利を収めていたが、だからといって模擬戦闘大会がつまらなくなったかといえば、そんなことはない。
たしかに実力が拮抗する者同士の対戦は面白い。しかし強者が相手を圧倒する試合もそれなりに面白いものだ。昨年の大会ではどんな試合も、十分に盛り上がっていた。
ロブは昨年の大会を見ていないから、そんな観客たちの反応を想像することができないのだろう。しかしそんなことを教えて、あえてロブの関心を引く必要はない。
「出ないならいいんです。そうだろうとは思っていましたから」
『アンリだって出ないだろ? そんなお遊びの大会』
「…………いや、考え中です。去年は出ましたよ。それで優勝しました」
ここで「出ない」と答えてしまうと、あとで出ることにしたときが怖い。そう思って正直に答えると『はあ?』と通信魔法の向こうから呆れた声が響いてきた。
『お前、戦闘職員だろ。プロ意識ってもんはないのか』
「そんなこと言われても。俺は中等科学園生でもあるんですから」
『中等科学園生である前に戦闘職員だろうが』
「どっちが前も後もないですよ。去年は出てほしいって頼まれて、景品も魅力的だったから出ることにしたんです。今年も誘われてはいるんですけど、どうしようかと思って」
『アンリが出るなら俺も……いや、さすがにまずいか……』
いつもの調子で「出る」と決めるかと思いきや、意外にも戦闘職員としてのモラル意識は高いようだ。ロブの意外な一面にアンリは感心する。仮面をかぶって部下の名前を騙ったどこぞの隊長にも、見習わせたいくらいだ。
「ちなみに、ロブさんが出るなら俺は出ませんよ」
『なんで』
「なんでって。勝てないとわかっていて出るのは嫌ですよ。俺、先生に怒られないように適当に手加減するつもりですし」
なんだ本気ではやらないのかと、ロブは若干不満そうに呟いた。当たり前だ、とアンリは呆れて頬を引き攣らせる。
「本気でやったら先生にバレるじゃないですか。そんな危険な真似はしません」
『……まあ、いい。どのみち防衛局の上級戦闘職員が素人の大会に出たとなれば批判も出るから、俺は出ない。お前が学園生として出るかどうかは好きにしろ』
意外にもまともな言葉が出てきたことに、アンリは驚いて言葉を失った。ロブがそんな冷静な判断のできる人だったとは。その判断力を、なぜ昨日の授業の際に発揮してくれなかったのか。
とにもかくにも、ロブは模擬戦闘大会に出場しないことを明言した。
模擬戦闘大会に向けての大きな懸念事項がなくなった。これでアンリは心置きなく申込書を提出できる。
ロブとのやり取りを終えて、アンリは安心して通信魔法を切った。同時に、レイナに見つからないようにと、アンリのできる全力でもって注意深く構築していた隠蔽魔法を解除する。
(……もうちょっと自由に魔法が使えるといいんだけどなあ)
思えば昨年のクラス担任兼部活動の顧問教員だったトウリは、アンリをずいぶん好きにさせてくれていた。あの頃のことが懐かしい。
しかしトウリに比べてレイナが厳しいからといって、レイナを恨むのは筋が違うだろう。
(トウリ先生には、俺の身分のことも全部話してあった。レイナ先生には何も話していないのに、それでいて俺のやりたいことをやらせろって言うのは駄目だよな)
かといってレイナに全部を打ち明けられるかといえば、その勇気はない。
(とりあえず、今みたいに全力で隠蔽魔法を使えば通信魔法も使えるわけだし。こうやって一つ一つ、できることを確認していくしかないな)
通信魔法を使うときには強い隠蔽魔法で隠しながら。屋上から降りるには階段で。
魔法戦をするなら使う魔法を制限すれば良いはずだが、どのくらいが適正なのかはやってみないとわかりづらい。
そういう意味でも模擬戦闘大会に参加することは、アンリにとって学園での過ごし方を探るためにも必要なことのように思われた。




