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 アンリから話しに行くまでもなく、連絡はロブのほうから入った。


 寮に戻ったとたんに通信魔法を受信して、アンリはいつもの通りに屋上で話そうと窓を開ける。


(……あ、いや。隠蔽魔法は使うなって言われたばかりか)


 窓から外に出て飛翔魔法で屋上に上がるにあたっては、外にいる人に気付かれないように隠蔽魔法で姿を完全に隠すようにしている。寮だから学園内ではないが、レイナの言う規則が学園の寮に及ばないものだとは思い難い。


 気付かれないように慎重に魔法を使えば良い。そうは思うものの、今日の今日だ。レイナも感覚を鋭敏に研ぎ澄まして、アンリの不正を見張っているかもしれない。


「……ちょっと、屋上に行ってくるよ」

「中から行くなんて珍しいね」


 ウィルに不思議がられながらも、アンリは廊下から正規の階段を登って屋上へと向かうことにした。






『アンリお前、魔法戦闘部に入ってるんじゃなかったのか』


 通信魔法を繋ぐなり、ロブからそんな第一声が入る。なんのことだと続きを聞いてみると、どうやら今日ロブが魔法戦闘部に顔を出したのは、そこにアンリがいると思ってのことだったらしい。空振りだったと悔やんでいるわけだ。


「俺、魔法戦闘部に入ってるなんて、言った覚えありませんけど」


『そりゃそうだが、アンリなら入ると思ったんだよ。魔法戦闘好きだろ?』


「ロブさんほどじゃありません」


 そんなことないだろ、とロブはムキになったように言う。本当にこちらの話を聞かない人だなとアンリは苛々しながら「だいたい」と今日の不満をぶつけた。


「なんなんですか、昼間のは。普通の模擬戦闘だけにしておいてくださいよ」


『何言ってるんだ。中等科学園生のレベルに合わせた模擬戦闘なんて、つまらないだろ?』


「だからって、余計なことをするのはやめてください。おかげで隠蔽魔法が使えるって先生にバレたじゃないですか」


『それは俺のせいじゃない。お前がミスしただけだろ』


 アンリは一瞬言葉に詰まった。たしかにあれはアンリのミスだ。負けようと思っていたのだから、追い打ちをかけるような土魔法を飛ばす必要などなかったのに。


 ……いや。アンリは思い直す。


「そもそもロブさんが無茶な魔法戦を仕掛けてこなければ、あんなことにはならなかったんですから」


『でも、楽しかっただろ?』


 これだから話が通じないというのだ。

 楽しいか楽しくないかではない。それによって平和な学園生活が危機に陥ることが問題なのだ。


「……とにかく。俺、今日先生から言われたんですよ。もう学園では隠蔽魔法を使うなって。使ったら罰則があるんです。だから、もう二度と学園の中であんなことしないでくださいね」


『ほお、罰則か。どんな罰があるんだ?』


「反省文とか、奉仕活動とか。ひどいと停学とか、退学とかもあるんですから。一大事ですよ」


『そりゃいい。退学になれば防衛局に戻れるじゃないか。いっそ明日にでももう一度やろうか』


「何言ってんですか! 隊長に言いつけますよ!?」


 アンリが怒鳴ると、ロブは『冗談だ』と言って笑う。


 絶対に嘘だ。たしかに七割くらいは冗談だったのかもしれない。しかし残りの三割くらいの本気が言葉にこもっていた。

 疑うアンリの気持ちを察したのか、ロブはことさら明るい声で続ける。


『大丈夫だ、心配するな。別に俺はアンリを困らせたいわけじゃないんだから。アンリが困るようなことはしない。規則違反で中等科学園を退学しただなんて経歴がついたら、アンリが困るだろう』


「……学園を辞めて防衛局に戻れって言われるだけでも、俺は十分困るんですが」


『そこは見解の相違だな』


 やはり話が通じない。ロブを説得できる糸口を見つけたと思った自分が馬鹿だったか……アンリがそんな後悔に頭を抱えているうちに、ロブは『それはそうと』とすぐに話を切り替えてしまう。


『魔法戦闘部でないなら、いったいどこの部活動に入っているんだ?』


「教えるわけがないでしょう。部活動まで邪魔されたらたまりません」


 とはいえ、ウィルがアンリのルームメイトであることをちゃっかり調査済みだったロブだ。部活動も、その気になればすぐに知られてしまうに違いない。ここで隠しても意味はないだろう。


 それでも、絶対に自分から伝えるのはごめんだ。アンリは固く決意する。


『アンリは部活動が楽しいから中等科学園を辞めたくないのか?』


「別に、そういうわけじゃありません。いや、もちろん魔法工芸がつまらないというわけじゃないですよ。ただ、それだけが目的のような言い方だと語弊があります」


『……つまりアンリは、魔法工芸部に入っているんだな?』

「あっ」


 さすがのロブからも、面白がるよりも呆れた様子が滲み出ている。アンリは誤魔化すように「とにかく」と早口で言った。


「邪魔はしないでください。何かあったら、今日の昼間のことを隊長にチクりますからね」


『うーん。たしかに、それは困るな』


 あまり困ったふうでもない口調でロブが言う。しかし、中等科学園でアンリに魔法戦を仕掛けるなどという危険を冒したのだ。隊長に告げ口すれば、何かしらの罰はあるだろう。


『まあ、邪魔をしなければいいんだろ』


「……何が邪魔なのか、わかってます?」


 大丈夫、大丈夫とロブは笑ってから「今日はこの辺で」と勝手に通信魔法を切った。


 アンリには不安しか残らなかった。






 結局、何のために中等科学園に来ているのかは聞きそびれてしまった。


 聞きそびれたということにアンリが気づいたのは、屋上から部屋に戻り、ウィルの顔を見たときだった。そういえば今日の魔法戦闘部で、ロブさんはいったい何をしたんだろう……そんなことを思ったのがきっかけだ。


 しかし、わざわざそれを尋ねるために再び通信魔法を繋げようという気にはなれない。


「……ねえウィル。ロブさんって、魔法戦闘部だとどんな感じだったの」


 少なくとも今日の様子なら、ウィルに聞けば良いだろう。そう思って尋ねると、ウィルは「ああ」と苦笑した。


「授業と同じようなことをしたんだ。ロブ先生との魔法戦闘。授業のときよりも手加減がないような感じはしたかな。もちろん、それでも十分僕らに合わせてくれていたんだろうけど。誰も勝てなかったよ」


「ふーん。ウィルもやったの? 全然勝てそうになかった?」


 まあね、とウィルは肩をすくめる。


「もう少し突飛な魔法の使い方をして相手を翻弄するといいって言われたよ。僕の魔法は教科書どおりだから読みやすいってさ」


 なるほどたしかにウィルは真面目で、その性格が使う魔法にもよく現れている。正確さは高いが意外性の少ない魔法。魔法戦闘で勝つためには、もう少し狡賢い手法を覚えても良いだろう。


 アンリがいなかったなどと文句を言いながらも、ロブはまともな指導をしたらしい。やはりロブの目的がわからない。


「そういえば、アンリの話を少ししてたよ」


「俺の?」


「うん。今日の授業で自分を負かした生徒がいるって。だから勝てないわけじゃないんだ、君たちも頑張れってさ」


 ロブはそう言って、魔法戦闘部の部員たちのやる気を煽ったそうだ。だからといって良い試合になった部員はおらず、皆、ロブにあしらわれるだけで終わってしまったという。


「親切に色々と講評してくれたから、ためにはなったけどね。なまじできるかもしれないって思っちゃった分、みんな悔しそうだったよ」


 僕も悔しかった、とウィルは言う。


 相手は上級魔法戦闘職員だ。普通なら中等科学園生など負けて当たり前。アンリが勝てたのは、中等科学園生以上の力を使ったからだ。ウィルならそれもわかっていただろうが、それでもロブが手加減をしていたこともあって「もしかしたら」という期待を抱いてしまったのだろう。


「それでさ、部員の一人がロブ先生に聞いたんだよ。授業で先生に勝った生徒は、どうやって勝ったんですかって」


 予想外のウィルの話に、アンリは「えっ」と顔をしかめる。誰だ、そんな要らない質問をしたのは。


「……それで、ロブさんはなんて?」


「一番の原因は、自分が油断したことだって言っていたよ。あと詳しいことを知りたければ、本人に聞くといいって」


「本人って、俺のこと?」


「まあ、そうだろうね。名前は出してなかったけど」


 その場でロブが名前を出さずとも、一組なら誰でも勝った生徒がアンリであることは知っているだろう。

 明日からの学園。もしも周りから何か聞かれたら、いったい何と答えれば良いのやら。






 ちゃんと中等科学園生の指導をしているあたり、ロブにはきっとアンリを連れ戻す以外の目的があるのだろう。だとしたらなぜ、こうも余計なことをしてアンリを困らせるのか。


 なんとかする方法はないものかと、アンリは頭を抱えた。

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