(8)
アイラとロブとの戦闘を見て、アンリは呆れ果てて頭を抱え、ため息をついた。
(なんて大人げない……)
おそらくロブも最初は、十分に手加減をしようと考えていたに違いない。そして、アイラにとって勉強になるような試合運びにしようと考えていたはずだ。指導者としての役割を意識している様子はあった。
ところがアイラが蔦を防ぎ、次の攻撃魔法に移ったあたりからロブの様子が変わった。純粋に魔法戦闘を楽しむ、いつものロブの顔になったのだ。
おそらくロブは樹木魔法の蔦までで、アイラを負けに追い込むつもりでいたのだろう。それが予想に反して防がれ、更に次の攻撃まで許してしまったものだから、面白くなってしまったに違いない。
その結果としてロブがやったことといえば、簡単に言えば「力任せ」だ。魔力量に物を言わせてアイラの魔法を乗っ取り、同じく樹木魔法にかける魔力を引き上げることで氷の盾を破った。
ロブは防衛局の上級魔法戦闘職員。しかも一番隊の副隊長だ。魔力量は中等科学園生の比ではない。そんなことをされたら、学園生には万に一つも勝ち目がない。
(まあ、誰も勝てるとは思っていないだろうし。俺だって勝つつもりはないからいいんだけど……)
このあとの自身とロブとの模擬戦闘を思って、アンリは顔をしかめる。適当にやって、中等科学園生らしく負ける。アンリはそのつもりでいるが、ロブはどうだろう。今の試合のように、途中で気まぐれに本気など出されてはたまらない。
(無事に終わりますように……)
アンリが目を閉じて祈っているうちに、次の模擬戦闘の対象者として、ウィルの名前が呼ばれた。
ウィルの試合はアイラの試合に比べると地味ではあったが、それでも技術力の高さのわかるものだった。
試合開始の合図と同時に、ウィルは氷魔法で針のような氷を数十本も生み出して、それをロブに向けて飛ばした。針は一本一本が踊るように滑らかに動き、右から左から、ロブを攻め立てる。最初こそいちいち小さな氷の盾を用意して防いでいたロブだったが、そのうち面倒になったのだろう。針が集中している前面に大きく炎の渦をつくって、まとめて氷を溶かそうとする。
その隙に、ウィルはロブの後ろに岩石魔法で岩の槍を生やす。背後から鋭く突こうとする岩の槍を、ロブは同じく岩の壁を使って防いだ。
ウィルは手を緩めずに、木魔法で創り出した木剣を手に走り込み、横からロブに斬りかかった。ロブも木剣でそれを受け、イルマークとの試合でやったように、樹木魔法でウィルの木剣を絡めとろうとする。
あえて抵抗せずに、ウィルはあっさりと木剣を手放して後ろに飛び退いた。そんなウィルの動きとは逆に、地面から生えた土の槍が、ロブに向けて飛び出す。
どうやらウィルは、何度防がれようと攻撃の手を緩めずに攻め続けるという戦法を選んだらしい。ひとつひとつの攻撃は小規模で地味だが、ロブに攻撃に移る間を与えないことにこそ重きを置いている。
(これだけ色々な攻撃の手段が咄嗟に思い付くのはすごいな。……いや、ウィルのことだから、咄嗟じゃなくて最初から計画していたのかもしれない)
見たところ、ウィルが一方的に攻め、ロブが防御に徹するしかない状況が続いている。ロブはおそらく、その気を出せばいつでも攻撃に転じることができるだろう。顔に嘘っぽい爽やかな笑みが浮かんでいることからも、ロブの余裕は明らかだ。それでも反撃しないのは、ウィルの手がどこまで続くのかを確かめるために違いない。
そうしてしばらくウィルの一方的な攻撃が続いたが、ついにその手が休まるときが来た。
土魔法で生じた地面のぬかるみを避けるようにロブが跳び上がり、そこにウィルが雷魔法の電撃を降らせる。ロブは結界魔法を盾のようにして、雷魔法を防ぐ。
そこで、ウィルの攻撃の手が止まった。
疲れたのか、魔力切れか、次の手が思いつかなかったのか。いずれにしても、攻撃の止んだ隙を、ロブが見逃すはずもない。
空中で身体の向きを変えたロブは、手の内に氷魔法による氷の剣を生み出して、ウィルに向けて突き出した。しかし、ただやられるウィルではない。いつの間にか同じく氷の剣を用意していたウィルも合わせて剣を突き出し、ロブの剣を逸らしつつ、自らの剣をロブに届かせようとする。
空中から攻めていたロブは身体を引くこともできず、一瞬焦ったようだ。顔から爽やかな笑みが消える。
けれども、だからといって決定打にはならなかった。ウィルの剣がロブの胸を刺すよりも一瞬早く、ロブが移動魔法を使ってウィルの背後に移動する。
ロブの氷の剣が、ウィルの首筋に沿うように当てられた。
「攻撃の手を休めたのも、作戦の内だったのかな? だとしたら見事だが、その後に確実に仕留めるだけのものを用意しておかないとね」
レイナによる試合終了の宣言とともに、ウィルはその場に座り込んだ。
攻撃の手を止めたのは作戦ではなくて、単純に疲れのためだったらしい。
「疲れた……やっぱり魔法を使うのに体力はいらないって、嘘だろう」
「今回の場合、魔法を使うだけじゃなくて結構動いていたから。それは疲れるだろ」
「……それだけじゃない気がするけど」
へろへろになって戻ってきたウィルとそんな話をしながら、アンリは立ち上がって準備運動を始める。アイラとウィルの模擬戦闘が終わった。呼ばれるまでもなく、次はアンリの番だ。
「攻撃の手を休めないっていう作戦は良かったよね。俺も真似してみようかな」
「作戦というか、がむしゃらにやっただけだ。急に模擬戦闘をすることになったんだから。作戦なんて立ててる暇はなかったよ」
「それであそこまでできたなら、本当にすごいよ。俺との訓練だと、模擬戦闘なんかほとんどやってないのに。ああ、そっか。ウィルは魔法戦闘部にも入っているんだもんな」
日常の魔法訓練に付き合っているから、ウィルの魔法の使い方はよく知っている。アンリは無意識にそんなふうに思っていたが、よく考えてみればウィルはアンリのいない魔法戦闘部でも訓練をしているのだ。アンリにとって知らない一面があるのは当然だ。
「……とはいえ、全然敵わなかったけど」
「それはまあ、さすがに仕方がないだろ」
疲れからか悔しさからか、ウィルが頭を抱えるようにしてうずくまる。仇をとってやりたい気もするが、さすがに勝つのはまずいだろう。
そうしているうちに、アンリの名前が呼ばれた。
(さて。俺はどういう試合をしたらいいんだろうな……)
前の二人に比べて遜色ない程度の実力を示せるように。それでいて、戦闘職員としての実力は出さないように。
(とりあえず、使う魔法は生活魔法だけにしておこう。下手に戦闘魔法を使うと、使う魔法を間違えるかもしれないし。戦闘魔法は模擬戦闘で使えるほど習熟していないって言っておけば、不自然にもならないはず)
これから始まる模擬戦闘への方針を心の中で固めつつ、アンリは規定の位置についた。




