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(7)

 三人の模擬戦闘が終わったところで、ロブは一旦、それまでの総括として講評をした。


「私が特別に難しい魔法を使ったわけではないことは、見ていた皆にもわかっただろう。私が三人に比べて優っていたのはなんだと思う?」


 ロブの問いに、生徒の一人が手を挙げる。


「魔法の使い方だと思います。三人が真っ直ぐに魔法を撃ったり、単純に一つの魔法の使い方しかしなかったところを、ロブ先生は色々と魔法を工夫して使っていました」


 その答えに、ロブは「そうだね」と大きく頷く。


「そのとおり。同じ魔法でも使い方によって、相手の虚をつくことができる。生活魔法なんて模擬戦闘では使い道がない、と思っていた人もいるんじゃないか? とんでもないよ。魔法は使いようだ」


 これはなにも戦闘に限った話ではない、とロブは真面目な顔で続ける。


「私は戦闘職員だから、どうしても戦闘寄りの話になってしまうけれどね。ほかの分野でも同じはずだ。一見使い道がないように見える魔法も、使い方次第で役に立つことがある。いつでも柔軟に考えて活路を見出すこと。これが魔法を使ううえで一番大切なことだと、私は思っているよ」


 意外と真面目なことを言うじゃないかと、アンリはロブの話を感心して聞いていた。普段のロブは「魔法なんて威力が強いほうが面白いに決まってるだろ?」などと平気で言っているが、さすがに指導の場ともなれば言葉を選ぶらしい。


 さて、とロブが一呼吸置いて、アンリたちのほうに視線を遣った。これからの時間が楽しみで仕方がないとでも言うように、にやりと獰猛な笑みを浮かべる。


「では、次の三人の試合に移ろうか。今度は私ももう少し力を出していこうかな。ルールも魔法が当たったらなどとは言わずに、通常の模擬戦闘のルールでやろうじゃないか」


 早く魔法戦をやりたくてうずうずしている様子が伝わってくる。結局はいつもの魔法狂のロブか、とアンリは頭を抱えた。


 指導員としての顔を保つつもりなら、アンリとの模擬戦闘もきっと一生徒を相手にするように手加減してくれたことだろう。アンリもうまく手を抜いて、適度なところで上手く負ければ良いはずだ。

 けれども、どうやらそれを期待してはいけないらしい。


 せめてレイナ先生に怪しまれる事態にはなりませんように、とアンリは祈った。






 最初に指名されたのはアイラだった。


 クラス一の魔法力を誇るアイラは当然最後だろうと思っていた面々が、動揺にざわつく。しかし当のアイラは全く意にも介さず、淡々としていた。「順番に大した意味はないよ」とのロブの言葉もあって、クラスも一応の落ち着きを見せる。


 ルールは通常の模擬戦闘と同じ。つまり、どちらかが降参するか、戦闘不能になるか、それと同規模の攻撃が不可避の状態になれば終了。ただし、相手に致命的な怪我や、後遺症の残る重大な怪我を負わせることは禁止。


「あと、この訓練室を大きく破壊するような攻撃は禁止、ということにしておこうか。君が本気で魔法を撃ったら、きっと部屋が壊れてしまうからね。授業中の模擬戦闘で部屋を壊してしまうのは申し訳ないし」


 ロブが追加した条件に、アイラは一瞬の間を置いてから「わかりました」と答えた。かすかに不満げな表情からすると、部屋を壊しつつ戦うことも選択肢には入っていたのかもしれない。

 そんなアイラの様子を見て、ロブはむしろ嬉しそうに笑った。


「いいね。いつか君とは、本気で制限無しの魔法戦をやってみたいところだ」


「……私も、ぜひ本気のロバート様にお手合わせを願いたいですわ」


 そうして二人は試合開始に向けて向き合った。自然体のようでいて、互いにすでに魔法の準備をすすめている。

 いつでも魔法を発することができる。二人が共にその状態に至ったところで、タイミングよくレイナが試合開始の合図を出した。


 当然ながら、先に魔法を撃ったのはアイラだ。


 氷魔法で、ロブの周囲の地面からロブに向けて氷柱を生やす。鋭く尖った氷柱が前後左右の床から迫るのを見て、ロブは上に飛び上がった。通常の跳躍ではあり得ない高さ。魔法によるものだ。


 アイラは手を緩めずに、飛び上がったロブに向けて炎魔法を撃つ。空中でのことだが、ロブは慌てることなく炎に手のひらを向けた。そこに構築された空間魔法に吸い込まれるようにして炎が消える。


 次の瞬間、大きく動いたのはアイラだった。ロブの空間魔法はアイラのすぐ後ろが出口にされていたらしい。自らの炎魔法を避けるべく、アイラは横に飛び退いた。そのまま炎魔法の操作を続け、もう一度、同じ炎をロブのところへ向かわせる。


 すでに地上に着地していたロブは、今度は自身の前に結界魔法を展開して炎を弾く。弾かれた炎は今度こそ、地面に落ちて消えた。


「うん、良い攻撃だった。次は私の番だ」


 とんっとロブが足をひとつ踏み鳴らす。その足下を起点に、地面の下を何かが這うように土が盛り上がってアイラの元へと向かった。アイラは岩石魔法で腰ほどの高さの石の壁をつくり、それを防ごうとする。


 土の盛り上がりは、石の壁のところで一旦止まった。しかし、すぐに土の中から人の腕ほどの太さのある蔦が飛び出して、壁を越えようとする。土の中を這っていたのは、どうやら樹木魔法による植物だったらしい。


 壁を越えて自身に迫る蔦に対し、アイラは冷静だった。小さく後ろに飛びすさると、火魔法で拳大の火の玉を生んだ。火の玉は正確に、蔦の先端に飛び付く。


「残念だが、魔法の蔦だ。特別製だよ」


 ロブの言うように、火の玉は蔦に纏わりつくものの、そこから燃え広がることはない。蔦はそのまま勢いを落とすことなくアイラに向かって突き進む。


 それでもアイラには驚きも落胆もない。魔法を解除して火を消すと、淡々と、蔦に右手のひらを向けた。そこに構築されたのは、空間魔法。蔦を異空間に吸い込むか、あるいはロブがやったように相手の近くに出口をつくって自爆を誘おうというものだろう。


「甘いね」


 だが、ロブの蔦がアイラのつくった空間魔法の入口に入り込むことはなかった。蔦はまるで意思があるかのようにアイラの手前で急停止して、魔法を避けて大きくうねる。そうして別の角度からアイラに迫る。


 ガキンッと大きく耳障りな音が響いた。


 アイラの横に現れた大きな氷塊が、盾となって蔦を防いだ音だ。蔦は氷にめり込んで動きを止める。


「……今度は私の番でよろしいかしら」


 ほとんど間を空けずに、アイラは空中にいくつもの氷塊を浮かべ、それをロブに向けて飛ばした。攻めの直後の反撃で、ロブも反応が遅れる……かと思いきや、さすがにそんなこともない。


 にやりと笑みを浮かべたロブが右腕を大きく振ると、アイラの飛ばした氷塊がすべて、攻めるべき相手を見失ったかのように空中で動きを止めた。氷塊はそのまま小さく振動し、やがて、向きを変えて反対にアイラに向けて飛んでいく。


 初めてアイラが、驚きの表情を見せた。


 相手の魔法に自身の魔力を注ぎ込むことで魔法制御の邪魔をするのは、魔法戦闘ではよくあることだ。

 しかし邪魔されるどころか魔法の制御を完全に奪われ、魔法そのものを乗っ取られるとは。アイラにとっては、初めての経験であったに違いない。


 アイラが驚愕に動きを止めたのは一瞬だったが、その一瞬が命取りだった。氷塊がアイラの前後左右に突き刺さり、アイラの身動きを封じる。


 そのとき、氷の盾のところで止まっていた蔦がバキリと氷を破って動き出した。蔦の先端が、身動きの取れないアイラの首元に突きつけられる。


「試合終了。勝者、ロバート・ダール」


 レイナによる静かな終了宣言を受けて、氷も蔦も、全ての魔法が綺麗さっぱりその場から消え失せた。

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