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(6)

 まず一人目として、セリーナがロブの前に立つ。


 緊張しているのが一目でわかるほどにガチガチに身体を硬くしているが、それでもなんとか魔法の発動準備を整えて試合開始の合図を待っていた。


 もっと気楽に力を抜いて臨んだほうが彼女本来の魔法力は生かせるだろうに、とアンリはもったいなく思う。魔法は覚えたてだが、元々一組に配属されるほどに潜在的な力は高いのだ。初歩的な生活魔法しか使えずとも、それを使うための魔力が多いというだけで、魔法戦闘では十分に役に立つ。


 けれども緊張に硬くなった彼女では、その利点をうまく使うことはできないだろう。


「そう緊張しないで。気楽に、的当てみたいに魔法を撃ってごらん。先に相手に魔法を当てたほうの勝ちということにしようか」


 ロブも軽い口調で緊張をほぐそうとするが、言葉だけでどうにかなるものでもないようで、セリーナの様子は変わらない。


 そのまま、レイナの声で試合の開始が告げられた。


 開始の合図と同時に、セリーナが水魔法を撃つ。ロブはその魔法を十分に引きつけてから避けると、自身も同じように水魔法を、まっすぐセリーナに向けて飛ばした。


 ロブの動きをまねるようにして、セリーナが水魔法を避ける。


「そうそう、いいね。そのままもう一度魔法を撃ってごらん」


 ロブに促され、セリーナは同じ水魔法をロブに向けて放つ。ロブはそれを避けると、今度はそのまま動きながら、セリーナに向けて水魔法を放った。不規則な動きで飛んできた水をどうにか避けて、セリーナも同じように足を止めずに魔法を放つ。しかし狙いが定まらず、水魔法はロブがいるのとは全く違う方向へ飛んでいった。


「惜しいね。動きながらでも、しっかり狙いを定められるといいんだけど」


 そう言いながら、ロブはセリーナに走り寄りつつ魔法を放つ。慌てたセリーナはなんとかそれを避けると、立ち止まってロブを迎え撃つように腕を伸ばし、水魔法を撃った。


 真正面から迫る水魔法を、当然、ロブは避ける。


 しかしセリーナの放った水魔法は、避けたロブを追うように曲がった。


「おっ。いいね、ちゃんと操作できているじゃないか」


 一瞬驚きの顔を見せたロブはそれでも冷静に、魔法で水の盾をつくってセリーナの魔法を防いだ。そのまま勢いを緩めずにセリーナに近寄り、その額に人差し指を突きつける。


 指先から、ピュッと水が散った。


「はい、お終い」


 ロブが悪戯っぽく言うのと、レイナがロブの勝ちを宣言するのとが、ほとんど同時だった。






 続くハーツとの試合でも、ロブはハーツが使ったのと同じかそれ以下の、威力の低い魔法しか使わずに勝ってみせた。


 ハーツも模擬戦闘の経験が多いというわけではない。しかし昨年しょっちゅうアンリとアイラとの試合を見ていた影響もあり、セリーナのように緊張に硬くなるということはなかった。


 ただ、さすがに実力の差は埋めがたい。


 試合開始と同時にハーツが放った炎魔法を難なく避けたロブは「魔法の威力が強くても、当たらなければ意味がないんだよ」と言って、ハーツに向けて火魔法を三つほど撃ち出した。ハーツが避けると、魔法の火の玉はそれを追う。ぎょっとしたハーツは焦って火の玉を避けつつ、再度、ロブに向けて炎魔法を放った。当然、ロブはそれを避ける。炎魔法にロブの火魔法のような追尾の仕掛けはなく、魔法はあっさりとロブの横を通り過ぎていった。


 しかし、ハーツも同じ失敗を二度繰り返すほど馬鹿ではない。


 炎魔法の直後に撃ち出し、炎の後ろに隠すようにして飛ばした火魔法。それが炎魔法から分岐して、避けたロブを追った。


「いいね。そう、魔法は威力よりも使いようだ。でも、仕掛けるのが少し遅かったね」


 自分を追ってきた火魔法を、ロブは避けるでも防ぐでもなく、片手を振ってかき消した。魔法が当たったかどうかで言えば、当たったといっても良いかもしれない。


 けれどもそれ以前に、すでに勝負はついていた。


 ロブの火魔法を避けつつ炎魔法と火魔法を放ったハーツだが、その直後には、結局追ってきた火の玉を避けきれずに、それを足にくらってしまっていた。制服のズボンが一部、黒く焦げている。


 場の魔法が全て収まったところで、レイナがロブの勝利を宣言した。






 イルマークは、三人の中では最も健闘したほうだろう。


 試合開始の合図とともに、イルマークは水魔法で器用にロブの周囲にだけ霧を作り出した。それから魔法に頼らずに、ロブの後ろを目指して駆け出す。


「なるほど。まずは攻撃ではなく、私の視界を奪おうというわけだね」


 ロブは霧が直接身体に触れないように、水魔法で自らの周囲に壁をつくりつつ、その場からは動かなかった。ロブの本来の実力を考えれば、視界を防がれたところでイルマークの位置を探るのは容易かっただろう。それでもあえてイルマークの動きに気づかないふりをしたのは、魔法の技術力だけでなく、魔法に対する感覚も相手に合わせて戦おうという配慮かもしれない。


 ロブの背後に回ったイルマークは、木魔法でつくり出した木剣を手に、後ろからロブに斬りかかった。剣がロブのつくり出した水魔法の壁に触れるやいなや、ロブはその場から大きく飛び退いて、イルマークの剣を避ける。


「魔法そのものではなく、剣技で攻撃するとはね。魔法士科の学園生のわりに、剣も得意なのかな」


 そう言いながら、ロブも手元に木剣を用意した。そこからは、イルマークとロブとの剣の打ち合いになる。


 ロブは決して剣の達人ではない。魔法技術こそ優れているが、剣技は戦闘職員として差し支えない程度に身につけているだけだ。一方のイルマークは、旅に出るための護身術の一環として剣技を学んでいて、それなりに身に付いている。剣の技術だけで言ったら互角か、ややイルマークのほうに分があるかもしれない。


 しかし戦闘の経験は、ロブのほうが明らかに上だ。


「これが木魔法でつくった剣だという事実を、もう少し生かしたほうがいいね」


 イルマークが上段から振り下ろした木剣をロブが受ける。その直後、ロブの木剣から蔦のような枝が伸び、イルマークの剣に絡まった。イルマークが慌てて剣を引こうとするが、もう遅い。ロブが軽く剣を振っただけで枝がしなり、イルマークの手から剣を弾き飛ばした。


 そうして悠々と、ロブはイルマークの首元に剣を突きつける。


「せっかく魔法でつくった剣なんだ。このくらいの使い方は考えておくといいよ」


 そう言って、ロブは笑った。

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