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 マグネシオン家の研究所を出てすぐにアンリが向かったのは、防衛局の研究部。いつも世話になっているミルナのところだ。


 ここでは事前連絡なしにアンリが訪れるのもそれほど珍しいことではなく、ミルナは驚いた顔もせずにアンリを迎え入れた。ただ、若干悔しそうではある。


「来るなら来るって、言っておいてくれれば良いのに。そうしたら、アンリくんにお願いする実験をたくさん用意しておけるのに」


 だから事前に言っておきたくないのだ、という言葉は心の内に留めて、アンリはさっさと本題に入る。先ほどつくった魔力石を、ミルナの前に掲げてみせた。


「これの性能検査をお願いしたいんですけど」


「あら、魔力石? 珍しいわね、アンリくんなら検査なんてしなくても、自分の目で見極められるでしょう?」


「そうなんですけど。これは人にあげる物なので、念のため」


 そうなのね、と軽い相槌とともに魔力石を受け取ったミルナは、直後にぎょっとした様子で目を見開いた。


「ちょ、ちょっとアンリくんっ? なに、この魔力石っ?」


 どうやら一目見る程度ではわからなかった魔力石の特性に、手に取って初めて気付いたらしい。


「こんなに小さいのに、色々と……いったい、何が詰まっているの!?」


「魔力放出補助装置に使う魔力石三つを、圧縮してくっつけたんです。元の石三つ分の性能が残っているか、念のためテストを……」


「すごい、すごいわね! 今さらアンリくんが何をつくろうと驚かないつもりでいたけれど、さすがにこれは……ねえ、どうやったの!?」


 予想以上のミルナの反応に、アンリは思わず身体を引いて、警戒気味に小声になる。


「ええと……魔法で圧縮して、くっつけてまた圧縮して」


「嘘でしょ!? 繊細で壊れやすい魔力石を、いくら魔法を使ったからって、そんなに簡単に圧縮なんてできないでしょうにっ」


 珍しいほどの強い食いつきに、アンリは使った魔法とやり方とを早口に答えた。ミルナはアンリの言葉の一片たりとも聞き漏らすまいとするかのごとく、ぎらぎらと熱意に燃える目を見開いてアンリを見つめている。


 こんなことなら、ボーレンのところへ行く必要などなかった。


 ミルナをはじめとした防衛局研究部の面々は、最近ではアンリが何をつくっても驚くということが少ない。見たこともない魔法器具であろうと、アンリがつくったのであれば不思議ではないと納得してしまうのだ。


 だからアンリは、自分のつくったものが世間一般から見てどれほど常識外れな物なのか、それを改めて確かめてみたいと思って、わざわざボーレンのところへ行ったのだ。ミルナでさえこれほど大きく反応してくれる物ならば、そもそもボーレンに見せる必要などなかった。


 そして、ミルナでさえ驚かせてしまうほど稀有な物になってしまったのであれば。残念ながら、アンリにとってこの魔力石は失敗だ。


「つまりこれを使えば、魔力放出補助装置を小型化できるというわけね? よかったじゃないの。こんなに早くに完成するなんて、さすがアンリくんね!」


「いえ、あの……これは、失敗です」


「えぇっ!?」


 アンリの小声の一言に、ミルナは過剰なほどに大きな声を出した。


「ちょっとアンリくん、どういうことなのっ? たしかに検査してみないと正確なところはわからないけれども、一見して問題はなさそうじゃないの。失敗って、なんなの!?」


「ええと、つまりですね……」


 アンリが考えていたのは、今日トマリの店で言われたことだ。魔法器具をつくり、商品として店で売り出すのであれば、職人皆が同じようにつくれるものでなければならないということ。そうでないと、客の要望に応えることはできない。


 それから以前、マグネシオン家で当主と話したことも、アンリの頭には残っていた。


 職業体験で一緒になる同級生が魔法に対する自信を失っている、魔法補助具のような魔法器具を彼に提供して自信を取り戻してもらいたい……アンリはマグネシオン家の当主にそんな相談をしたのだった。それに対して当主は、同級生としての対等な立場が失われる可能性を説いた。


 もちろん当主が問題にしたのが「対価をもらわずに」という点であったことはアンリも理解している。対価をもらわずに一方的に魔法器具を提供し、後々のメンテナンスまで請け負う。それではたしかに、対等な関係など築きようがない。


 一方で今回のマリアの魔法器具では、製作に係る報酬はマグネシオン家から出ることになっているし、メンテナンス費用にしても、マリアなら支払いに苦慮することはないだろう。だから、状況としてはだいぶ異なる。


 しかし、たとえ報酬を出すことができたとしても、ほかに選択肢がないのであれば。アンリ以外の人に頼めない状況を作り出してしまうのであれば。アンリに依存するという状況は、同じなのではないか。


「ミルナさんが驚くくらいですし、こんな魔力石はきっと、防衛局でもまだつくれないでしょう? そんな扱いにくい魔法器具では、貰う側が困ってしまうと思うんです。だからこれは失敗で、もう少し、誰でもつくれるような……」


「ちょ、ちょっと待ってアンリくんっ! お願いだから、そんなもったいないことは言わないでちょうだい!」


 アンリの言葉を遮って、ミルナがほとんど叫ぶように言った。アンリの両肩を掴み、訴えかけるように続ける。


「アンリくんは、そんなこと考えなくても良いのよ。貴方の良いところは、魔法器具に対する発想力と、それを可能にする高い技術力にあるんだから!」


「で、でもミルナさん。いつも俺のつくった魔法器具で、苦労してるんでしょう……?」


「誰よ、そんなことを言ったのはっ!?」


 ミルナの物凄い剣幕に、アンリは反射的に口を閉じる。アンリの頭に浮かんだのはマグネシオン家の当主だ。しかし、恩人を売るわけにはいかない。


 誰が言ったかは隠しつつ、人から聞いた話と自身が考えたこととを織り交ぜて、アンリは言い訳するように言葉を探しながら伝える。

 アンリのつくる魔法器具が一般的な魔法器具とは違っていて、街中の工房では修理も難しいということ。だから一般に流通させるにあたって、いつも防衛局研究部が尽力しているのだと聞いたこと。それから、魔法器具を製作している工房では、そうした修理や後々の需要も考慮して、誰でもつくれる魔法器具しか製作していないのだということ。

 さらに魔法器具販売店で職業体験をしてみて、いつでも同じ品質の物を得られることや、いつでも修理に応じられることは大切だと学んだこと。


「俺、今まで何も考えずに魔法器具をつくってきましたけど。もうちょっと色々考えたほうが良いんだなって思ったんです。この魔力石みたいに、俺以外に扱えないような物は、つくるべきじゃないと思うんですよ」


「……なるほどねえ」


 ミルナの険しかった表情は、アンリが話すにつれて徐々に落ち着いてきた。代わりに悲しげに暗く表情が歪んで、最終的にはアンリの肩に手を置いたまま、下を向いて深くため息をつく。


「アンリくんも、色々と考えるようになったのね……」


 純粋で可愛らしかったのにとか、何も考えずにいてくれれば良かったのにとか、いっそ学園なんて通わなければとか。ぶつぶつと小声で何やら呟いていたミルナは、やがて顔を上げると、いつになく真剣な顔でアンリを見つめた。


「あのね、アンリくん。貴方が色々なところで色々なことを学んで、色々なことを考えるようになったことはわかったわ。でもそれなら、これから私が話すことも、考えの中に入れてくれるかしら?」


 断る理由もなければ術もないので、アンリはただ呆然と頷く。それを見て、ミルナも真面目に頷いてから話を続けた。


「たしかにアンリくんの言うように、誰でも扱いやすい魔法器具をつくるという観点は大切よ。アンリくんの思いついた素晴らしい魔法器具を世間に流通させるにあたって、私たちがそこに一番苦労しているというのも事実。でも、だからと言ってアンリくんが遠慮しなければいけないなんてことはないの。むしろ、そんなことをしたら魔法器具の発展性がなくなってしまうでしょう」


 世間の常識や標準的な技術から外れた、新しい発想による魔法器具が開発される。それを扱いやすくするために研究職の人々が尽力する。そうして改良された魔法器具が流通し、世間の新たな標準となる。

 標準的な技術で客の需要に応える職人。その標準的な技術をつくりだすための研究者。そうした常識に捉われずに、新しい物をつくりだす開発者。

 同じ魔法器具に携わる人間といっても、それぞれに役割がある。どんな役割を担うかは各々の適性と、置かれた立場次第だ。


「アンリくんはこれまで見事に開発者としての役割を担ってきたし、これからもそうだと私は期待しているの。無理に職人の側に合わせる必要はないのよ。……そんなことをしたら、新しい魔法器具の可能性が失われてしまうわ」


 ミルナの言葉を、アンリは目から鱗が落ちる気分で聞く。そういう考え方があったのか。だからこそミルナたち防衛局研究部の面々は、これまでのアンリの無茶な魔法器具製作にも口を挟まずにいてくれたのかもしれない。

 けれどもあわせてアンリの心に浮かぶのは、今回の件についての懸念だ。


「話はわかりました。でも、だとしたらやっぱりこの魔力石は駄目ですよ。マリアに使ってもらうためにつくるんだから、ちゃんと扱いやすく改良してからじゃないと」


 いつもなら、アンリが気まぐれに「便利そうだな」と思う物をつくって、研究用としてミルナに提供するだけだ。それならミルナの言うように、アンリは開発者としての力を発揮すれば良いのかもしれない。


 けれども今回は、アンリがつくった物をそのままマリアに使わせるのだ。開発したばかりの扱いづらい魔法器具をマリアに渡して、彼女に実験台のようなことをさせるわけにはいかない。


 しかしそんなアンリの主張も、ミルナは「ばかねえ」と呆れたように肩をすくめて否定した。


「依頼主はマグネシオン家のご当主でしょう? アンリくんがどんな魔法器具をつくるかなんて、承知の上に決まっているじゃないの。アンリくんに依頼したのは、そういう新しい魔法器具でも構わないという意思表示よ。遠慮する必要なんてないでしょう」


 アンリが好きなように魔法器具をつくって、それをマリアに提供する。それがマリアのためにもなるし、マグネシオン家当主の依頼にも適うことなのだとミルナは言い切った。


「アンリくんは難しく考えすぎなの。中等科学園で色々なことを学んでいるのは良いことだけれども、そんなに難しく考えなくて良いこともあるのよ。お友達の困りごとは、早く解決してあげたいでしょう? アンリくんにはそれができるんだから、協力してあげれば良いのよ」


 大丈夫、とミルナはにっこりと笑う。


「私たちだってちゃんと研究を進めるもの。すぐにとは言えないけれど、将来的には、ちゃんと誰でも扱えるように改良してみせるわ」


 だから失敗だなんて言わないで、とのミルナの言葉に、アンリは今度こそ心から納得して「わかりました」と頷いた。

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