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翌日、職業体験で数名が欠けた教室で、アンリはいつも以上に真面目に授業を受けた。
昨日までの授業の大まかな内容はウィルから聞いている。逆に今日から幾日かの授業内容は、アンリからウィルに伝えなければならないのだ。ちゃんと聞いておかないと、後でウィルに怒られる。
慣れない勉強に集中したことで頭を痛くしながらも、どうにか一日を乗り切ったアンリは、授業が終わるとすぐに久々の魔法工芸部へと向かった。
魔法工芸部では、交流大会への準備が本格化している。部員ごとに各店に持っていく課題や試作品の製作に励み、あるいは既に本番用の作品づくりに取り掛かっている人もいる。
まだ日はあるが、交流大会に向けてつくらなければならない物は多い。例年、交流大会が近くなってから慌てる部員も多いようで「スケジュール管理も魔法工芸では大切なことよ」と部長のキャロルは口を酸っぱくして言っていた。
そんな中で、アンリはまだ、ランメルトの店に置くために何をつくるか決めかねている。
独創性のある作品。そう言われても、何をどうして良いのかわからない。助言に従って街中でも魔法工芸品を色々と見るようにはしているが、いかんせん、そこから新たな工芸品の発想に至ることができずにいる。
そのためにアンリは結局、別の店に納品するためのアクセサリーばかりつくっていた。それを見て、キャロルが心配そうに眉を顰める。
「アンリさん、大丈夫? ランメルトさんのお店に置いてもらう物は、進んでいる?」
「ええと。まあ、考えてはいます。こないだランメルトさんに、学園生らしい発想力と独創性を生かせって言われたんです。でも、どうしたら良いかわからなくて。考えてはいるんですけど、なかなか……」
曖昧に答えるアンリに、キャロルは困ったように首を傾げる。
「そうねえ、たしかにそんなこと言われても困るわね。でもアンリさんなら、自分の思うようにつくればいいんじゃないかしら。それが独創性に繋がると、私は思うわよ」
そう言われても、とアンリは途方に暮れる。
結局、何をつくれば良いのかわからない。自分の思うようにと言われても、思うようにつくったつもりのマグカップは平凡だと言われた。別の店だが、アンリが良かれと思ってつくった腕輪は、魔法工芸としてよりも魔法器具としての性能のほうが評価された。
そんな物しかつくれない自分に、果たしてランメルトを満足させられるような魔法工芸品をつくることができるのだろうか。アンリにはさっぱり自信がない。
「そんなに暗い顔しないで」
キャロルが改めて、明るい声で言った。
「大丈夫よ、まだ時間はあるんだし。そうね、ランメルトさんが言うように、もう少し色々な魔法工芸品を見てみると良いかもしれないわ。これだけあればアナさんのお店のアクセサリーも足りるでしょう。明日は思い切って部活動をお休みして、街中に出てみたらどうかしら」
そのくらいは言われたときからやっている……そう言い返そうとしたアンリは、ふとここ数日のことを思い返した。慣れない職業体験にいっぱいいっぱいで、つい、街中を歩いて魔法工芸品をよく眺めるという簡単な習慣を疎かにしてしまっていた。ここ数日、店に並んだ魔法器具はよく見たけれど、魔法工芸品はほとんど見ていない。
ランメルトの話を聞いてからというもの、アンリは街中でよく魔法工芸品を扱う店を覗き、自分なりに観察していた。しかしそれを、職業体験の間はすっかりさぼってしまっていた。
「……そうですね、そうしてみます」
この数日の自分の行動を反省し、アンリは反論せずに素直にキャロルの言葉に従うことにした。
明日はどの辺りの店に行ってみようか。
そんなことを考えながら手遊びのようにアクセサリーをつくり続けていたアンリに「調子はどう?」とキャロルとは別の声がかかった。振り返った先にいたのは、前部長のロイだ。
「ロイさん。お久しぶりです」
今年の新人が入部するのと入れ替わりで、四年生は役職を引退した。ロイも部長職をキャロルに譲り、今は気楽な一部員だ。そうなると部活動に顔を出さなくなる先輩も多い中、ロイは交流大会の公式行事や、個人的な目標に向けた作品づくりのために、頻繁にこの作業室に姿を見せる。
しかしここ最近、アンリとは入れ違いになることが多く、半月ほどは顔を合わせていなかった。
「久しぶり。交流大会の作品づくりは順調?」
気楽なロイの問いに、アンリは苦笑する。アンリの手元には既にたくさんのアクセサリーが出来上がっており、他人から見れば順調に進んでいるようにも見えるだろう。けれども、アンリ自身の感覚では、そうでもない。
「実は……」
苦笑のまま、アンリは今の状況についてロイに話した。ランメルトの店に置いてもらうための作品づくりがどうしても進まず、つくりやすいアクセサリーばかり量産してしまうこと。キャロルからの助言をもとに、明日は作業室には来ないで街中を歩いて回ってみようと思っていること。
ふむふむと頷きながら聞いていたロイは、話が終わると、アンリのつくったアクセサリーのひとつを手に取ってまじまじと眺めた。
「なるほど……まあ、たしかにこのアクセサリーひとつとっても、独創性っていうのは感じられないね」
「やっぱりそうですか」
アンリは手を止めて、作りかけだったイヤリングの出来損ないを作業台に置いた。アクセサリーなら何も考えずにつくることができるから楽だと思って続けていたが、そんな気持ちでつくった物が、良品であるはずがない。
「あ、ええと、悪いという意味じゃないよ」
アンリが落胆したのを見てとって、ロイが慌てた様子で言った。今さらそんなことを言われても、と拗ねるアンリに、ロイは笑って言葉を続ける。
「独創性がなくても、その分使いやすそうだ。とっておきの場面で身に付ける特別なアクセサリーではないかもしれないけれど、日常的に使えるじゃないか。僕は、こういうアクセサリーも大切だと思うよ」
褒められているのか貶されているのかわからず、アンリは眉を顰めて首を傾げた。大切という言葉からすれば良いことを言ってもらえているようにも思えるが、どうにも喜ぶことができない。
アンリが納得できない顔をしていたからだろうか。ロイは笑顔をおさめて、真面目な顔で続けた。
「悪いことではないよ。でも、ランメルトさんの求める魔法工芸とは違うということだろうね。僕も自分でつくるときには、こういう物は目指さない。なぜかわかるかい?」
アンリは黙ったまま考えた。まず「良品ではないから」という答えが頭に浮かぶ。けれどもロイは大切だと言っていたし、悪いことでもないと言った。それを否定する答えは間違っているだろう。
悪くはないけれど、求めるものとは違う。目指すものでもない。その理由は、なんだろうか。
時間切れと言わんばかりに、ロイが再び口を開いた。
「アンリ君のつくるアクセサリーのように汎用性の高いものは、万人に受け入れられるよ。でも、一方で誰の記憶にも残りづらいんだ。魔法工芸っていうのは、自分の感性を作品で表現するためのものだから。僕なら万人に受け入れられる物よりも、一人でいいから誰かの心に強烈な印象を残す物をつくりたいって思うね」
誰かの心に強烈な印象を残す。
アンリはまだ魔法工芸部に入る前、最初にこの作業室を訪ねた日のことを思い出す。まだ魔法工芸部に入ろうだなどとは思ってもいなかったアンリだが、キャロルに見せてもらったランプの精巧な美しさには、強く心惹かれた。
あのランプはたしかに、アンリの心に強烈な印象を残した。それだけの力があのランプにはあった。魔法工芸部に入りたい、とアンリに思わせるだけの力だ。
振り返って、今アンリの作業台にあふれているアクセサリーは。見目はそれほど悪くない。使い勝手の良さを意識してつくったから、きっと使いやすいだろう。
けれども、誰かの心に残るかと言われたら。
アンリのつくったアクセサリーには、キャロルのつくったランプのような力はない。
「……そう思うと、これじゃ駄目ですね」
「駄目というのは少し違うよ。何を目指すかの違いだけなんだから」
ロイは困ったように「なんて言ったら良いかな」と首を傾げた。
「万人が使いやすいようにというつくり方も、ひとつの在り方だとは思うよ。アンリ君がそういう物を求めるならそれで良いし、今つくっているそのアクセサリーも、その目的には合っている」
ロイは言葉を重ねてアンリを励まそうとするが、どんなに言葉を変えようと、アンリにとっては同じことだ。
たしかに使いやすい物にしようとは思った。けれども、見る者の心を掴む作品づくりを諦めたわけではないのだ。
「どうしたら、こういうのじゃないのをつくれるでしょう」
アンリは作業台の上に出来上がったアクセサリーを無造作に手に取って眺めながら、ため息まじりに言った。ロイの言いたいことは、アンリにもわかる。このアクセサリーも売れない物ではないのだろう。
けれどもランメルトが求めるものとは違うし、アンリが目指すものとも違う。
アンリのため息に、ロイは苦笑しつつ応えた。
「つくりたいと思ってすぐにつくれるなら、誰も苦労はしないよ。……でも、そうだな。強いて言うなら、あまり周りのことは気にしないほうが良いよ。ランメルトさんやキャロルの助言とは矛盾するかもしれないけど」
たしかに他の作品を見て学ぶ機会は大切だ。だからランメルトやキャロルは、色々な店で様々な魔法工芸品を見てみるようにと言ったのだろう。
しかし、それだけで良い物がつくれるようになるわけではない、とロイは言った。周りを見て「あんな物をつくりたい」「こんな物をつくりたい」と憧れているだけでは、その作品を超える物はつくれない。
「とにかく自分が良いと思った方向を突き詰めてみることも、時には必要だよ。外の店にどんな作品が置いてあろうと、ランメルトさんに何と言われようと、気にせずに自分のつくりたい物を、ひたすらつくってみるんだ」
もしかするとランメルトには、それでは駄目だと言われるかもしれない。扱いにくい作品になるかもしれない。けれども結果として誰かの心を捕らえることができるなら、それで良いではないか。
話すうちに、ロイの口調はだんだんと熱を持ってきた。アンリに言い聞かせるようでいて、強く自分の思いを主張しているようにも聞こえる。
「誰もが使いやすいようにと思ってつくると、そのアクセサリーのようになるよ。悪くはないと思うけどね。でも、君自身が違う物をつくりたいと思っているなら、周りのことなんて気にせずに、自分の好きなようにつくりたい物をつくってみることだ」
ロイは気持ちを落ち着けるように、いったん言葉を切った。それから意地の悪い笑みを顔に浮かべて、最後にそっと付け加える。
「あるいは誰か一人を思い浮かべて、その人のためにつくってみるのも良いかもね。万人に受け入れられなくても、その人の心は掴めるように。そういう大切な人、アンリ君にはいるかな?」
まさかそんな話に移るとは思っていなかったアンリは、唖然として、返す言葉を見失った。




