(28)
帰りの道すがら、マークは静かに、けれど興奮冷めやらぬ様子で熱を持って、今日の実演のときの思いをアンリに語った。
「初めてだよ。あんなふうに、思ったように魔法が使えたのなんて」
強く魔法を撃ちたいと思っても、魔力が少なく思う通りにいかない。だからせめて、正確さを磨こうと努力してきた。しかしどんなに正確な魔法が使えようと、威力が伴わなければ使い道がない。マークはそんな袋小路に陥っていた。
魔法補助具はマークにとって、一筋の光だったと言う。
「あんなに距離のある的まで届く水魔法を撃てるとは思わなかったよ。まして、貫通するなんて。それも何度も。これだけ使えたら、僕の魔法も何かの役に立てるかな」
「当たり前だよ。さっき、イヴァンさんも言ってただろ? あれほど正確な魔法が使える人はプロにもいないって。きっと、誰にも負けない魔法士になれるよ」
「それはさすがに大袈裟だけど……でも、ありがとう。僕でも魔法を使う仕事に就く道があるのかなって、思えてきた」
マークの気持ちの変化に、アンリは嬉しくなって言葉を重ねる。
「そうだよ。絶対、その道を諦めちゃいけないと思う。マークは何になりたい? 今日みたいな魔法が使えるなら、きっと防衛局の魔法戦闘職員だって夢じゃないよ」
「そんな、言い過ぎだよ。魔法補助具が無いと、あんな魔法は使えないんだし……」
そう言ってマークは押し黙る。話が性急すぎただろうかと、アンリは不安になって言葉を止め、様子を窺った。
けれどもマークは急に自信を失ったわけではなくて、言葉を探して考え込んでいただけのようだ。やがて顔をあげると、真っ直ぐにアンリを見て言った。
「僕、この三日間ですごく感じたことがあるんだ。魔法器具って、すごいよね。いろんなお客さんに会ったけど、どの人の困り事も、だいたい魔法器具で解決できた。もうどうしようもないと思っていた僕の悩みだって、あんな小さな腕輪一つで解決しちゃったんだから」
マークの言葉を、アンリはひとつひとつ頷きながら受け止める。
マークの言いたいことはわかる。アンリ自身はたいてい魔法でなんでも解決できてしまうから、魔法器具が必要だと思ったことはない。けれどもこの三日間で出会った人たちは皆、魔法器具を求め、魔法器具により助けられていた。
遡れば昨年、防衛局の研究部での体験カリキュラムに参加したときにも、魔力放出補助装置によって魔法が使えるようになったという魔力放出困難症の人に会っている。マリアも同じ症状を抱えている。魔法器具は彼らの生活も支えているのだ。
人々の生活に、魔法器具は大きな役割を果たしている。マークはそう言いたいのだろうと思って、アンリは大きく頷いた。
アンリの同意を受けて、マークは自信を得た様子でにっこりと微笑み、堂々と続ける。
「だからね。魔法補助具を使って魔法士としての仕事をするのも良いけれど……僕はむしろ、皆の生活をこんなに助けている魔法器具を、自分の手でつくる仕事をしてみたいと思うんだ」
その言葉に、アンリは大きく目を見開いた。たしかに魔法器具は便利だし、人の役に立つ物だ。しかしそれを実感したからといって、まさかマークがそちらの方向に将来を思い描き始めるとは、思いも寄らなかった。
「えっ……? それだと、自分で魔法を使う仕事にはならないだろ?」
「うん。でも、どのみち魔法補助具の使える職場じゃないと、僕はほとんど魔法が使えないから。むしろ今日の工房のようなところなら、自分の工房でつくった製品を試す機会くらいはあるんじゃないかな。イヴァンさんも、そう言っていたよね」
こんなところで、つい昨日の昼休みに話したばかりのことが返ってくるとは。
「その道なら、僕は人の役に立つものをつくりつつ、もしかしたら今日のように魔法を使う機会にも恵まれるかもしれない。こんなに良い仕事は無いよ」
明るい目をして語るマークに、アンリは少々焦りを感じた。
たしかに初めは、そういう道もあると言ってマークを説得しようと思っていた。どんな仕事でも良いから、魔法に関わることを諦めないでほしい、と。
けれども今日の実演を見た今となっては、それではもったいないという気持ちのほうが強い。あんなに素晴らしい魔法が撃てるのだ。魔法を使う仕事に就かないなんて、もったいない。
「ええっと、マーク。まだ卒業まではしばらくあるし、今からそんなに進路を狭める必要はないだろ?」
なんとか角が立たないように説得したい。そんな思いでアンリは言ったのだが、マークはむしろ「とんでもない!」と語調を強めた。
「魔法器具製作って、とても技術の要ることだよね。むしろ、今からで間に合うのかが不安なくらいだ。……そういえば、魔法器具製作部っていう部活動があったよね。今からでも入れるかな」
すっかりその気になっているマークを思い留まらせるための言葉が、アンリには思いつかない。
「う、うん……どうだろう。魔法器具製作部なら友達がいるから、聞いてみようか……」
それどころかマークの熱気に押されて、思わずこんなことを口走ってしまう。アンリの言葉に、マークは目をきらきらと輝かせた。
「ほんとっ!? アンリ君、ありがとう!」
マークの満面の笑みを前に、アンリは苦笑することしかできなかった。
寮に帰ってマークとのやり取りを報告すると、ウィルは腹を抱えて「まあ、いいじゃないか」と笑った。
「魔法を全く使わない進路を選ぼうとしていたのに比べたら、魔法を使いたいって思えるようになっただけでも進歩なんだ。これ以上望むなんて、贅沢だよ」
「それは、そうかもしれないけど」
けらけらと声を立てて笑うウィルの隣で、アンリは口を尖らせる。たしかに、思った以上にマークが前向きになってくれたこと。そして想像以上にマークの魔法力が高かったこと。それによって、少し欲が出てきたのかもしれない。
「それにしたって、そんなに笑うことないだろ」
「だって、アンリがあまりにもあっさりと諦めたみたいだから。僕に話すくらい未練があるなら、もうちょっと頑張って説得すれば良かったのに。説得どころか後押しまでしたなんて、おかしいじゃないか」
ウィルの言うことがもっともすぎて、アンリは反論もできない。もしもアンリがウィルくらい言葉に巧みなら、絶対にマークを説得してみせたのに。悔しさに、アンリは顔を歪ませる。
「俺だって、できることなら説得したかったよ。だって、本当にもったいないんだ。魔法補助具と魔力貯蓄具を使えば、もしかしたらアイラ以上の魔法士になるかもしれないのに」
「そんなに?」
ウィルが笑いを引っ込めて、ぎょっとした様子でアンリを見た。どんなにアンリが褒めると言っても、アイラ以上などという言葉が出てくるとは思ってもいなかったのだろう。
笑われて馬鹿にされたような気分になっていたアンリは、少しだけ胸のすく思いがした。得意になって胸をそらせる。
「そうだよ。ちゃんと訓練すれば、上級戦闘職員だって夢じゃないね」
やや内気な性格を思えば、戦闘向きではないかもしれないが……そんな言葉を胸の内に留めつつ、アンリはあたかも我が事を自慢するかのように言った。
一方でウィルは、驚いた顔のまま「すごいね」と呟くように言う。
「相当良い魔法だったんだね。……惜しいな、僕も見てみたかった」
「俺だって。もっとたくさんの人に見てもらいたかったよ」
より多くの人に見てもらい、マークの魔法力の高さを知ってもらいたかった。そうすればきっと、マークの自信にもつながっただろう。マークの選ぶ進路も、変わっていたかもしれない。
悔しい気持ちを思い出してアンリが顔を顰めると、ウィルはようやく驚愕から立ち直り、いつものように笑った。穏やかで、何事か含みのあるいつもの笑顔だ。
「まあ、アンリの言うように、卒業まではまだ二年以上あるからね。説得の機会だっていくらでもあるよ」
「そうかな」
「そうだよ。だからさ、今度説得するときには、僕にも彼の魔法を見せてよ」
にっこりと微笑むウィル。一見優しげな笑みだが、その奥に、計算高く自身の利益を追求する一面があることをアンリは知っている。マークのためとか、アンリを励ますためとかいう言葉ではないだろう。
(……魔法を見たいだけだろうなあ)
魔法そのものに興味があるのか。あるいは、アイラ以外の良いライバルが現れたと期待しているのか。いずれにせよ、説得よりもまず、マークの魔法を見てみたいという気持ちが大きいようだ。アンリにしても、マークの素晴らしい魔法をもっと人に見てもらいたいという気持ちが大きいのでやぶさかではないが、この悔しさが伝わらないのはもどかしい。
「あ、そういえば」
マークの魔法を思い出したアンリは、ふと、気付いたことをそのまま口にした。
「マークの魔法って、隊長の魔法に近いかもしれないな。隊長って魔法の使い方が丁寧だから、かなり正確なんだ」
「えっ。僕、明日からの体験でその魔法が見られるんだよね?」
「うん、それそれ」
防衛局戦闘部の職業体験は、アンリの参加した魔法器具販売店の体験とは日程がずれている。ウィルが体験に参加するのは明日からだ。そのなかで、上級魔法戦闘職員による魔法実演も予定されていた。
公表されているわけではないが、実演を行うのが一番隊隊長であるということを、アンリは本人から直接聞いている。
明日からの職業体験に対する期待を思い出したように、ウィルが身を乗り出した。
「アンリが丁寧で正確ですごいって褒めるような魔法を、僕は間近で見られるってことだね?」
「う、うん、そのはず……隊長の魔法は、それだけじゃないけど」
丁寧で正確、かつ細やかで華やかな魔法。アンリの魔法が威力重視なのに対して、隊長の魔法は精度重視。威力こそアンリの魔法には及ばないが、アンリにも隊長の魔法の真似はできない。
それを思えばマークの魔法なら一応アンリにもできそうなので、やはり一段劣るとは言える。もっとも、そもそも防衛局における最高水準の魔法士と、まだ魔法士の卵でしかない中等科学園生とを比べること自体が間違っているのかもしれないが。
「楽しみだなあ、明日から」
ウィルの頭の中からは、マークのことなど、もうすっかり吹き飛んでしまったらしい。防衛局で体験できること、見られること。それだけで頭がいっぱいのようだ。
無理もないかと諦めて、アンリはいつになく浮かれているルームメイトを応援してやることにした。
「そうだね。大変なこともあると思うけど、頑張って」
アンリの言葉に、ウィルは今度こそ裏の無さそうな満面の笑みで頷いた。




