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 魔法器具製作工房の新製品を、試すことができる。


 それを知って、アンリはすぐにマークのほうを振り向いた。突然の話に、マークは驚いたような顔をイヴァンに向けている。


「ぼ、僕たち、使わせてもらっていいんですか?」


「うん、工房の人たちの了解はもらっているから。遠慮することはないよ。魔法補助具なんてどうだい?」


 さすがは魔法器具販売店の販売部門責任者、とアンリは感心した。マークが最も興味を持っている製品がどれなのか、よく分かっている。もっとも、そのくらいはただの同級生でしかないアンリにもわかることだが。


 それからイヴァンはアンリを振り返って、少し首を傾げた。


「アンリ君も、魔法補助具を使ってみる? それとも、戦闘服仕様の旅装とかかな。君の体に合う大きさがあればいいんだけれど」


 さすがのイヴァンにも、アンリがどの魔法器具に興味を持っているかはわからなかったらしい。それも無理はない。アンリ自身、どの魔法器具を使ってみたいかと言われても、答えを出せそうにないのだから。


「……えーと。いや、俺はマークが試すところを見るだけで、十分です」


 少し考えてから、結局アンリはイヴァンの誘いを断ることにした。


 新製品という言葉には心躍ったが、それではどの製品を試してみたいかと言われれば、特別に心惹かれるものはない。

 魔法補助具などアンリには必要ないし、そもそもアンリの魔力量で使うと壊してしまうことがあるので危険だ。旅装は元となった防衛局の戦闘服をよく着用しているので、今さら着てみたいとも思えない。そのほかの魔法器具も、先ほどの実演を見ただけでアンリには魔法器具の仕組みがわかってしまった。使ってみるまでもない。


「いいのかい? 滅多にない機会だよ」


「いいんです。それより、早くマークの魔法が見たいです」


 誤魔化しでなく、アンリの本心だ。

 魔法補助具を使ったマークが、どれほど素晴らしい魔法を使うか。それを見ることができる。そして、イヴァンやこの場にいる人たちに見せることができる。


 早く見てみたい、早く見せてやりたい。


 そんな思いで、アンリの心はたかぶっていた。






 周囲に促されて、マークは緊張した面持ちで試し撃ち用の的に向かって立った。マークの隣には、先ほど魔法器具の実演を担当した女性。マークの腕に魔法補助具を取り付けつつ、使い方を説明している。


「危険の少ない水系統の魔法にしましょう。氷魔法を使ったことは?」


「ありません」


「それなら、水魔法にしましょうか。消費魔力の節約機能は、装着しただけで働くから何も操作はいりません。それで、この部分を右に回すと照準補助機能が働きます。あとは普段と同じように、あの的の中央を射抜くことを意識して魔法を撃つだけです。水魔法でも、いつもよりも強い威力の魔法が正確に発動するのを感じていただけると思いますよ」


 女性の言葉に従って、マークは腕に付けた魔法器具の真ん中にはまった魔力石を、右に回そうとする。それを、アンリが慌てて止めた。


「ま、待って、マーク。まずは照準補助をつけないでやってみよう。水魔法は普段使っているんだから、できるだろ?」


 先ほどの説明によれば、照準補助は普段使わない強力な魔法を使うときのための機能だ。普段使っている水魔法の威力が多少高まるくらいなら必要ないだろう。

 だいたい最初から照準補助など使ってしまったら、マークの魔法制御の凄さが見ている人に伝わらないではないか。アンリとしてはこの試用を通してマークの凄さを周りに見てもらい、マークにも自信を持ってもらいたいと思っているのに。


 新製品の新製品たる所以の機能を使わないとなれば、工房にとっては面白くないかもしれない。しかし工房の女性がそのことでつまらなそうな顔をすることはなかった。


「そうですね。まずは照準補助無しに使ってみて、その後に補助を付けてみると良いでしょう。そのほうが、使い勝手の良さを実感していただけると思います」


「マーク君、大丈夫。もし的を外れたとしても、この倉庫は簡単に壊れるようにはできていないから」


 女性の後押しに、イヴァンも明るく言葉を添えた。二人とも中等科学園生の魔法力がどの程度かということをよく知っていて、魔法は外れると思っているらしい。


 好都合だ。きっと、二人ともマークの魔法に驚くだろう。アンリは内心で微笑んだ。


「とにかく、いつもと同じつもりでやってみなよ」


 緊張しているらしいマークの肩を軽く叩いて、アンリは言う。

 覚悟を決めたマークは、的に向けて真っ直ぐと腕を伸ばすと、その手から水魔法を放った。


 ズドン、と重い音が響いた。






 魔法器具販売店の職業体験は三日で終わり。

 夕方、全ての予定を終えたアンリとマークは、店の外まで見送りに出てきてくれたイヴァンに深く頭を下げた。


「三日間、ありがとうございました!」


 二人の言葉に、イヴァンはにっこりと笑う。


「こちらこそ。昨日はアンリ君に助けられたし、今日はマーク君の魔法で楽しませてもらった。本当に、どうもありがとう」


 イヴァンの言葉に、マークは困ったように、恥ずかしそうに微笑んだ。


「そ、そんな。僕の魔法なんて……」

「素晴らしかったよ。君はきっと、良い魔法士になれる」


 マークの言葉に被せるようにしてイヴァンが言う。その通りだ、とアンリも深く頷いた。


 魔法補助具を付けたマークの魔法は、それほど素晴らしかった。


 マークの手から放たれた水魔法は、遠くの的のど真ん中に、正確に命中した。そのうえなんと、一発で的の中央に穴を開けたのだ。

 通常、水魔法には木製の的を貫通するほどの威力はない。距離が遠ければ尚更だ。マークの魔法も、特別に威力が強いわけではなかった。

 しかしマークの魔法は正確で、狙いが本当に小さな一点に絞られていた。魔法が針の先ほどの一点に集中したことで、局所的に、的を貫通するほどの力を得たのだ。


「あんなに正確で強い水魔法は初めて見たよ。プロの魔法士でも、あれほど正確な魔法が使える人はいないんじゃないかな。……っと、これはプロの方々に聞かれたらまずいか。ここだけの話にしておいてくれ」


 今でも興奮が冷めないようで、イヴァンの声は明るく弾んでいる。その気持ちはアンリも同様だった。アンリはプロだが、イヴァンの言葉に反論する気は全く無い。なんせアンリ自身、よほど集中して魔法を使わなければ、あれほど正確な魔法を撃つことはできないだろうと思えるからだ。それをマークは、なんてことのない顔をしてやってみせたのだ。


 実演の場でもアンリは感動して、もう一度、もう一度と何度もマークに水魔法の実施をねだった。おかげでマークは魔法補助具を使っていてさえ魔力切れを起こしたほどだ。それでも最後の最後まで、マークが狙いを外すことはなかった。

 結局、マークは最後まで照準補助具機能を使わなかった。工房の職人も含めて、あの場にいた者でその必要性を感じた人はいないはずだ。


 ところがマークは、その機能を使わなかったということに対して引け目を感じているようだった。


「僕、結局あの魔法器具の機能をちゃんと全部使いませんでしたけど……あれは、お店に置くことになりますか?」


「ん? ああ、気にしなくても大丈夫。元々あれほど強力な魔法補助具は、店頭の棚に並べる物じゃない。カタログに載せて、注文に応じて製作してもらうことになるだろうね」


 自分のせいで工房に迷惑がかかるのではないか。どうやらマークはそんな心配をしていたらしい。無用の心配だったことがわかり、安堵した様子で息をつく。

 そんなマークに、イヴァンがにっこりと明るく微笑みかけた。


「マーク君、いつか日常的に魔法補助具を使うことになったら、ぜひうちの店に探しにおいで。アンリ君も、魔法補助具に限らず魔法器具が欲しくなったら声をかけてくれ。きっとほかの店には無い、最良の品を用意してみせるよ」


 ちゃっかりと自信に満ちた宣伝をするイヴァンに、マークもアンリも「是非お願いします」と笑顔で応える。


 こうして、三日間の職業体験は幕を閉じた。

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