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 休み明けには、いよいよ職業体験が始まった。


 九組のマーク・ガロとともに向かったのは、商店の集まるエリアにある魔法器具販売店。トマリの店よりも随分と大きいその店には「マリオネット魔法器具店」という大きな看板がかかっていた。


「こ、こんな立派なお店で働けるんだね……」

「うん。楽しみだね」


 気後れした様子のマークに、アンリは努めて明るく声をかける。どうやらこのマークという同級生は、極端に臆病な性格をしているらしい。先日の挨拶のときに気弱な様子だったのも、魔法力のことで落ち込んでいたわけではなくて、元々の性格だったのかもしれない。


 店の事務所を訪ねたアンリたちに、三十代くらいの男性がにっこりと、爽やかな笑みを向けた。


「ようこそ、マリオネット魔法器具店へ。アンリ君とマーク君だね。私は三日間、君たちの指導を務めるイヴァン・ラナースだ。わからないことがあったら何でも聞いてくれ」


 イヴァンはこの店の販売部門の責任者であるという。中等科学園生の実習にわざわざ責任者が当たるのかとアンリは目を丸くし、マークは恐縮して頭をぺこぺこと下げた。そんな二人を前に、イヴァンは気軽に笑う。


「気構えなくて良いよ。実は私も昔、中等科学園生だった頃に君たちのようにこの店で職業体験をしたんだ。当時、私の担当をしてくれたのは店長だった。……今は店が大きくなって、なかなか店長が直接というわけにもいかず、むしろ申し訳ないくらいだ」


 そう言って、彼は肩をすくめる。どうやら中等科学園生の実習を軽んじないのは、この店における昔からの習いらしい。


「そういうわけで、これから三日間、よろしく頼むよ」


「よろしくお願いします!」


 このときばかりはマークも声を張り上げて、アンリとともに、二人でそろって頭を下げた。






 マリオネット魔法器具店は、魔法器具と名の付く物であればどんな物でも扱うことを売りにした大型の魔法器具店だ。製作工房は併設しておらず、契約したいくつもの工房から製品を集めているという。


 工房から集めた製品はいったん店の奥の倉庫に置かれ、必要な数だけ店頭に並べ、客に売り出している。


「というわけで今日の君たちの仕事は、倉庫から商品を出して、店の棚に並べることだ」


 店頭で足りなくなった商品をイヴァンがアンリたちに伝える。アンリたちは指示をもとに倉庫で該当の魔法器具を探し出し、店の棚に並べる。


「商品に書いてある名前と品番号をよく見て、間違えないように。時間がかかるのは仕方がないと思って、焦らずに作業をしてほしい」


 そうしてイヴァンは「それから」とやや強い語調で付け加えた。


「間違っても魔法を使ったり、魔力を流したりしないように。……魔法器具の中には、近くの魔力に反応して起動する物もある。店の中や倉庫で魔法を使うと、君達だけでなく周りの人やお客さんまで危険に晒すことになるからね。絶対にやってはいけないよ」


 わかりました、と素直に頷きつつ、アンリはようやく職業体験の事業所一覧に載っていたこの店の注意事項の意味を理解した。魔法不要ではなく、魔法使用禁止。魔法を使うのが危険だからということだろう。


 注意事項の説明を終えると、イヴァンはアンリたちを倉庫へと連れて行った。倉庫にはアンリたちのほかに数人の店員がいて、せわしなく棚の間を歩き回っている。


「彼らと同じように働くんだ。たとえば私がこの紙を君たちに渡したとして」


 と、イヴァンは胸元から一枚のメモを取り出した。小型魔力灯十個と書かれた下に、細かく数字が並んでいる。この数字が品番号だろう。


「この品を、この倉庫から探し出す。試しに探してごらん」


 アンリとマークは、二人で呆然と立ち尽くした。棚は高く、入口に立つ二人からは部屋の全体像が見渡せない。顧客向けの店舗の陳列棚と違って、わかりやすい標識もない。


 どうやって探すのが正解か、とアンリは考える。


 安全に、そして周りに気付かれずに探索魔法を使う方法はある。アンリなら難しくもない。あるいは周りに魔力の影響を及ぼさない魔法により身体を強化し、倉庫内を駆け回れば、そう時間をかけずに見つけられるかもしれない。あるいは……


「……手分けをして、探そうか」


 アンリの思考を、マークの小さく控えめな声が遮った。


「僕、あっちの端から探すよ。アンリ君は向こうの端から……どうかな?」


 魔法による解決方法ばかりに気を取られていたアンリは、マークからの提案に呆気にとられて頷いた。






 広い倉庫ではあるが、端から端まで見て回ったからと言って、何時間もかかるような場所ではない。探し始めて十分ほどで、目当ての魔力灯は見つかった。見つけたのはアンリだ。マークを呼んで、二人で品番号を確かめてから商品を十個取り出し、箱に詰める。


 イヴァンのもとに持って行くと、彼は満足げに頷いた。


「うん。今のように、多少時間がかかることは気にせずに商品を探してほしい。最後に二人で商品を確認したのも良かったね。さて、商品が見つかったら、店舗のほうに持って行くんだ」


 そうしてイヴァンに連れられて、二人は裏口から店舗に入る。魔力灯の売場まで行って、指定の棚に持ってきた魔力灯を丁寧に積んだ。


「よし。その調子で、次からが本番だ。同じ要領で、このメモに書いてあるものを用意してくれ」


 そうして渡されたメモに書かれたのは、十種類ほどの魔法器具。「一度に持ってくるのは無理だろうから、一つずつ順番にね」とイヴァンは優しく言うが、どうにもアンリには、都合よく雑用を押し付けられているような気がしてならない。


 販売業と言うからには、客の前に立つ華やかな仕事があるかと期待していたのだが。


(……まあでも、今日仕事を始めたばかりで、しかも三日間しかいないんだ。雑用でも仕方ないか)


 期待を裏切られた。そんな気持ちもあるが、勝手に期待した自分が悪いのだと諦めて、アンリは言われた仕事を素直にこなすことにした。






「大体わかってきたよ、アンリ君」


 マークが小声で、しかし嬉しそうにそう言ったのは、倉庫と店とを五往復ほどした頃だった。


「わかったって、何が?」

「倉庫の商品の並び方だよ。種類別で、大きさ順なんだ」


 そういえば、とアンリは倉庫の中をぐるりと見渡した。何度か商品を探すうちに、目的の商品がどのあたりにあるのか、なんとなく当たりがつくようになってきた。その感覚を整理して簡単に言葉にすれば、マークの言うとおりだろう。


 入口から見て右の端から順に、生活用品、娯楽品、装飾品、旅行用品。さらに生活用品のエリアでは端の棚から順に収納具、清掃具、雑貨類、魔力灯等々……そして収納具は右から大型、中型、小型というように、大分類の次に小分類があり、そのうえで大きさ順に並んでいるという具合だ。


「たしかに、そう意識すれば探しやすい」

「でしょ? 次のは水筒だから、たぶんあっちじゃないかな」


 そう言って、マークは小走りに旅行用品のエリアに向かう。気後れした様子でおどおどしていた今朝の様子に比べれば、ずいぶんと生き生きして見える。もしかすると知り合ったばかりのアンリとともに経験のない仕事をすることに緊張していただけで、これが素なのかもしれない。


「簡易天幕、旅行鞄、弁当箱……あった、水筒。これだよね、アンリ君」


 目当ての商品を見つけて嬉しそうに指差すマーク。これがメモに書かれたものであることは確信しているだろうに、それでもアンリの同意を求めるのは、自分の探し方が正しかったことを主張するためだろう。加えて、二人で確認するようにというイヴァンの言い付けを守る意味もあるに違いない。きっと、根が真面目なのだ。


「うん、品番号も間違いない」


 アンリがそう言って頷くと、マークは得意げに笑った。






 二人が水筒十五本を箱に入れて店舗へ行くと、ちょうどイヴァンがにこにこと、客を相手に商品の説明をしているところに行き合った。


「ほう、南の国までですか。そうすると荷物は少ないほうが良いでしょう。こちらの旅行鞄ではいかがでしょうか。空間魔法の機能が付いていて、これ一つで箪笥一棹分の荷物を収容できるようになっています」


 客は感心した様子でイヴァンに薦められた鞄を手に取った。イヴァンはその横から、商品の特徴やら類似品との違いやら値段やら、すらすらと何気ない様子で説明を加える。興味深げにイヴァンの話を聞いていた客は、そのうち購入を決めたようだ。するとイヴァンはすかさず別の魔法器具を併せて薦めはじめる。野宿になってしまった場合に備えた簡易天幕。万が一、道中で水や食糧が入手できなかった場合に必要な非常食保存袋と大容量水筒。


「おや二人とも、ちょうど良いところに」


 旅行に有用な魔法器具の説明をしていたイヴァンはマークとアンリにちらりと目を遣ると、マークの持つ箱から水筒をひとつ取り出して客に薦めはじめた。


「お客様、こちらの水筒はかがでしょうか。これも鞄と同じく容量に特化していましてね」


 そのまま旅行鞄のときと同じように、水筒について細かく説明する。


 色々と説明を聞いた客は、それも購入することに決めたようだ。それからイヴァンに対し、旅行中に使いやすい飲料用のカップは無いかと尋ねる。

 お任せください、とイヴァンは満面の笑みを浮かべて頷いた。


「それでしたら、生活用品売り場にご案内しましょう。軽くて丈夫、中の温度を保ちやすい、旅行にも適したカップがありますよ」


 流れるような接客に、アンリもマークも呆然とイヴァンを見つめた。小声で「商品の搬入に戻りなさい」と彼から指示されていなければ、そのままイヴァンについて行ってしまっていたかもしれない。


 残りの水筒を指定の棚に収めて倉庫に戻った二人は、互いに顔を見合わせた。


「……僕、魔法器具をつくっている人はすごいって思っていたけど。こういうお店の店員さんもすごいね」


「うん。イヴァンさん、特徴も値段も色々と詳しく説明していて。全部ちゃんと頭に入っているんだな」


 次の商品を探しながら、二人はあれこれとイヴァンのことについて話す。


 商品説明が詳しくてすごい。鞄を売るついでに他のものもうまく薦めていてすごい。アンリたちに頼んだものを覚えていてすごい。尋ねられた商品の売り場をすぐに案内できてすごい。


 マークとそんな話を続けながら、アンリは都合よく雑用を押し付けられたという思いを改めた。


 いくら魔法器具に詳しいアンリでも、店頭に立ってあんなふうにすらすらと客に魔法器具を案内することはできない。


 今日体験を始めたばかりの中等科学園生にそんなことができないことをイヴァンはちゃんとわかっていて、だからアンリたちをこうして品出しの仕事に回したのだろう。


(たしかに品出しの仕事は雑用だけど、都合よく押し付けられたというよりは……これ以外に俺たちに任せられる仕事がないんだろうな)


 魔法を使わない仕事だからといって、甘く見ていたつもりはない。けれども心のどこかで、誰でもできる仕事だろう、特に魔法器具に詳しい自分になら簡単な仕事だろうという侮りがあったのかもしれない。


 アンリはそれまでの自身の姿勢を反省し、任された仕事に素直に取り組むことを心に決めた。

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