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 次の休日、アンリは首都にあるマグネシオン家本邸の研究所に来ていた。約束している研究の手伝いで、月に一度ほど、休日に顔を出している。


 魔法工芸部の作品づくりだとか、トマリの店の魔法器具づくりだとか。やるべきことはたくさんあるが、マグネシオン家での研究も、アンリにとっては欠かすことのできないものだ。






 研究所内の実験室の中央に立ったアンリは、目を閉じて深く息を吸い込んだ。


 肌を覆うチリチリとした嫌な感覚を意識して、その細部を感じ取る。魔法を使うために魔力を放出しようとすると、チリリと肌を焼くような感覚が強くなった。けれどもその感覚に意識を集中すると、ところどころに穴があるのを感じ取ることができる。


(目の粗い網みたいなものだ。隙間はいくらでもある……)


 今度はその隙間から魔力を放出するよう意識する。すると面白いほどにすんなりと、魔力が体から外へ出て行くのがわかった。ここまで来ればあとは、外へ出た魔力を魔法の形に切り替えるだけだ。


 集中を解いて目を開ける。同時にアンリの放った氷魔法が、実験室の端に設置された的の中央を正確に穿った。


『……相変わらず、素晴らしい魔法力ですなあ』


 呆れたようなため息混じりの声が、天井から響く。実験室の左側、観察室につながる窓の外から所長のボーレンがアンリを見ていた。観察室と実験室とは分厚い壁と魔法を遮る防護壁とで隔たれているが、通信用の魔法器具で声は伝えられるようになっている。天井から響く声は、観察室にいるボーレンのものだ。


 賞賛する彼の声に対して、アンリは苦笑した。


「今のは魔法力というより、ただの勘ですよ。魔力が通りそうなところを探して魔法を使っただけです」


『そういう魔法的な感覚や技術も含めて魔法力と呼ぶものだと私は思いますがね。ひとまず、今日の実験はここまでにしましょう。こちらに来ていただけますかな』


 ボーレンの合図で、実験室の扉が開く。肩をすくめたアンリは軽い足取りで部屋を出て、ボーレンの待つ観察室へと向かった。






 実験したのは、空間作用型の魔力放出無効化装置の試作品。設置した魔法器具の周囲において魔力の放出ができなくなる……つまり、魔法が使えなくなるというものだ。


 同じ機能を持った「装着型」の魔法器具は、すでに実用化されている。腕輪や首輪の形をしたその魔法器具は、装着した者の魔法使用を完全に制限する。アンリでさえ、装着すれば一切魔法の使用ができなくなるほどの強力なものだ。現在は主に、犯罪者の捕縛や囚人の管理へ使用されている。


 しかし装着型の場合、対象に魔法器具を装着させなければならないという制限がある。


 それよりも、設置するだけで一定範囲内の魔力放出を制限できるものをつくることはできないか。現在この研究所では、そうした意図に基づいた魔法器具の開発が進められている。


 その試作品をアンリがあっさりと破ってしまったことで、ボーレンはやや気落ちしている様子だった。今回の試作品には、それなりに自信があったのだろう。


「また失敗ですなあ……」


「で、でも今回は、前の試作品に比べてちょっと苦労しましたよ」


 ため息をつくボーレンに、アンリは慌てて声をかける。励ましのためではあるが、嘘ではない。


「この実験ではいつも魔力を通す穴を探すんですけど、今回は、穴が前よりも小さくなっていたような気がします。探すのに苦労して、魔法の発動に少し時間がかかったような……」


「たしかに前回よりも一秒ほど、時間がかかっていますな。誤差の範囲かと思いましたが」


 ボーレンは実験の記録に目を落とす。その目に少しだけ明るさが戻っているのを見て、アンリはほっと息をついた。


「魔法の発動時間には俺の調子の良し悪しも関係しますけど、今日は別に調子が悪いわけでもないですし。前の試作品から、改良しましたよね。方向性は間違っていないってことじゃないですか」


「ふむ……そうですな。では次までに、この方向でもう少し改良を加えてみましょう」


「実験ならいつでも付き合いますよ。……それから、装置を設置する位置なんですが」


 そうしてアンリは、実験して気付いた点をいくつか挙げていく。ボーレンは細かくメモを取り、次はああしよう、こうしようと一つ一つに丁寧に考察を加えていった。






 アンリとボーレンは時間も忘れて話し合っていたので、午前の早い段階で実験を終えていたにもかかわらず、気付けば昼時はだいぶ過ぎていた。


 その「気付けば」というのも、二人が自主的に気付いたというわけではない。アンリが来ていることを知って研究所に顔を出したマグネシオン家当主が「少し話でも」と午後の休憩に誘ったわけだが、そこで二人とも、そもそも昼食すらとっていないことに気付いたというわけだ。


 時計を見て驚くアンリとボーレンを見たマグネシオン家当主は頭を抱えつつ、周囲の他の研究員たちに「この二人が揃ったときには気を付けろ」と真面目な顔で指示を出していた。


 そうして天気が良いからと庭に軽食が用意され、アンリもボーレンも半ば強制的に研究所から外に出されたのだった。


「ボーレン。君は大人だから良いが、アンリ君は育ち盛りの子供なんだ。食事抜きは可哀想だろう」


「いやはや、つい話し込んでしまいまして。まさかこんなに時間が経っていたとは。申し訳ないことを」


「俺も、時間なんて全然忘れてました。腹が減っていたことにも気付かなかったです」


 そう言いながら、アンリは用意されたパンに手を伸ばす。食事を前にした途端、忘れていた食欲が顔を出したらしい。


 どうぞ自由に食べてくれという言葉に甘え、アンリは会話も忘れて遠慮なく食事にありついた。


「……それで、アンリ君。学園生活は順調かい?」


 マグネシオン家当主が話を再開したのは、アンリが出されたパンやらスープやらをぺろりと平らげ、食後の紅茶に手をつけはじめた頃合いだ。「はい、おかげさまで」とアンリはカップを置いて応える。


「部活動も楽しいですし、最近は一応、勉強もちゃんとやるようにしてます」


「それは良かった。しかし、色々とやることがあって忙しいだろうね。私からお願いしている件は、負担になっていないかい?」


 マグネシオン家当主からお願いされている件。今日のように、ここの研究所で魔法器具製作に協力すること。そして、彼の姪でありアンリの同級生でもあるマリア・アングルーズのために魔法器具を改良すること。


「いいえ。魔法器具製作も、俺が好きでやっていることですから。……ただ、すみません。マリアの魔法器具のほうは、どうやったら上手くいくか、まだ全然わからないんです」


「いいんだよ、急ぐ話ではないからね」


 頼まれているのは、マリアが常に身につけている魔力放出補助装置の外見を改良すること。

 魔力放出困難症の解消という機能だけを追求した今の魔法器具は、無骨な見た目をしている。事情を知る者の多い学園の中での装着であればまだしも、街中やパーティ会場などで身につけるには目立つし、マリアの愛らしい外見にも似合わない。


 十五歳の少女が日頃から身につけていても不自然ではないように。むしろ好ましく見えるように。そんな見た目の改良を依頼されていた。


 急がないとは言っても、新しい魔法器具が出来上がるまで、マリアは今の無骨な魔法器具を我慢して使い続けなければならないのだ。


「マリアのことを考えると、俺も早くつくってあげたいとは思うんです」


「そう思ってもらえるのはありがたいな。でも、くれぐれも無理はしないでくれ。君に無理をさせたら、私は多方面から怒られるんだ」


 マグネシオン家当主はおどけた様子で、肩をすくめながらそう言った。


 まさか大貴族たるマグネシオン家の当主を本当に責める人がいるわけではないだろう。それよりも、軽い調子ながら、彼はアンリのことを本気で心配してくれているらしい。


「ありがとうございます。でも俺、本当に好きなことを好きなようにやらせてもらっているので。無理なんてしません」


「それなら良いんだが。……いや、それはそれで問題だな。君は夢中になって食事を忘れるタイプだろう。気をつけなくてはいけないよ」


「そ、それは……」


 たった今実践してしまったばかりで、さすがに否定することができない。反論できずに固まるアンリを前に、マグネシオン家当主は朗らかに笑った。


「別に責めているわけじゃない。ただ、気をつけてほしいだけだ」


 笑い混じりに優しくそう言う彼の言葉に、アンリは苦笑して頷いた。

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