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 その日の夕方、寮の部屋でアンリの話を聞いたウィルは「なるほどね」と呟いて、考え込むように口元に手をあてた。呆れられるでも馬鹿にされるでもなかったことに、まずアンリはほっと息をつく。


「ちなみに、魔法の威力が弱くても役に立つって、たとえばどんな人がいるの?」


 ウィルの言葉に、アンリは防衛局の戦闘職員仲間たちのことを思い出す。そもそもアンリから見ればほとんど全員が「魔法の威力が弱い人」に分類されるわけだが、そのなかでもとりわけ魔力貯蔵量の少ない人……つまり一般的な水準と比べても魔力の少ない人は、どう対処していただろうか。


「ええと、小さな魔法をうまく使って、そのまま戦闘に生かす人が多いかな。その場合、魔法以外の体術とか、武器の扱いとかに長けている場合が多いよ。ほかにも、魔法器具を活用して補っている場合もある。少ない魔力量でも起動できる魔法器具を使ったり、そもそも魔力貯蔵量を増やす魔法器具を使ったり」


「それだよ!」


 ウィルが突然大きな声をあげたので、アンリはびくりと肩を震わせて言葉を止めた。ウィルがこんなふうに人の発言を遮ることは珍しい。

 どうやらよほど興奮すべき発見があったようで、ウィルはアンリの反応など構わずに続ける。


「研究部の体験カリキュラムに参加したとき、ミリーさんっていう女性の研究員がいたじゃないか。彼女はたしか魔力量が少なくて、それを魔力貯蔵用の魔法器具と、消費魔力を節約する魔法器具とで補っていただろう」


 ウィルの話を聞きながら、そういえばそんな人がいた、とアンリも思い出す。

 昨年、アンリとウィル、そしてアイラの参加した防衛局研究部の体験カリキュラム。研究室での研究に体験で参加させてもらったときにアンリたちの指導に当たってくれたのが、その研究室の若手研究者であるミリーだった。


「アンリは学園生として防衛局に行って、初めてミリーさんと知り合っただろ? それなら、彼女のことなら話したって問題ない。ちょうどミリーさんは、マークと同じような境遇なんじゃないかな」


 魔力貯蔵量が少ないというミリーは、両手に魔法器具の腕輪をはめていた。ひとつは魔力貯蔵量を補うための魔力貯蓄具。もうひとつは魔法を使う際の消費魔力量を抑えるための魔法補助具。

 この二つの魔法器具を装着することで人並みに魔法を使えるようになるのだと、彼女は得意げに語っていた。


 マークも魔法器具を装着すれば、きっと彼女と同じように魔法を使えるようになるだろう。けれどもアンリは首をかしげる。


「でも、ミリーさんは戦闘職員じゃないだろ。マークは戦闘部の体験を希望していたんだから、戦闘職員の例のほうがいいんじゃないか?」


「マークはそもそも、魔法に関わる仕事を諦めようとしているんだろ? 戦闘職員の仕事にこだわっているというより、腕試しに戦闘部の体験を希望しただけなんじゃないかな。……魔法力を補う方法があるってことと、魔力貯蔵量が少なくても魔法に関わる仕事に就くことはできるってことだけでも、教えてあげると良いと思うよ」


 なるほど、とアンリは頷いた。


 たしかにマークからは「戦闘職員になりたい」という気概や、それが叶わないことに対する失望はあまり感じられなかった。選考試験で自身の魔法力の低さを再確認したことによって、魔法に対する自信を失っているだけようだった。全く興味のない分野の職業体験に、ただ魔法を使わなくて良いからという理由だけで申し込むほどに。


 魔力貯蔵量が少ないだけなら、解決方法がある。実際に解決し、その魔法力を仕事に生かしている人がいる。

 どんな職種であれその例を示してやれば、マークにとっては良い手本になるかもしれない。


「うん。職業体験のときに、ちょっと話してみるよ。ありがとう、ウィル」


「どういたしまして。……あ、でもアンリ」


 そこでウィルが、少しだけ眉をひそめた。ようやくそれまでの興奮が冷めて、やや冷静になったようだ。


「ミリーさんが使っていた魔法器具って、あの研究室のものだったよね? 一般的に、マークの手が届くような価格のものなのかな?」


「……うーん」


 そういえば、とアンリも首を捻る。


 ミリーが魔法器具を装着していたことには、自身の研究室で制作した魔法器具の実用テストという側面がある。テストという名目があるからこそ、若いミリーでも財布を気にすることなく使うことができるのだ。


 アンリも同じような魔法器具をアイラ用につくったことがある。模擬戦闘をするときにハンデとして魔力を貯蔵する魔法器具を渡し、アンリの魔力を分け与えたのだ。


 魔法器具をつくるのに、それほどの手間や時間はかかっていない。けれども同じものが誰でも手が届くような価格で手に入るものかと問われると、アンリには自信がなかった。


「手が届かないほどに高価なものだと、マークは逆に諦めてしまうかもしれないから。そこは、気をつけた方が良いと思う」


「そっか……。じゃあさ、アイラにあげたみたいに、俺がつくって渡すのは……なしだよね、わかってる」


 ウィルが呆れ顔をするのを見て、アンリは慌てて自分の思いつきを否定した。


 アンリなら魔力貯蓄具であれ魔法補助具であれ、簡単につくることができる。


 しかし、いくら職業体験で一緒に働くことになるとはいえ、今日出会ったばかりのマークにそんなことを知られるのはまずいだろう。いくらアンリでも、そのくらいはわかる。


「で、でもさ。そういえば部活動で行ったお店で、魔法器具製作をしないかって誘われているんだ。そのお店につくり方を教わったっていうことなら、良いと思わない?」


 魔法戦闘職員としての知識や経験を使っての魔法器具製作ではなく、あくまでも学園生としてつくった物ならば。ミリーのことを紹介しても良いのと、同じ理屈ではないだろうか。

 ところがウィルはアンリの問いかけに対して、呆れ顔のまま、深くため息をついた。


「……賭けても良いけど、お店から教えてもらったって、普通はそんな魔法器具はつくれないと思うよ。そもそも教えてもらえるかどうか。試しにお店に聞いてごらんよ」


 ため息混じりのウィルの言葉に、アンリは「そうかな」と首を傾げた。






 トマリは商人らしい穏やかな笑みを絶やさずに、それでいて困ったふうに眉を八の字に歪めるという、器用な顔をしてみせた。


「そ、そうかい、そうかい。魔法器具をつくる気になったかい。それは良かった」


 先日、魔法工芸部としての挨拶と試作品の持ち込みに訪れたトマリの雑貨屋。今日はそこに、アンリは一人で訪れていた。

 そうして魔法工芸部の活動とは別に、魔法器具を製作してみたいこと。基礎となる技術を教えてほしいこと、魔力貯蓄具や魔法補助具のような魔法器具をつくりたいことをトマリに告げたのだった。


 結果として、アンリの希望、特に最後の希望を聞いたトマリが、表情を変な形に歪ませたというわけだ。


 それでもさすがは商人と言うべきか。トマリはアンリの言葉を真っ向から否定するのではなく、まずはアンリが魔法器具製作に興味を持ったことに喜んでみせることにしたようだ。


「君ならきっと良い魔法器具がつくれるよ。うちの職人に、基礎から丁寧に教えさせよう。大丈夫、最初は大したものがつくれないかもしれないが、きっとすぐに上達するよ」


「……魔力貯蓄具とかは、だめなんですか?」


 さすがのアンリでも、こうもあからさまな態度を取られれば、話を避けられていることには気付く。それをあえて真正面から尋ねたのは、結論を急かすためだ。だめならだめと早くにはっきり言ってもらったほうが、次の方法を考えるための時間ができる。


 トマリは本格的に困った顔をして、唸るように言った。


「そりゃあ……君は、素質があるとはいえ初心者だからねえ。ああいった高度な魔法器具は、初心者がつくるには向いていないよ」


 それに、とトマリは言いにくそうに言葉を加える。


「要は、魔力貯蔵量が少ない人が魔法を使えるようにするための魔法器具をつくりたいということだろう? そこまで強力な魔法器具は、一般的には店に陳列して売るようなものじゃない。国とか、お得意さんとかからの注文を受けてつくるものだよ。そういう大事なもののつくり方を、おいそれと教えるわけにはいかないねえ」


 どうやらウィルの懸念は的中したようだ。

 ミリーの使っていた魔法器具は、相当の価値があるものなのだろう。そして、この店でアンリが製作方法を教わるというのも、どうやら難しいらしい。


 ため息をつくアンリを慰めるように、トマリは再び顔に笑みを浮かべた。


「なに、先刻も言ったが君なら技量はすぐに向上するだろう。とりあえず、最初にこれをつくってみるといい。つくり方は書いてあるけれど、わからなければいつでも聞きにおいで。うちの職人たちにも、丁寧に教えるように伝えておくから、心配しなくて良いよ」


 そう言ったトマリが差し出したのは、魔法器具の設計図。どうやら小さな魔力灯をつくるのが最初の課題のようだ。アンリがいつものとおりにやれば、数秒でつくることができるくらいの簡単なもの。初心者のための導入の課題ということだろう。


 アンリは再びため息をつきたくなったが、今度のため息は心中におさめておいた。

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