(14)
課題やら試作品の持込みやらを終え、交流大会への準備が本格的にスタートすることになった。誰がどの店の作品をつくるかを決め、実際に交流大会で店に置くための作品を試作する。
アンリはランメルトの店に置くための作品と、アナの店に置くための装飾品づくりに取り組むことにした。イルマークはアナの店に置く装飾品と、置物店や食器店に置く作品をつくることにしたようだ。セリーナとセイアは家具店に置くための座卓を中心につくりつつ、トマリの店に置く雑貨や、置物店に置く飾り物にも挑戦するらしい。同様に一年生三人も、それぞれ二、三の店を選んで、その店に置くための作品づくりに励んでいる。
一方で三、四年生たちは公式行事に向けた準備ばかりで、一向に展示販売用の作品をつくる段に至らない。公式行事が優先されるとはいえ、展示販売に全く手を出さないというわけでもないはずだが……不思議に思ってアンリが尋ねると、ちょうど公式行事に向けて新たなランプの下絵を描いていたキャロルは、顔を上げて「大丈夫」とにっこり微笑んだ。
「私たちは二回目だから。交流大会向けの作品づくりには慣れているのよ。合間を縫ってちゃんと準備するわ。だから、大丈夫」
それよりも、とキャロルは首を傾げた。
「アンリさんこそ、トマリさんに誘われた件はどうするの? やろうと思ったら忙しくなってしまうのではないかしら?」
「ええと……まだ、考え中です」
トマリの店で、魔法器具をつくらないかと誘われた件。
魔法工芸部の活動と別とは言われたものの、念のため、そんな話があったことの報告だけはしていた。
報告したときには「そうだったの。さすがはアンリさんね」などと軽く受け止めていたキャロルだが、どうやら全く気にしていないというわけではなかったらしい。おそらくアンリがトマリの提案を受けた場合に、魔法工芸部の活動に支障が出ないか心配しているのだろう。
「大丈夫です。やるとしても、魔法工芸部の方を優先するようにしますから」
「そこのところは、お店からの信頼さえ裏切らないでもらえれば大丈夫よ。アンリさんなら問題なんて起こさないと信じているわ」
せっかく交流大会の展示販売に協力してくれることになった店に対して、つくると言った作品をつくれなかったり、作品の数が足りなかったり。そんな失礼だけは無いように。それは、最初に報告したときにも言われたことだった。
「それよりアンリさん自身のことよ。部活動での作品もつくりながら魔法器具製作を一から教えてもらおうだなんて、忙しくなってしまうでしょう。ほかのこと……勉強だとか、魔法の練習だとかは大丈夫?」
改めて問われて、アンリはそこまで考えていなかったことに思い至る。自身の魔法の練習は今さら必要ないが、ウィルやテイル、一年生たちの魔法訓練に付き合う時間は必要だろう。
昨年末の試験の反省から、今年は魔法以外の勉強もちゃんと頑張ろうと思っている。その時間が大きく削られてしまうのも、いかがなものか。
「それに、そろそろ職業体験の時期なのではない? アンリさんがどこを希望したのかは知らないけれど、そちらの予定も意識しておいたほうが良いわよ」
キャロルの言葉に、アンリは思わず目を丸くした。
ここ最近、魔法工芸部の活動に集中しすぎていて、アンリは職業体験のことをすっかり忘れてしまっていた。人気の職業体験を希望した者たちの選考試験結果も、もうそろそろ発表になる。それと同時に、誰がどこの職業体験に参加するかが公表されるはずだ。
アンリの申し込んだ魔法器具販売店の職業体験については選考試験にならなかったから、アンリの体験先はもう決まったも同然だ。問題は、一緒に魔法器具販売店の職業体験に参加するのが誰になるのか。そして、ウィルやアイラの体験先がどうなるか。
いずれにしても、体験先さえ決まってしまえば準備が始まり、さらに体験そのものの日程もすぐにやってくるはずだ。魔法工芸部の活動に、勉強に、職業体験に。それに加えて魔法器具製作までやっている余裕があるだろうか。
「……その顔。忘れていたのね」
「だ、大丈夫です。なんとかなりますよ、たぶん……」
呆れた様子のキャロルの言葉に、アンリは顔を逸らしつつ、誤魔化すようにして応じた。
ちょうど翌日、職業体験プログラムの実習先の発表があった。
朝一番の授業前に、クラス内で冊子が配られた。以前配られた職業体験プログラムの協力事業所一覧に似た冊子だが、今度の冊子には協力事業所名のところに、参加者の名前とクラスが記載されている。
「自分がどこの事業所に行くことになったか、選考試験がなかった者も今一度確認なさい。それから、体験先のプログラム日程と、共に体験に臨むことになる仲間を確認すること。体験前に顔合わせを済ませておくと良い」
担任のレイナの言葉に、一組の生徒たちはいつも通りに「はいっ」と気合いのこもった声を返す。アンリも合わせて声を出しながら、目は冊子に載った名前を追っていた。
(防衛局の職業体験にはアイラとウィルと……あと、やっぱりレオ・オースティンか)
防衛局戦闘部の職業体験プログラムの参加者は、先日の選考試験で上位に入った三人だ。
試験の際に戦闘魔法を使ったアイラとウィルが入るのは間違いないとアンリも思っていた。問題は、もう一人のメンバーが誰かというところだ。生活魔法ではあるものの、威力が強く正確な火魔法を披露した二組のレオ・オースティン。彼が入ってくる可能性は十分にあると思っていたが、実際に、その予想が当たったということだ。
(俺と一緒に魔法器具販売店の体験に行くのは……誰だろう、知らない名前だけれど)
魔法器具販売店の欄にはアンリの名前と「マーク・ガロ」という名前が並んでいる。三人の募集があったところに二人だけなので、やはり人気のない事業所なのだろう。
マーク・ガロの名前の横には、九組との記載がある。
(こんなにクラスが離れているんじゃ、接点がないはずだ。でも、ウィルならわかるかな)
学年全員の名前と顔が一致しているというウィルならば、九組のマーク・ガロのこともわかるかもしれない。近々挨拶に行くにしても、その前にウィルから特徴を聞いておいた方が、話もしやすいはずだ。
そう思って、アンリは授業と授業の合間の休み時間に、ウィルの席を目指した。
ところがアンリがウィルに話しかける一歩手前で、教室の外から、ウィルを呼ばわる声が響いた。正確には、ウィルを含めた二人を呼ぶ声だ。
「アイラ・マグネシオンとウィリアム・トーリヤードはいるかい」
そう言ってドアから顔を覗かせたのは、二組のレオ・オースティンだった。職業体験に向けて、早くも挨拶に来たようだ。彼はぐるりと教室内を見回してウィルを見つけて微笑むと、すぐに近くにいたアンリに気付き、笑みの種類を一変させた。アンリを見下し、嘲笑する顔。
「どうだ、驚いたか?」
ウィルに挨拶に来たかに見えたレオだったが、そのまま、相手をアンリに切り替えたようだ。歩み寄ってきた彼は、まずアンリに向けて胸をそらせて自慢げに言う。
「どうせお前には、俺の魔法がどれほどすごいのかもわからなかったんだろ」
「…………」
「お前は魔法器具販売店だったか。よっぽど自分の魔法に自信がないんだな」
この言葉には、アンリも驚かざるを得なかった。なぜアンリの体験先など知っているのだろうか。たしかに冊子には、学年全員分の体験先が記載されている。しかし学年全員で三百人もいるのだ。あえて探しでもしない限り、見つけられるものではないだろう。
アンリの驚きをどう捉えたのか、レオは満足げに笑った。それから元の爽やかな笑みを浮かべて、改めてウィルのもとへ向かう。一組で成績上位の二人と共に体験に参加できて光栄だとか、憧れの防衛局に行けることになって嬉しいだとか、足を引っ張らないように頑張るからよろしくとか。ウィルに対してはにこやかに、そんなことをつらつら述べている。
邪魔をしても悪いかと、アンリはその場を離れることにした。
離れる間際、一瞬だけアンリに視線を寄越したレオが、勝ち誇ったように笑った。
そんなレオの態度に腹立ちと不機嫌を募らせたのは、アンリではなくマリアだった。
「何あいつ、むかつくっ! アンリ君も、なんで何も言い返さないのよお」
「……ええっと。いや、驚いちゃって。言い返すどころじゃなかったし」
アンリが曖昧に笑いながら言うと、マリアはいっそう腹立たしげに「もうっ」と机を叩く。
レオからウィルへの話は挨拶だけにしては長く、この休み時間のうちにアンリが割り込む隙はなさそうだった。代わりにアンリはマリアやエリックたちの席に寄って、時間を潰すことにしたのだ。
イルマークやハーツも集まっている。皆、どうやら先ほどのレオの態度を見ていたようだ。
「驚くようなことって何だよ。別に、ただ嫌味を並べていただけじゃねえか」
「僕にはアンリ君の言うこともわかるけどね。選考試験のときのことがあるとはいえ、あんなにアンリ君のことを敵視していたなんて……」
「しかし、アンリも言い返すくらいはしてもよかったのではないですか?」
ハーツとエリック、イルマーク。三人のそれぞれの言葉にアンリは苦笑する。
「うん。わざわざ俺の行き先まで見てたんだってことにちょっと驚いたんだけど……。まあ、そうでなくても言い返すほどのことではないかな」
首を傾げる三人、そして未だに不機嫌そうに唇を歪めているマリアに対して、アンリは肩をすくめてみせた。
「どうせ職業体験で、防衛局一番隊隊長の魔法実演を見るんだ。自分がどれほど低いレベルでこだわっているか、すぐに理解できるだろ」




