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 家具を扱う店や食器を扱う店、置物を扱う店からは課題が出ていない。そういう店には実際に交流大会で展示販売するものの試作品ができてから行くことにして、問題はトマリの雑貨屋への作品の持込みのことだった。

 挨拶の際、課題をこなせとは言われていない。自分のレベルが知りたければ作品を持ってこい、と言われただけだ。

 けれどもキャロルに言わせれば「絶対に持って行くべき」とのことだった。


「トマリさんは意外と厳しい方よ。最初の挨拶や、作品を持って行くかどうかの態度も含めて審査されていると思ったほうが良いわ。ツテやコネで贔屓する人ではないけれど、作品の良し悪しとは別に、意欲は認めてくださるから」


 だからトマリの店に作品を置きたければ、できるだけ店に通うべきだ。キャロルはそう主張する。


 そう言われるとアンリには反対する理由もない。とはいえ新たな作品をつくる余裕はなかったので、持って行くのは新人勧誘期間の展示用につくった腕輪だ。

 初心者キットを除けばアンリにとって初めてつくった魔法工芸品。それがどのような評価を受けるのかというのも、気になるところではある。


 アンリのほかにトマリの店に向かうことになったのは、セリーナとセイア、そして一年生三人。ウィルは最初の挨拶に行かなかったからという理由で辞退し、イルマークは店主が気に入らないからと店に行くのを拒んだ。


「店主って、トマリさんのこと? アランさんとかいう、あの職人さんじゃなくて?」


「どちらもです。店主のトマリ氏も、口調こそ丁寧でしたが、私たち学園生を馬鹿にしているのが透けて見えました。目の前の相手に敬意を払わないような人の店に、作品を置いてくれなどと頼みたくはありません」


 アンリの問いにきっぱりとそう答えたイルマークは、それ以降、トマリの店について話をすることさえ嫌がった。






 そうして作品を持ち込んだアンリたちのことを、トマリは最初と同じく、にこにこと笑顔で迎え入れた。


「よく来たねえ、君たち。今日はキャロル君は一緒じゃないんだね」


「三年生は、公式行事に向けた準備で忙しくなってきたみたいです」


「ああ、そういえば昨年のロイ君もそうだったねえ」


 トマリは懐かしむように、今は四年生になっている魔法工芸部元部長の名前を挙げる。


「それでも交流大会の本番には、なかなかの品を用意してきてくれたんだよ。最初から頑張りを見せてくれていたキャロル君に申し訳なかったから、陳列については少々端の方にさせてもらったがね。それでも、作品の質はキャロル君の作品に劣らなかった」


 意欲によって贔屓するというのはこういうことか、とアンリはキャロルの言葉を思い出した。同じ質の作品ならば、意欲のある方の作品を優先して展示する。きっとキャロルは昨年のロイの例を知っているからこそ、アンリたちに忠告したのだろう。


 今日、作品を持ってきておいてよかった……アンリばかりでなく、作品を持ち込んだ魔法工芸部のメンバー皆がそんな安堵の気持ちを抱くなか、トマリは穏やかに続けた。


「きっとキャロル君も、本番には素晴らしい作品を用意してくれるだろうね。期待していると伝えておいてくれるかい。それから君たちも、キャロル君に負けず劣らず良い作品を用意してくれると期待しているよ。……どれ、持ってきたものを見させてもらおうか」


 そうして、トマリによる作品の品評が始まったのだった。






 トマリによる評価は簡潔で、しかし抽象的なものだった。ランメルトの店でもらった指摘に比べると、いかんせん、何をどう直すべきかが掴みにくい。


「これは可愛い作品だねえ。しかしこのままでは売りにくい。もう一歩だ」


「これは独創的だね。私は良いと思うが、さて、買い手がつくかどうか……しかし、独自色を無くしてしまうのはつまらないねえ。どうしたら良いだろう?」


「ちょっと普通すぎる作品だなあ。もっと君らしさを強く作品に込めても良いんだよ」


「これは良いね。良いんだけれど、何かが足りないような気がするね」


 ひとつひとつの作品に対する評価はこの程度のものだ。それから、今のままの作品であれば店のどの辺りに陳列するかを補足する。たいていの作品は「今のままでは前列には置けないね。後列の隅の方に置くしかないよ」などと、結局は評価が高くはないという事実を告げられて品評が終わる。


 勇気を出したコルヴォが、ついにトマリの批評に対して問い返した。


「あの、すみません! ええと、その、具体的に、どうすればいいんでしょうか。何かが足りないとだけ言われても、俺みたいな初心者には何をどうしたら良いのか……」


「うーん、そうだねえ」


 コルヴォの問いに、トマリは笑顔を崩さないまま首を傾げた。


「私は根っからの商人だからね。作品の良し悪しはわかるけれど、具体的な技術の方面の話には詳しくないんだよ。答えは君たち自身が見つけるしかない。あるいは、アランなら何か助言もしてやれるかもしれないけれど」


 あいにく今は外に出ていてね、というトマリの言葉に、アンリは内心で安堵の息をついた。店主であるトマリはなかなか丁寧な物言いをする人だが、アランという職人は別だ。あの激しい口調であれこれと言われたら、せっかくやる気になっているコルヴォの意気を挫きかねない。


 しかしアンリの考えとは裏腹に、コルヴォには困難にも積極的に立ち向かっていこうという思いがあるようだった。


「それなら、今度アランさんがいるときに改めてお伺いしても良いでしょうか」


 コルヴォの申し出に、トマリはいったん目を丸くして、それからすぐに苦笑を浮かべる。


「それは構わないけれど……君はこの前のときにいなかったから、アランには会っていないんだねえ。あいつは気むずかしい奴だから、ちょいと嫌な思いをするかもしれないよ」


「物言いが厳しい方だということは、先輩から聞いています。……でも俺、だからって助言も乞わずに、中途半端なものはつくりたくありません」


 アンリはコルヴォにこの店の職人のことなど伝えた覚えはない。下手な先入観を持たせたくなかったからだ。

 おそらくイルマークから聞いたのだろう。しかしイルマークならきっと、トマリのこともアランのことも、悪し様に言ったはずだ。それでもこうして真っ直ぐに訴えかけるコルヴォの意志の強さを、アンリは意外な思いで見つめた。


 トマリも笑みを忘れて、意外そうな面持ちでコルヴォを見つめる。しばらく間をおいて、やがて嬉しそうににっこりと微笑むと、顎を撫でて「うむ」と頷いた。


「新人らしく元気で真っ直ぐな良い子だねえ。アランには伝えておくから、いつでも来ると良い」


 どうやらコルヴォの態度はトマリに好印象を与えたらしい。「ありがとうございます」と元気に頭を下げたコルヴォを前に、トマリはそれまでの表面的な笑みをやめ、心底から嬉しそうににこにこと微笑んだ。






 その後も作品の批評は続き、トマリは最後にアンリのつくった腕輪を手に取った。


「これは……」


 魔法工芸部の新人勧誘の際に、展示用につくった腕輪だ。魔力を込めることで鮮やかな模様が浮き出て、装飾用の魔力石が明るく輝くようになっている。装飾品でありながら、夜道を照らすこともできる腕輪だ。


「……これは魔法工芸というよりも、魔法器具のようだねえ」


 トマリの声に、初めて困惑の色が混ざった。「これをつくったのは誰だい」という問いに、アンリは不安を抱えながら手を挙げる。


「何か、駄目な部分がありますか」


「駄目だなんて、とんでもない。ただねえ……君、魔法器具製作に興味はないかい」


 トマリからの突然の問いに、アンリは言葉に詰まる。興味があるかないかと言われれば、あるに決まっている。アンリにとって魔法器具製作は、慣れ親しんだ営みの一つだ。


 しかし今は、自身にとっての新しい挑戦として、魔法工芸に取り組んでいるのだ。その作品を見た相手から、魔法器具製作について尋ねられるとは……。


「突然変なことを聞いて悪いね」


 アンリが答えに窮している様子を見て、トマリはにっこりと笑った。


「これはよくできた腕輪だよ。これなら店の真ん中に置いて売っても良いだろう。しかしそう思うのは、この腕輪が魔法器具的な側面を持っているからだ。しかも、その魔法器具の出来が素晴らしい。君には魔法工芸よりも、魔法器具製作のほうが向いているんじゃないかい。どうだい? いっそ交流大会では、魔法器具を置いてみることにしたら」


 にこにこと微笑むトマリに悪気はないのだろう。しかしアンリとしては、せっかく魔法工芸を始めようとしているというのに、出鼻をくじかれるようで面白くない。


「いえ……俺は、魔法工芸がやりたくて、この部活動に入ったので」


「ああ、いやいや。もちろん、魔法工芸は続けると良い」


 アンリが断るのを聞いて、トマリは慌てた様子で言葉を改めた。


「魔法工芸部としての活動は続けると良い。それとは別に魔法器具をつくって、うちの店に置いてみないかい。魔法工芸品じゃないから、部活動の契約とは別枠だ。やる気があるなら、やり方を一から教えてあげよう。どうだい?」


 魔法工芸も続けて良い……そう言われると、魔法工芸に力を注ごうと考えていたはずのアンリの心も揺れる。


 アンリは魔法器具製作を得意としているが、誰かから基礎を習ったという経験はない。全て防衛局研究部での研究の見よう見まねだ。それだけでも十分つくれるのだから問題ないと思っていたが、改めて基礎から学ぶ機会があると言われれば。そして自分のつくった魔法器具が世間一般に通用するのかどうか、その評価を受けられるのだとしたら。

 魔法工芸にも取り組みつつそれができるのというのなら、アンリにとって、それは魅力だ。


「……考えておきます」


 アンリの答えに、トマリが満足げに頷いた。

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