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(12)

 応接用と思しき豪華なテーブルの上に並んだ学園生の課題作品。ランメルトは意外なほど真剣な目をして、その一つ一つをよく観察している。


 店に来ているのはアンリとウィル、それに一年生のコルヴォとサンディ、ウィリー。突然店に行けと言われた際には驚き騒いだ一年生三人だが、いざこうして店に来てみると、黙って静かに自身の作品の評価が下されるのを待っている。ただ緊張して、口を開けないだけかもしれないが。


 持ってきた作品には、セリーナとセイアのつくったものも含まれている。しかし彼女たちはどうやら今つくっている座卓のほうに力を注ぎたいらしく、ランメルトの店には行かないと宣言したのだった。一応、ウィルはその代理という名目でここに来ている。


「……思ったよりは、よくできている」


 やがて全ての課題作品を隈なく見終えたランメルトが、顔を上げて言った。


「この犬の置物をつくったのは、誰だ」


 ランメルトが指差したのは、テーブルの上に並べられた作品のうち、アンリたちから見て右側の端に置かれた小さな彫刻だ。親指ほどの大きさで、愛らしい犬の形をしている。


「わ、私です……」


 控えめに手を挙げたのは、一年生三人のうち、真ん中に座ったサンディだった。ランメルトがいかに厳しく理不尽で失礼な男か、ここへ来る前にイルマークから散々聞かされていたサンディは、緊張した面持ちでランメルトの次の言葉を待つ。


 ランメルトは真っ直ぐにサンディを見て、大きくひとつ頷いた。


「よくできている。下絵には魔力石の彫刻としか書かなかったはずだが、それをよくここまで仕上げたものだ。小さいが、犬の精悍さもよく表現されている。……家で犬でも飼っているのかい?」


「い、いえ。家の近所で犬を飼っていて。その子をモデルにつくりました」


「なるほど。観察力があるということだ。彫刻をこの大きさにしたのには、理由があるかい? なぜ、本物と同じ大きさにしなかった?」


 ランメルトの下絵には、ただ魔力石を彫って彫刻作品を作れということしか書かれていなかった。使うべき魔力石の種類や彫り方が助言として記載されてはいたものの、彫刻の形や大きさについては、なんの指示もなかった。

 つまり彫刻作品であるという一点を除いて、すべてサンディの発想でつくられた作品なのだ。


「ええと、私、持ち歩ける大きさにしたくて。この首輪のところに、紐を括り付けられるようにしてあるんです。鞄とか、お財布とかに付けられるようにしようと思って。それにはあまり大きいと邪魔だし、重いと紐が切れやすくなってしまうから、そうならないように。でもちゃんとペロの可愛さが表現できるくらいのギリギリの大きさを狙って……あ、ペロっていうのが隣の犬の名前なんですけど」


 初めこそおろおろと口籠もっていたサンディだが、作品のこととなると、話に熱が入り始めた。ペロの可愛さと精悍さを表現すべくポーズに気を遣っただとか、彫刻刀を使い分けて毛並みのふわふわ感をできるかぎり再現しただとか。


「なにより、本物のペロはこれの百倍は可愛いんですよ。私の技術が拙いばかりに、ペロの愛らしさがほんの僅かしか表現できていないんですっ」


「ふむ」


 ランメルトはサンディの興奮した物言いに同調するでもなく、かといって言葉を遮ることもなく、静かに重く頷いた。それからサンディの話が落ち着くのを待って、ようやく口を開く。


「……もしもあんたがもっと良いものをつくりたいと思っているなら、それなりのやり方を教えてやろう。いくつかつくってみて、いちばん良くできたものを交流大会に出せば良い」


 ランメルトの言葉に、サンディは目を輝かせる。「ぜひお願いします」と身を乗り出すようにして言ったサンディに対して、ランメルトはにやりと笑った。


「難しいからって、途中で投げ出すんじゃねえぞ」

「はいっ」


 意気込んで応えたサンディの明るい声には、期待と喜びが滲み出ていた。






 サンディといくつか細かいやり取りを終えたランメルトは、次いで視線を別の作品に移し、声を低めた。


「こっちは、誰がつくった?」


 その声に、サンディと話していたときのような穏やかさはない。何を言われるかと内心で冷や汗をかきながら、アンリは「俺です」と小さく手を挙げた。


 ランメルトが指し示したのは、アンリのつくったマグカップだった。今の見た目はただの黒いマグだが、温かい飲み物を入れれば、沢山の青白い光の粒が表面でまたたくようになっている。


 作品とアンリとを交互に見比べてから、ランメルトは眉を寄せ、「ふうむ」と低い声で唸った。


「とても新人のつくった作品とは思えないな。技術は本職の作家並みだ。しかし強いて言うなら、面白味がない」


 ランメルトはアンリをまっすぐに見据えて、厳しい声で続ける。


「形は量産品のカップと同じだ。浮かび上がる絵も、技術は良いがデザインに独自性がない。……交流大会は学園生の行事だろう? 学園生に求められるのは技術の高さよりも、若さによる発想力と独創性だ。この作品にはそれがない」


 それからランメルトは、大袈裟なほどに深いため息をついて、がしがしと頭を掻いた。


「技術的にここまで良くできた物じゃなければ、俺だってこんなことは言わない。良くできているからこそ、勿体ないって話だ。次につくるときには、そこを意識すると良い」


 そう言ってランメルトはアンリの返事を待たずに、すぐ次の作品に目を移した。今度はコルヴォが魔彩草を用いた顔料で絵付けをした陶器の小皿だ。


「色の使い方は良いが、絵があまり良くないな。交流大会までに、絵の練習をすると良い。対象をよく見て描くんだ」

「は、はいっ」


 コルヴォの威勢の良い返事に軽く頷き返したランメルトの視線は、さらに次の作品に移る。


 こうしてランメルトはアンリたちの持ってきた作品の全てに対して「この部分は良い」「この部分はもっとこうした方が良い」「ここの部分はつくり直して来い」などと、ひとつひとつに丁寧な批評を入れた。


 やがて最後の作品への注釈を終えたランメルトは大きく息をつき、くたびれた様子で椅子の背にもたれかかる。


「総じて未熟だが、真面目にやれば交流大会には売れる品もつくれるだろう。この調子で本番まで、気を抜かずにやると良い」


 どうやら、なんとかランメルトには認めてもらえたらしい。アンリたちは互いに顔を見合わせて、ぱっと表情を輝かせた。今日この店に来るにあたってキャロルから「一人、二人は断られちゃうかもしれないわねえ」などと後ろ向きなことを言われていたために、皆不安に思っていたのだ。しかし終わってみれば、全員合格。これほど嬉しいことはない。


 そのまま交流大会での作品の置き方や売上の分配について細かな話に進むことになり、アンリはウィルに同行してもらったことに、大いに感謝することになったのだった。






 話を終えて店から出る段になって、アンリは出口へと向かう皆から外れ、店の奥に戻ろうとするランメルトを呼び止めた。


 前回この店に来たときには学園生たちを追い払うような態度を見せたランメルトだが、今日は幾分穏やかだ。アンリが「ランメルトさん」と呼び掛ければ、簡単に振り返る。


「あの、ちょっと聞きたいことがあるんですけど……」


「なんだ? 作品のことなら、さっき話しただろう。お前さんのは特に出来が良いからな。色々言ったが、今のままでも、まあ売ることはできるだろうさ」


 面倒臭そうにそんなことを言いつつも、ランメルトはアンリに向き直った。前回のような、アンリたちを早くに追い出そうという態度は見受けられない。どうやら話を聞いてもらうくらいはできそうだと、アンリは安堵して続ける。


「売れる、売れないではなくて。ええと……発想力と独創性って、どうやったら身につきますか」


「ほう、勉強熱心だな。感心なことだ」


 ランメルトはにやりと笑った。


「発想力も独創性も、今までにない作品をつくる力だ。他にはない、自分独自のものをつくる。そのことを意識するんだ」


「他にはない、自分独自のもの……」


 言われたことを復唱しつつも、アンリは途方に暮れていた。実のところ今回の作品をつくるにあたって「他にはない」という点は、アンリも意識していたのだ。


 ランメルトの用意した下絵には、光る魔力石を使った絵柄やデザインの例がいくつか挙げられていた。しかし、示されたものをただなぞってつくるのではつまらない。そう思って、アンリは「星空」という絵柄を自ら考え、つくりあげたのだ。自分ならではの作品をつくろうと、意識してつくった結果。それなのにもっと「自分独自のもの」を目指せと言われても、どうしたら良いのかわからない。


 そんなアンリの無言の反論を読み取ったかのように、ランメルトは続ける。


「よく考えてみろ。光る石を使う作品だ。星を描こうっていうのは、ごく普通に、誰でも考えつくことだろう」


 石の種類や大きさによって光り方はまちまちではあるものの、やはり宝石のようにきらりと輝く石は目を引く。その輝きからは夜空に瞬く星々が連想されるものだ、とランメルトは言った。


「下絵にその案を描かなかったのは、さすがに学園生の技術じゃ厳しいと思ったからだ。だが、世間に出回っている工芸品を見てみろ。魔力石を星に見立てた物なんて、いくらでもある」


 それに比べるとこいつは、とランメルトはテーブルの上に置いたままのアンリのマグカップに目を移す。


「形もぱっとしないな。均整のとれた使いやすそうなマグカップだが、型通りなんだよ。その辺の雑貨屋で安く売ってる量産品と何が違う? せっかくひとつひとつ、手でつくる工芸品なんだ。その良さを出さんと意味がない」


 マグカップの発想がいかに平凡であるかをひと通り論じたランメルトは、アンリに向かって改めて言った。


「マグカップひとつ取っても、独創性に欠けていることはわかるだろう。他にもいくつかつくったようだが、皆同じだ。技術があるからそれなりの物はつくれているが、結局、どこかで見たような物でしかない。そうならないように意識してつくるんだ」


「でも俺、どうしたら良いのか……。これでも俺なりに工夫してつくったつもりなんです。他にないものをつくろうと意識したところで、結局同じように、どこかで見たようなものしかできないんじゃ……」


 アンリの弱音に、ランメルトはにやりと笑って「それはな」と返した。


「技術はあっても、まだ魔法工芸に慣れていないんだろう。作品を知らないんだ。いくら他にないものをつくろうと思ったところで、当の『他』を知らなければ、それ以外のものなんてつくれるわけがないだろう」


 肩をすくめてそんなことを言うランメルト。その言葉を、アンリは目から鱗が落ちる気分で聞いた。ランメルトの言うことはもっともだ。他を知らずに、他にないものなどつくれるものか。


 アンリの反応に、ランメルトも満足したらしい。笑みを深めて大きく頷いた。


「うちの店の商品をよく見て行け。あるいは他の店でも良い。今日に限らず、できるだけたくさんの作品を見るんだ。自分の殻に閉じこもらずに、色んな物に目を向けろ。そのうえで、それらにはない、自分にしかつくれないものを探すんだ」


 それはきっと、容易いことではない。あるいは交流大会までに果たし得る課題でもないかもしれない。真剣に魔法工芸作家を目指すのでなければ、必要のない努力かもしれない。

 それでもアンリはランメルトの言葉に、力強く頷いていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] アンリを含めた学園生とランメルトのやり取り、ちょっと厳しいけど優しい爺ちゃんと孫(適当な表現が思いつかなかったんで違う気もするんですが)感があってほっこりしました。
2022/01/11 21:21 退会済み
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