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 全ての店への挨拶を終えると、アンリはようやく落ち着いて、店から出された課題や試作品の制作に集中できるようになった。


 魔法工芸部の作業室には、すでに完成した作品や作りかけの作品、試作品が数多く並び、そこかしこに設計図やら下絵やらが散らばっている。一、二年生は先輩に助言を求め、三、四年生は自分の作品をつくる傍ら後輩たちの相談に乗り、室内はいつになく賑わっていた。


「お店回りで忙しくさせちゃったけれど、課題は終わりそう?」


 そんな中で、周りと同じく課題の製作に力を注ぐアンリに声をかけてきたのは、先ほどから部長として室内を歩き回って部員たちの様子を窺っているキャロルだ。


 アンリは手元の作業を止めずに、ちらりと視線を上げて応じた。


「とりあえず、ランメルトさんの課題はこれで最後です。でもまだ魔法工芸に慣れないので、ちゃんと認められる出来になっているかどうか……」


 そう返しながらも、アンリは作業台の上に置いた土の塊を、土魔法を使って丁寧に捏ね続けた。


 つくっているのはランメルトの店から出された課題のひとつで、魔力石の効果を活かした焼き物のマグカップだ。ランメルトからもらった下絵には、効果的な魔力石の使い方の具体例がいくつか示されていた。アンリは今、そのうちの一つを試しているところだ。


 拳大の土の塊が、アンリの魔力を受けて台の上でぐねぐねと動く様は、見ようによっては異質だ。しかしさすがに慣れているのか、キャロルは気味悪がるふうもなく、動く土をじっと見つめている。


「この土、魔力石を混ぜているの?」


「はい。成形して、マグカップにするんです。お湯を注ぐと発光するカップをつくりたいんですけど……」


 熱で発光する魔力石をカップに混ぜることで、中に温かい飲み物を入れたときに、カップが発光するという仕組みだ。魔力石を砂ほど細かく砕けば全体が仄かに光るし、粗くすれば、大きな魔力石の粒が宝石のように輝く様が見えるはずだ。


 アンリが目指すのはそのちょうど中間。宝石に見えるほどの大きな粒は残さず、しかし光がぼやけるほどに細かくはしない。チカチカと、瞬く星粒のような輝きを表現することが狙いだ。湯を入れることで、カップの表面に夜空のような絵が浮かび上がるようにしたいのだと、アンリは土魔法で土を捏ねつつキャロルに話す。


「……それにしては、魔力石が細かすぎるんじゃない?」


 アンリの説明を聞き終えたキャロルは、作業台の上で動く土の塊を眺めながら不思議そうに言った。たしかに、今アンリが土に混ぜている魔力石は、土と同化するほどの細かさだ。これでは全体を均一に光らせることしかできない。


「うーんと、グラデーションにしてみようと思ってるんです。下の方は天の川みたいに全体が明るいイメージで、上にいくにつれて粒が大きくなるように。それで全体が星空に見えるようにしたいんです」


「素敵ね。それなら今練っているのは、マグカップの下の方に使う土ということかしら。どうやってグラデーションにするつもり?」


「ええと。別に、このままこうして……」


 そう言いながら、アンリは作業台の上で動く土塊に右手を向けた。


 アンリの動きに合わせて土塊の動きが変わる。土そのものの見た目に大きな変化はないが、じっくり注意深く観察していたキャロルは気付いたようだ。


「……魔力石の濃度が変わった?」


「はい。土魔法の応用です。魔力石の成分が下の方に集まるように、土を動かしているんです。これでまずグラデーションをつくって、そのあと上の方に、星に見立てた大粒の魔力石を埋め込みます」


 アンリは左手で、作業台の端を指し示す。


 細かく砕いた魔力石を、大きさごとに三種類に分類し山にしてある。砂ほどに細かいものから、米粒くらいの大きさがあるものまで。


「あの魔力石は、形をつくった後に埋め込むの?」


「ランメルトさんからもらった下絵に、大きな魔力石を入れる場合は、そうした方が自分の意図したところに上手く石を配置することができるって書いてあったので」


「ふうん。……アンリさんなら、最初に混ぜてしまっても、思い通りにできそうだけれどね。グラデーションまで土魔法でつくれるくらいだし……」


 変なところで真面目よねえと呟きながら、キャロルは作業台の上でぐねぐねと動く土の塊を眺める。見られることによるやりにくさを感じながらも、アンリは土塊を徐々に、つくりたい形へと変化させていった。


 やがて土が完全にマグカップの形に落ち着いたのを見て、キャロルが感心したようにため息をつく。


「綺麗につくるものねえ」


「そうですか?」


「ええ。良くも悪くも、アンリさんらしい作品になりそうね」


 キャロルの言い方にどこか引っかかりを覚えて、アンリは眉をひそめた。


「……どこか悪いところがあるなら、言ってください」


「まさか。私からアンリさんに指摘するようなことなんて、何もないわよ」


 キャロルはにこにこと、いつもの穏やかな笑みを浮かべて言った。


「心配しなくても、よくできているわ。それでも心配なら、ちゃんと完成させてから、お店に持っていくことよ。きっとランメルトさんが的確な助言をくださるから」


 別にアンリは心配なわけではなくて、キャロルの反応を不安に思っただけなのだが。


 しかしそれも心配の一種かと思い直して、アンリは素直に彼女の言葉に従い、マグカップづくりの続きに勤しむことにした。キャロルはアンリの作業台を離れて、ほかの部員の作業に口を出しに行く。






 アンリのほかの部員たちも、今は店からの課題や試作品づくりに励んでいる。イルマークも、ランメルトやトマリの店からの課題には触れようともしないが、他の店に持ち込む試作品づくりには熱心だ。今はアナの店に持って行くために、赤い魔力石を使ったアクセサリーをつくっている。


 セリーナとセイアは家具店に持って行くのだと言って、二人で仲良く小ぶりな座卓をつくっている。以前、二人で買い物に出掛けた際に通りで見かけたアンティークショップの座卓が気になっていて、それを見本につくることに決めたのだという。売れ残ったらそのまま自分たちで使うのだと意気込んでいるが、その分良い出来になりそうなので、残念ながら、このまま展示販売すれば売れ残ることはないだろう。


 コルヴォ、サンディ、ウィリーの一年生三人はランメルトの店に持って行く課題をすでに終えていて、今はトマリの店に持って行く試作品に取り掛かり始めている。ランメルトからは「課題」という形でつくるものを指定されたが、トマリの店からは品物の指定はない。だからこそ「何をつくるか」が一番難しいところのようで、三人は下絵を描くための紙を作業台に広げたまま、それぞれ眉をしかめて唸っている。


 一方でキャロルを含めた三、四年生も作業台には向かっているが、実のところ、彼らのやっていることは一、二年生とはやや趣を異にしていた。


 三、四年生が今熱心に取り組んでいるのは、交流大会の公式行事に向けた作品づくりだ。交流大会では、自由参加の一、二年生とは別に、三、四年生には参加が必須の公式行事が用意されている。公式行事での活躍は成績に関係するほか、将来に結びつく可能性まであるから、誰もが必死になるというものだ。たとえば展示作品がどこかの工房の人の目に留まり、そのままその工房への就職が決まるということも少なくない。


 そういうわけで、彼らにとっては公式行事に向けた作品づくりやその準備こそ、交流大会に向けての最も重要な活動ということになる。魔法工芸部としての作品の展示販売は、公式行事用の作品をつくり終えた後か、合間の息抜きとして取り組む程度だ。


「そろそろ私も、本番の作品に取りかからないといけないから。試作品が出来上がったら、アンリさんたちだけでお店に持って行ってもらって良いかしら」


「えっ。キャロルさんは行かないんですか」


 部屋を一回りして再びアンリの作業台へとやって来たキャロルの言葉に、アンリは目を丸くした。たしかに店に持って行く課題やら試作品やらを主につくっているのは、一、二年生だ。けれど、三、四年生の作品が全くないということではないだろう。


「私たちの作品については昨年も見てもらっているから、ついでに持っていってもらうだけで十分よ。それより、アンリさんたちの作品をしっかりアピールしないといけないでしょう? このあいだ顔合わせも済ませたのだし、大丈夫よ」


「はあ……」


 それならそうと最初に言っておいてくれれば良いのに、とアンリは恨みがましく思う。言っておいてくれれば、最初の店の挨拶にももっと、それなりの覚悟を持って臨めただろうに。


 今さら言っても詮無いことなので、アンリはその恨みを口に出さずに胸に留めた。けれどもキャロルはそんなアンリの胸のうちさえ読み取ったように、訳知り顔で「ふふっ」と声をあげて笑った。


「最初からそう思ってお店に行ったら、きっと皆、緊張してガチガチになっちゃうでしょう。こういうのは、やらなきゃいけないときになって初めてわかる、くらいで良いのよ」


「そ、そういうものですか……」


「そういうものよ。そうだ、次に行くときは、コルヴォさんたちも連れて行ってあげるといいわ。自分の作品は、自分で売り込むのが一番良いと思うから」


 一年生が店との交渉に関わるのは来年でも良い……そう言われていたコルヴォたちからすれば、青天の霹靂だろう。これもキャロルの元からの計画だろうか。あるいは単なる悪戯心という可能性も、否定はできない。


 にっこりと笑うキャロルの表情からは、彼女がいったい何を考えてそうしたのかは、読み取ることができなかった。

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