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 魔法工芸部の次の挨拶先は、魔法工芸品を含めた多様な雑貨を扱う店だった。店に入ると左右の棚に、所狭しと物が並ぶ。食器や文具など日常の生活でよく見る品から、何に使うのかさえよくわからない物まで。よく見ればところどころに、魔法器具も置いているようだ。


 今回の挨拶について、ウィルは不参加だ。「気にしなくても良いのに」とキャロルも言ったが、ウィルは頑として譲らなかった。


 いつも通り穏やかに微笑むキャロル、やや警戒した様子で表情を崩さないイルマーク、ウィルがいないことで不安になってきょろきょろと視線を左右に彷徨わせるアンリ。三人の向かいに座った店の主人は、にっこりと、人の良さそうな柔和な笑みを浮かべた。


「よく来たねえ、キャロル君」


「ご無沙汰しています、トマリさん。今年もぜひ、交流大会で私たちの作品を置いていただきたくて、お願いしに来たんです」


 それはご丁寧にどうも、とトマリが頭を下げる。穏やかなやり取りだ。これならウィルも一緒に来れば良かったのに、とアンリは思った。きっと面倒な人のいる店というのは、このあと最後に行く店のことなのだろう。


「それじゃ、さっそく……」


 そう言って立ち上がりかけたトマリは、ふとアンリの方に目を遣って、その目を大きく見開いて動きを止めた。


「……おや。おやおや。君はもしかして、去年の交流大会で、うちの店に来てくれた子じゃないかい。おやおや。そうかい、そうかい」


 そのまま結局もう一度座り直して、彼は「いやはや」と何やら遠くに視線をやりつつ、思い出に浸るような口調で続ける。


「驚いたものだよ。うちの商品を見て、作動させてもいない魔法器具の効果だとか作用だとかを、次々と当てていってしまうんだから。そういえば、キャロル君のランプの仕組みを見破ったのも君だったか」


 昨年の交流大会でアンリは、魔法器具やら魔法工芸品やらを楽しく眺めて、いくつもの露店を回った。ひとつひとつの店のことなどアンリ自身は覚えていない。しかし、そのうちの一つが、トマリの店だったということだろう。

 アンリが言葉を返すよりも先に、キャロルの明るい声が話に応じた。


「そうなんですよ。あの日、トマリさんからそういう子がいたと伺って……友人づてに探し当てて、必死になって勧誘して、魔法工芸部に入ってもらったんです」


 そういえばキャロルに初めて会ったのは、昨年の交流大会の後のことだった……とアンリは思い出す。交流大会で世話になった一学年上のサニアから、友人に会ってほしいと頼まれた。その友人というのがキャロルで、話の内容が魔法工芸部への勧誘だったというわけだ。


 もともとアンリは、交流大会で露店に並んだ魔法工芸品のランプを眺めて、あれこれ批評めいたことを言っただけだ。しかし、その様子を覚えていた店主が、ランプの作者であるキャロルにそのことを話したらしい。


 そこからキャロルが、どんな手段を使って相手がアンリであることを知ったのかはわからない。いずれにしても、めぐりめぐって最終的に、アンリは魔法工芸部へ入部することになった。

 そのきっかけが、この店だったということらしい。


「それはそれは。今年の新人さんたちの作品も楽しみだねえ」


 そう言ってトマリが今度こそ立ち上がろうとしたそのとき、店の入口からドカドカと、大きな足音が響いた。


「帰ったぞ、じいさん! ったく、この俺にお遣いなんてさせやがって。……ん? なんだ、お客さんかい」


 乱暴に入ってきたのは、体格の大きな若い男だ。肩に麻袋を背負っている。アンリたちを見てやや口調を和らげた男だったが、ふと視線をずらしてキャロルを視界に収めるなり、突然眉を吊り上げた。


「ああん? 客じゃねえのかよ。まーた半端なもんを店に並べようってのかい、トマリさんよ」


「こらこら、アラン。そういう口を利くものじゃない。交流大会というのは、学園生のためにあるのだから。学園生に協力するのは、当たり前だろう」


 帰ってくる前に話を済ませてしまおうと思っていたのに……と、トマリはため息混じりに呟いた。アランと呼ばれた男は「聞こえてるぞ」とますます声を尖らせる。


「俺はあんたのためを思って言ってるんだぞ、トマリさん。あんたの看板を掲げた店に、こんなガキの、ままごとみたいな工作を置くつもりかい」


「口が過ぎるぞ、アラン。昨年のキャロル君のランプを覚えておらんのか。学園生の作品にしては上出来だと、お前も言っていただろう。それに今年の新人さんのこの子は、去年うちの店の商品を見て魔力石の働きを言い当てた子だよ。良い目をしていると、お前も褒めていたじゃないか」


 トマリが宥めるように言う。それでもアランの不機嫌はおさまらないらしい。アンリを一瞥したものの、その眉は歪んだままだ。


「……そりゃあ、あのランプはまあまあだった。そいつの目を褒めた覚えもある。だが、他のガキのつくったもんは酷かったじゃねえか。それにな、見る目があることと腕が良いことは違うって、あんたもよく知ってるだろう」


 低く唸るような声でそう言ったアランは、わざとらしく大きな舌打ちを漏らして踵を返した。


「まあいい。言うことは言ったからな、あとは知らねえぞ」


 そうして彼は来たときと同じく乱暴な足音を響かせて、横の小さな扉から奥へと姿を消したのだった。






 すまないねえ、とトマリは申し訳なさそうに眉尻を下げて言った。


「悪い奴じゃあないんだけれど。魔法工芸のこととなると、どうにも熱くなってしまうんだ。あいつが帰ってくる前に話を済ませてしまおうと思ったんだがね」


 アランは店専属の魔法工芸作家で、十年来、この店に住み込みで働いているという。最初こそ少し才能に恵まれただけの子供だったが、努力と経験を積み重ね、いまや店の看板作家だと、トマリは懐かしむように語った。


「魔法工芸一筋の奴だから、作品の話になると頑固でね。失礼なことを言って悪かった」


 トマリがアンリたちに深く頭を下げる。その隙に、アンリは横に座るイルマークの様子を伺った。ランメルトの店でも相当怒りをみせていたイルマークだ。アランの言葉や仕草に何も思わなかったということはないだろう。


 案の定、イルマークは口をへの字に歪めて、ぶすっと不機嫌に、睨むような目をトマリに向けていた。せめてここでは態度に出さない方が良いだろうと、アンリは注意するつもりでイルマークの足を蹴る。


 イルマークもアンリの意図には気付いたのだろう。口のへの字は変わらないものの、トマリに向けていた視線を下げて俯いた。相手を睨む代わりに、自分の手元を睨むことにしたようだ。褒められた態度ではないが、噛みつくような目を相手に向けるよりは、よほど良い。


「……さて、アランもしばらくこっちには来ないだろう。改めて、今年の契約の話をしようかね」


 頭を上げたトマリは立ち上がると、近くの棚の引き出しを開けて、一枚の紙を取り出した。


「去年の契約がこれだったね。今年も同じようにお願いしたいが、良いかな」


「私たちはかまいませんけれど。アランさんのご意見は、よろしいんですか?」


 差し出された書類にざっと目を通しつつ、キャロルが申し訳なさそうに言う。「良いんだ良いんだ」と、トマリは苦笑しつつ頷いた。


「なんだかんだと言いつつも、最終的には私の決めたことに従わざるを得ないんだよ、あいつは。それに、私も商売人だからね。うちの店が不利になるような契約はしない」


 ここのところだよ、とトマリはわざわざ契約書の一部分を指差した。


「商品の陳列場所を決める権利は、店の側にある。……君たちは自由に作品をつくって良いが、その代わり、出来の悪い作品は店の隅の方に並ぶことになると思っておくれ」


 トマリは優しげに柔和な笑みを浮かべつつ、意外にも鋭い目をアンリとイルマークに向けた。


「キャロル君の後輩だからとか、目が良いからとか、そういうことで贔屓はしないからね。……課題というのではないけれど、一度何かつくって持ってきてみるといい。どのくらいの作品なら隅に追いやられないのか、君たちも知っておいて損はないはずだ」


 そこまで言うと、トマリは瞬きひとつで鋭い目つきを収めた。朗らかな笑顔で「難しく考える必要はないよ」と続ける。


「良い作品なら映える場所に置くし、駄作なら見えないところに置く、それだけだ。昨年のキャロル君のランプはよくできていたから、店の真ん中に置いたよ。君の目にもすぐに留まっただろう? そういう作品をつくってきてくれると、期待しているよ」


 そうしてトマリはにこやかな笑顔を崩さずに、アンリたちを見送った。






 続いて向かった家具店の店主は、それまでに行ったどの店の人よりも腰が低く、どこか頼りない印象を受ける若い男だった。


「学園生のお祭りなのですから。主役である皆様の作品はどんなものでも、喜んで並べさせていただきます。もちろん、一番目立つところで、作品が映えるように飾らせていただきますからね」


 にこにこと笑顔を絶やさずに、ぺこぺこと頭を下げながらそんなことを言う店主の態度に、アンリは拍子抜けしたものだ。その店では面倒事もなく、全ての話が順調に済んだ。


 結局のところ、キャロルが要注意として話に挙げていた「頑固な職人さん」は、やはりトマリの店のアランのことだったのだろう。

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