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 その日の授業後、防衛局戦闘部の職業体験プログラムに参加を希望する生徒たちの選考試験が訓練室にて行われた。見学自由となっていたので、アンリはウィルの特訓の成果を見るため、訓練室の壁際に設けられた見学者のスペースに足を運んだ。マリアにエリック、ハーツ、イルマークも一緒だ。


 選考試験を受けるメンバーの集まる場所には、三十人ほどの生徒たちが集まっている。そのうち半分が、一組の生徒だった。


「すごいな……一組で戦闘部を希望している人って、こんなにいるの」


 目を丸くするアンリの横で、エリックが苦笑する。


「それはそうだよ。一組には戦闘魔法を使える人も多いんだから。自分の力を一番生かせる仕事を、と思ったら防衛局の戦闘部になるよ」


 それからエリックは、やや声を落として付け加えた。


「卒業したら、アンリ君の同僚になる人もいるかもね」


「……やりにくいなあ」


 少なくともアンリは卒業まで、自分が防衛局に所属していることを公言するつもりはない。防衛局戦闘部志望だと言うつもりもない。変に目立ちたくはないし、かといって、まるでこれから新たに防衛局に就職するかのような嘘もつきたくはないからだ。


 それでいて、防衛局に就職した同級生たちとは、きっといつかどこかで顔を合わせるのだろう。


 いったいどんな顔をして、なんと声をかければ良いのか。きっと互いに気まずい思いをするだろう。


「二人とも。始まるみたいだよっ」


 小声でこそこそと話していた二人の肩を、マリアが後ろからぽんと叩く。


 アンリが顔を上げると、ちょうど訓練場の真ん中に、参加者の一人が立ったところだった。床に描かれた円の内側に立ち、壁に向かって腕を伸ばして構える。


 試験内容は的当てだった。壁に設置された十個の的に向けて、魔法を撃つ。撃った魔法の難易度と威力、そしてどれだけ速く全ての的に魔法を当てられるかによって、成績が決まる。


 結果的に、今朝のウィルの訓練はかなり実践的な試験対策になったということだ。


 最初の生徒が魔法を撃ち終え、次の生徒のために的が立て直される。次の生徒、その次の生徒、さらにその次の生徒。試験は淡々と進む。


「そういえば、ウィルは今朝アンリと訓練したんだよな。魔力量は大丈夫なのか?」


 六人目が終わって七人目が始まる前のところで、ハーツが思い立ったようにアンリに問うた。アンリは「もちろん」と自信たっぷりに大きく頷く。


「魔力を補充するための魔力石を渡してあるから。試験の日に訓練するんだから、そのくらい当然だろ」


「……当然って」


「アンリ君、たぶんそれはあんまり大きな声で言わない方がいいよ」


 横からエリックが小さな声でアンリを諫めた。「え、だめなの?」とアンリはハーツとエリック二人の顔を、まじまじと見る。

 二人とも呆れた顔をして、そろってため息をついた。


「アンリ。魔力補充用の魔力石なんて、俺らの手に届くもんじゃねえよ」


「少なくとも、気軽に友達に渡す物じゃないからね。……そういえば、アイラちゃんの魔法器具つくったときにもそうだったよね。あのときは魔法器具がすごすぎて、魔力石にまで頭が回らなかったけれど」


 そういえば魔力石を渡すとき、ウィルもどことなく気まずそうに笑っていた。学園生として常識外れであることはわかっていても、自身のために必要だったからこそ指摘するわけにもいかず、不自然に笑うことしかできなかったのだろう。


「……気をつけるよ。他の人には言わないことにする」


 中等科学園に入学して一年以上。

 まだまだ学ぶべき常識はたくさんあるらしいと気付かされ、アンリはがっくりと項垂れた。





 十人目の的撃ちで、見学者たちに「おおっ」とどよめきが起こった。


 開始の合図の直後、五つの炎弾が同時に飛んで、的を同時に落としたのだ。直後に放った魔法で、残った的も全て撃ち落とした。


 開始から十秒と経たずに、全ての的が焼け落ちていた。


 この試験において同時に複数の的に魔法を当てる技を出したのは、彼が最初だった。加えてこれまでの生徒は、魔法を的に当てるだけで精一杯。彼のように的を壊したのは、これが初めてだ。


「炎魔法じゃない? すごいね」


「あれ、俺たちのクラスじゃないよな」


「二組のレオ・オースティンです。私の昨年のクラスメイトですよ」


 マリアやハーツが興奮して喋る横で、それまで黙って試験を見学していたイルマークが、静かに口を開く。


「噂ではかなり魔法ができると聞いたことがありますが、一年のときには見る機会もなかったので……しかし一組にならなかったということは、炎魔法は最近使えるようになったのかもしれません」


 炎魔法は生活魔法である火魔法の強化版で、戦闘魔法に分類される。戦闘魔法の使える生徒は一組に配属されることになっているので、二年に進級する時点で炎魔法が使えたとすれば、彼はイルマーク同様、二組ではなく一組になっていたはずだ。


 彼は二組。だから炎魔法を使えるようになったとすればクラス分け後、つい最近のことだろうというわけだ。


 しかし、そもそも話の前提が間違っている。


「違うよ、あれは炎魔法じゃない」


「えっ、違うの?」


 首を傾げるマリアのために、アンリは焼け落ちて地面に転がった的を指差した。


「的が燃え残ってるだろ? 炎魔法なら全部灰になる。さっきのは少し勢いが強いだけの火魔法だよ。速さと威力は今のところ断トツだから、点数は高いだろうけどね」


 そういうものか、とアンリの周りで納得する声が上がる。それがどうにもマリアたちの声だけではないと気がついて、アンリは慌てて周囲を見回した。気付くと辺りに数人のクラスメイトが集まってきていて、アンリの言葉に聞き耳を立てている。


「それでアンリ。アンリは誰と誰と誰が参加者に選ばれると思う?」


「ええっ。そんなの、まだ全員見てないのにわからないだろ」


「じゃあさ、次の奴はどう? あいつ、初等科からのダチなんだけど」


「え、ええっと」


 何を期待しているのか、普段それほど話もしないようなクラスメイトたちがアンリに意見を求めてくる。アンリが答えに迷っているうちに、次の生徒が円の中に立つ。


「……ええと、彼は難しいんじゃないかなあ」


「な、なんでだよっ。まだ見てないだろっ」


 魔力量が少ないのは魔法を見なくてもわかるから……そうアンリが答える前に、試験開始の合図が鳴った。受験者が魔法を撃ち始める。撃ち出されたのは水魔法。指先ほどの大きさの小さな水の粒がひとつ、勢いよく的に向かって飛んでいく。狙いは正確で、水の粒は的のど真ん中を力強く打った。


 二つ目、三つ目、四つ目……撃ち出される水の粒は一つずつだが、一つも外すことはない。全てが吸い込まれるように、的の中心に当たった。


「ほら、アンリ! 見ただろ、すごいだろっ」


 全ての的を撃ち終えるのを見届けてから、先ほどアンリに意見を求めてきたクラスメイトはアンリの肩を揺すって言った。

 たしかに、意外なほどに精度の高い魔法にはアンリも驚かされた。だが、しかし。


「えっと、すごいけどさ。水魔法は火魔法より難易度が低いし、時間もかかってただろ。威力が強いとも言えないから。点数は、そんなに上がらないんじゃないかな」


 同じ生活魔法に分類される水魔法と火魔法。しかし、扱いやすさから水魔法の方が難易度は低いとされている。全ての的を撃ち落とすのにかかった時間も、十秒は超えていただろう。先ほど火魔法で全ての的を撃ち落とした生徒と比べると、点数が劣ってしまうのは明らかだ。


「……ちぇっ。まあ、たしかにそうなんだよなあ」


 不機嫌そうに舌打ちしたクラスメイトは、そのまま「あいつは前からそうなんだ」とか「採点方法に正確さが加われば」とか呟いている。


 その間に、横からマリアがアンリの肩を指でちょんと突いた。


「ねえアンリ君。アンリ君はなんで彼の魔法を見る前に、駄目だってわかったの?」


 マリアが小声だったので、アンリも自然と小声になって、ひそひそと答えた。


「魔力量が少ないからだよ。あの魔力量だと難しい魔法は撃てないだろうし、威力も出ないだろうから。威力を出せない中であんなふうに正確さを上げているのには驚いたけど……でも、どのみち点数を上げるのは難しいだろ」


「……ええっと、アンリ君。なんで魔力量が少ないってわかるのかな?」


「あっ」


 諭すようなマリアの声に、アンリは口を開けて固まった。アンリにとって、他人の魔力量を見て取るのは簡単なことだ。特に、自身の魔力を隠す技術を身につけていない学園生の魔力量を見ることなど、朝飯前だと言ってもいい。


 けれども、ほかの学園生にとってはそうではないはずだ。そもそも魔力を見る方法を知っている学園生が少ないだろう。魔力量が見える……そんなことを言っただけで、アンリの特殊性が露見してしまう。


「あ、ありがとう、マリア……気を付ける」


 マリアに礼を言ったアンリはこれ以上クラスメイトたちに余計なことを言わないように、固く口を閉ざした。

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